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第一章
生まれた時には祝福され、育つと疎まれた。
理由は単純、一族の固有能力【言霊】が使えなかったからだ。
どれだけ言葉を紡ごうとも、ただの音として口から出ては消えていく。
誰かを操ることも、何かを作り出すことも、何も出来ない落ちこぼれ。
そんな落ちこぼれは、何もさせてもらえなかった。
歳を重ね、齢が五になった頃、一つの考えが浮かんだ。
「べんきょう、しよう。たくさん、たくさん、べんきょう、する」
そうすればきっと、自分も言霊が使えるようになると思っていた。
ただの言霊とは違う、全てが言葉の通りになるある意味最強の力。
その根源となる言葉を学べば、きっと使えるようになると思っていた。
だが、齢が十になっても言霊が使えることはなかった。
身に付いたのは幼気のない口調と態度、努力に裏切られた生意気な少女は、毎日一人で人気のない路地裏に隠れては本を広げて一文字ずつ確実に頭の中に入れていく。
「……騒がしい、何事だ」
表の道が酷く騒がしい、今日は何も行事がなかった筈。起きたとすればひったくり、酷ければ殺人や人質を取って立て籠もりだろう。
そんな事を考えながら、少女は黙々と本を読み続ける。表が静かになる頃にはすっかり日が落ちて辺りは暗くなっていた。
「今日は半月か……この光量ではまともに本も読めん、仕舞いか」
少女は本を両手で抱きながらそっと路地裏から抜け出す。辺りに人の気配が無い事を確認してからある場所へ走っていく。
少女と比べればとても大きな建物、木製の扉を体当たりの勢いで開けてそのままの勢いで走っていく。
「すまない、遅くなった」
「本当だよ、俺が怒られたらお嬢はもう本を借りられなくなるんだよぉ?」
「表の道が騒がしくてな、静かになるのを待っていた」
「はいダウト。どうせそんなの気にしてないし、今日は月が半分しかないから仕方なくでしょ?」
「分かっているなら口に出すな」
「ひぇー……手厳しいなぁ、お嬢は。一応俺、ここの図書館で一番偉い人なんだけどなぁ」
少女が目指していた先は図書館だった。毎日早朝に本を借り、深夜に本を返す。これが五歳から続けている習慣だ。
そして目の前にいる男は図書館の館長。長い銀髪は三つ編みで纏められ、右目の眼帯と左は紅紫色の瞳、美しい翠玉の耳飾り。普通の人間から見れば館長ではなく裏社会の人間に見える首の入れ墨に巫山戯た態度、服装も全体的に黒い。どれをとっても信頼に値する人間ではない。
少女は小さな台を登り、カウンターに片肘をつく男の前に両手で持っていた本を差し出した。
「はーい、本の返却確認しましたぁ」
「あぁ、有難う。次は法律について詳しく書かれた本が借りたい」
少女は本を返しながら男にそう言った。男は目を丸くしながらも、近くにあった椅子に座って分厚い帳簿を開いた。
「お嬢、本当に十歳?」
「そのお嬢と言うのを止めろ、確かに私の齢は十だ」
「お嬢が名前も教えてくれないからでしょー?法律の本二冊あるけど、どっちも借りたい?」
「頼む、必要な部分だけ速読して返す」
「ゆっくりでいいよ、別に」
「私が借りることで本の価値が下がるからな」
「………そんな事ないよ」
毎回ほぼ同じやり取りを繰り返す。なのに男は少女の自分自身の価値を地の底まで下げたような言い方に悲しい顔をする。
「はい、返却どーも。明日もお兄さんが早起きして鍵開けておくから、ゆっくりおいで」
「有難う、成人男性」
「名前で呼んで欲しいなそこは、はいお兄さんのお名前はぁ?」
「………」
「嘘でしょ忘れたの!?本の内容は一言一句間違えず忘れないのに!!?」
「すまない、他人にはあまり関心が無いんだ」
「いや知ってたけど、うっわショック……」
男はわざとらしくがっかりしたような動きをした後、行儀悪くカウンターに足を乗せて跨ぐ。
少女の直ぐ横に立つと、男は胸ポケットから万年筆とメモ帳を取り出して慣れた手付きで文字を書いていく。書き終わったのか、メモ帳を一枚千切って少女に差し出す。
「何て読むか、分かる?」
「金、糸、雀……カナリア、か」
「そう、俺は金糸雀。本当の名前ではないけどね」
「……金糸雀」
「お嬢は特別にカナちゃんとかでもいいよ♡」
「金糸雀」
「釣れないなぁ……ほら、もう一時だ。早く帰りな」
「……また来る」
「はぁい、お待ちしてまぁす」
