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一同には宗太郎から、妻・ひよりに起きている異変について詳しい事情を聞かされていた。
話を聞き終えた信愛は、しばらく考え込んだあと静かに口を開く。
「なるほど・・・」
「どう思う?信愛?」
茜に尋ねられ、信愛は迷うことなく答えた。
「その日本人形が原因なのは間違いないと思う」
「や、やっぱり?」
宗太郎の表情に緊張が走る。
「頭や手足がある人形は人の姿を模してますから
生命を持つものとして連想されやすくて、霊が
取り憑いたり魂が宿ったりし易いと言われてるんです」
信愛はそこで一度言葉を区切った。
「これにも、昔の日本では土偶が信仰の対象とされてて
人形が呪術の道具や厄災の身代わりとして使われてた
っていう歴史も関係してると思いますけど」
「なるほど・・・」
宗太郎は納得したように頷く。
「そういった歴史があるから
人形に霊が取り憑いたり魂が宿ったりし易いのか」
すると、それまで黙って話を聞いていた焔垂が腕を組む。
「でもなんて言うか、無害そうな見た
目をしながら徐々に内側から侵食
していくってのがトロイの木馬みたいだな」
「トロイの木馬?」
信愛が首を傾げる。
「なんか聞いた事あるけど、なんだったっけ?」
すると、さくらが思い出したように口を挟んだ。
「確かコンピュータウイルスじゃなかった?」
「ああ、それだ!」
信愛が声を上げると、焔垂は若干の訂正を加える。
「確かにコンピュータウイルスにも
トロイの木馬はあるけど、元はギリシャ神話の
トロイア戦争で使われた作戦が由来なんだよ」
「作戦?」
「簡単に言ったら騙し討ちだな」
首を傾げる一同に焔垂はトロイの木馬について解説する。
「今から3200年前に、古代ギリシャでは
トロイア都市とギリシャ連合軍が戦争してたんだ
トロイア戦争っていうらしいんだけどさ」
「トロイア戦争・・・」
聞き慣れない言葉を、信愛が小さく繰り返す。
「10年くらいやり合ってたらしいんだけど
ギリシャ軍は壊滅的な被害を受けて
かなり追い詰められたらしいんだ」
焔垂はそこで一度言葉を区切る。
「そこでギリシャ軍が思いついた
起死回生の作戦がトロイの木馬なんだよ」
「どんな作戦なの?」
さくらが興味深そうに尋ねる。
「兵士を中に潜ませたでっかい木馬だけを
戦地に残して、全員自国に撤退したんだ」
「逃げちゃったの?」
#普通
野々さくら
543
805
44
ありあ
159
茜が首を傾げると、焔垂はすぐに首を横に振った。
「それが作戦なんだよ」
「逃げるのが作戦?」
「まあ聞けって」
焔垂は宥めるように返してから、再び話を続ける。
「残された木馬を見たトロイア軍の兵士は
戦利品だと信じて疑わず自国に持ち帰った
中に敵国の兵士が身を隠してるとも知らずにな」
「なるほど・・・」
茜はようやく話の意図を理解したように頷く。
「そして何の苦労もせずに敵地に侵入した
兵士が木馬の中から出てきて、勝ったと
浮かれてる敵国を内側から壊滅させたって感じ?」
「ああ、その通り」
焔垂が頷く。
「だからウイルスのトロイの木馬も同じような感じだろ?
安全なソフトだと思わせておいて
インストールした瞬間にパソコンとかスマホを
内側から破壊するってウイルスだからな」
「あ!確かに!」
さくらが納得したように声を上げる。
「その名前は、このトロイア戦争から来てるんだ」
「知らなかった」
感心する信愛の横で、それまで黙って話を聞いていた朝陽が口を開いた。
「なら、高館先生の奥さんが買った人形も?」
その言葉に、全員の視線が朝陽へ向く。
焔垂は少し考えるように顎へ手を添えた。
「ごくごく普通の人形だと思わせてから買わせて
買った人間の家を内側から破壊する呪物かも」
「確かに・・・」
信愛は静かに呟く。
「その可能性はあるね」
一見すると無害なものとして相手の懐へ入り込み、警戒を解いたところで内側から蝕んでいく。
焔垂の例えは、ひよりの身に起きている異変と不気味なほど重なっていた。
もし本当にそうなのだとしたら、高館家に持ち込まれた日本人形は、まさしく現代に蘇ったトロイの木馬なのかもしれない。
コメント
1件
×××さん、第215話読みました。人形に霊が宿りやすい理由を土偶や呪術の歴史から説明する信愛の考察も良かったですが、何より焔垂が「トロイの木馬」の神話を引き合いに出したのが鮮やかでしたね。無害そうな見た目で懐に入り込み、内側から蝕む——この構造がひよりさんの異変と重なるのが不気味で、設定の重層的な面白さを感じました。次が気になります。