ひらひらと手を振る金糸雀と名乗る男に、少女は小さく手を振り返した。
図書館から出て向かう先は直ぐ近くの廃墟。気味悪がって誰も近寄らないから少女にとっては自分の家として認識できる場所になっている。
「……金糸雀、本で読んだ気がする」
鳥の生態が書かれた本と言うわけではなく、何かの本で読んだ気がする。一度だけ出てきた名前、最初は読み方が分からず、その後に借りた鳥の本で読み方が判明した記憶がある。
「……思い出したら確認するか」
少女は廃墟の中に入り、ゴミ捨て場で集めた布の山に乗って目を瞑る。
少女の親は消えた。出来損ないを育てる自信がなかったのだろう、別の街に逃げていった筈だ。
自分の住む街以外の街は見たことがないが、この街のように固有能力がある所もあれば、物の生産に大きく貢献していたり、食を世界に広げている所もあるらしい。
是非とも、生きている内に見てみたいものだ。
次に目を開ければ、日が昇りかけていた。毎日朝日が直接視界を照らしてくれるお陰で寝坊した事は一度もない。
少女は図書館に向かってまた走っていく。扉を開き、中に入ってカウンター前の台に登る。
「おはよう、本を借りたいのだが」
「ふぁ…っあ、おはよぉ…これと、これね……」
「あぁ、有難う。今日中に必ず返す」
「はぁーい……」
まだ眠たそうに目を擦る男に、少女は一度本をカウンターに置いてから男の耳に口を近付ける。
「起きろ、金糸雀」
「っ!?えっ?ん!?」
「では、失礼する」
少女は台から飛び降り、早足で図書館から出ていった。一人残された男は、急に眠気が消え失せて目が覚めたことに驚きながらも、冷静に思考を巡らせた。
「やっぱり、そうか。君が、そうかぁ……」
思考の末、何かを確信した男は小さくため息をつく。まるで仕方がないと言わんばかりの仕草で、事務室の奥への消えていった。
「少し早いけど、準備を始めよう。じゃないと手遅れになっちゃうし、ね」
図書館からずっと走り続けていつもの路地裏に飛び込んだ少女は、ドクドクといつもより早く拍動する心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す、だが少女の目はギラギラと輝いていた。
「やはり、私の目に狂いはなかった…!私は言霊が使えないのではなく、使える文字数に制限があるだけだったんだっ…!」
幼い頃から言霊を使う人間は全て文章で使っていた。単語と単語をつなぎ合わせて相手が意味を理解出来るように言葉を紡いだ。それを真似したのがいけなかった。
言霊を使う人間のデメリットとして言霊として吐いた言葉が二重になって聞こえる特徴がある。それのせいで言霊を使えば直ぐにバレてしまい、そのまま喧嘩に発展してしまう場面を何度も見てきた。だが少女の言霊にはそれがなく、誰にもバレること無く言霊を使うことが出来るようだ。
「ただの無能の落ちこぼれにこんな力があるなんて…今更、どうもしないがな」
少女の表情は一変して無表情になった。小さく腹が鳴り、空腹だと分かっていつもの路地裏の隅で本を読みながら時間を潰していると、路地裏に小さな袋を咥え、首に水色のリボンと鈴を付けた一匹の白猫が入ってきた。
「みゃう、みゃーん!」
「おいで、猫」
「みっ、みゃー!」
白猫は少女に嬉しそうに駆け寄り、咥えていた袋を少女の手に乗せる。ゴロゴロと喉を鳴らしながら少女の手に擦り寄り、地面でころりと腹を出して寝転がった。
「分かった分かった。撫でてやるから私にも食事をさせてくれ」
「みゃん!」
少女は白猫から貰った袋を開けて中からパンの耳を取り出して口に運ぶ。小さな袋の中身は直ぐに無くなり、袋を路地の奥に捨てて白猫を撫で始めた。
「いつもすまないな、猫」
「みゃーん」
「君の主人にも感謝を伝えてくれ、頼んだぞ」
「みゃん!!」
白猫は大きく鳴いて勢いよく立ち上がると、 表の道へ上機嫌で走っていった。少女はまた本へと目を向けようとした瞬間、表の道から爆発音が聞こえ咄嗟に本を抱きしめる。
「何だ、一体……爆発、っ!」
つい先程、表の道へ走っていった白猫のことを思い出した。本を抱きしめたまま、少女は表の道へ飛び出し辺りを見渡す。
すると、街はいつも通りの様子だった。一つ違うとすれば、何人もの大人が少女を取り囲むように立っていることだけだ。
「っ……猫は、猫はっ……!」
「いない、もうパン屋に戻った」
「……そうか、ならいい」
ならこの状況は、誘き出されたのだろう。
目障りな落ちこぼれを、齢十の少女を、痛めつける為に集まったのだろう。
大人が揃いも揃って情けない。まだ言霊が使える事を言ってはいなかったが、まさかこんな愚者の集団がこの街にいたとは知りたくなかった。
仕方がない、本当に仕方がない。使いたくはなかったが、ここで自分の力を使わずに死ぬなんてことはあってはならない。
何と言おうか。爆ぜろと言うべきか、失せろと言うべきか、伏せろと言ってこの場から逃げ出すか。
少女は思考を続ける。目の前にいる大人を手に掛けることに何の感情を持たず、ただただ自分が助かる道を探している。
その時、見知った男が自分の前に割り込み、少女に背を向けて大人達の壁となった。
「まぁまぁ、大人がこんな少女に寄ってたかって何する気?警察呼ぼうか?」
「余所者が割り込むな」
「これは此方の問題だ、今直ぐその少女を渡せ」
「この子は物じゃないから渡すわけにはいかないねぇ」
余所者という言葉が聞こえ、少女は目を見開く。ずっと同じ街で育った人間だとばかり思っていた。だが、余所者という事はこの街の外の景色を知っているという事。
「多勢に無勢なのは分かりきってるけど、やるしかないかなぁ……」
「金糸雀、待て」
「おやお嬢、俺の名前覚えてくれたの?嬉しいなぁ!その調子でカナちゃんって呼んで♡」
「駄目だ、お前だけでも今直ぐに逃げろ。ここは私一人で何とかする」
「……お嬢はさ、まだまだ小さな子供なんだよ。だからさ、もっと大人を……信じられる、俺を頼ってよ」
「信じられる、お前を、だと……」
「君は心の何処かで俺を信用している、それはひしひしと伝わってきているわけ。だからここはお兄さんに任せなさい!」
ニコリと笑った金糸雀に、少女は何も言うことが出来なかった。
確かに心の底でこの男を信用していた。ただ一人だけ自分と会話をし、物を貸してくれる。他愛のない会話でも、ずっと話していたいと何度願った事か。
「俺は金糸雀。遥か彼方、空にある【大空の国】の【鳥の街】からの使者。我らが長の言葉、【言葉の街】にいる不出来な物を連れて世界を巡れと命を受けて、この地へ馳せ参じた!」
男の言葉に大人達は全員慌て始めた。何が起こったか分からず、少女はただ目の前の男、金糸雀の背中を見つめ続ける。
「大空の国の鳥の街!?あそこから降りられるのはお偉方、【鳥ノ人】だけだ!!まさかお前、いや貴方はっ!」
「それ以上はお口チャック。君達は我らが長の言葉を聞いて、黙って従えばいいんだよ」
大人達の言葉を遮って聞こえた彼の声には、静かな怒りを孕んでいた。
周りの空気が酷く重たく、呼吸がしづらい。ただの威圧でこんな事になるとは思っていなかった。
少女は浅い呼吸を繰り返しながら、男の背中を見つめ続ける。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「っ!お嬢、あーらら……ごめんねぇ?俺ちょっとぷんぷんしてたから、抑えるねぇ」
少女に気が付いた金糸雀はいつもと変わらぬ笑顔を少女に向け、その場にしゃがみ込んだ。そして手を差し出し、また笑った。
「さぁ、お嬢。こんな街から出て、俺と一緒に旅をしよう」
「………旅」
「そう、旅。色んな街を見て、君の知りたい事を本ではなくその足で学びに行こう。君が、望んでいたのはこれじゃないかな?」
「………私、は」
外に出たかった。
一人寂しく生きるのにも飽きた。
本で得られる知識にも限りがある、分かっていた。
でも、一人で外の世界を生きる力がないことは明確だった。齢十の少女に何が出来るというのだろうか。
だが、この男が一緒にいてくれるのなら。
私の夢を、叶えられるかもしれない。
「金糸雀」
「はぁい、お嬢の金糸雀はここにいるよ」
「………カナ」
「っ!うん、カナちゃんだよぉ♡」
「私は、お前の目にどう映っている」
「お嬢は、可愛い可愛い雛鳥。鳥籠に囚われた哀れで愛しい雛鳥ちゃんかなぁ」
「なら連れ出せ、お前の手で。私はお前の長に従う、だから私を鳥籠から出せっ!」
「っ〜〜!やっぱりお嬢は最高だよ!この世でただ一人のっ……!」
「……何だ?」
「いやいや失礼、口が滑っちゃうところだった。それじゃあお嬢、ちょっとごめんね!」
「はっ、何をっ!?」
金糸雀は少女を抱き上げ、その場から逃げるように走り去った。大人達は後ろで大声で何かを言っていたが、カナには何一つ聞こえていないようだ。
「……言霊の範囲外で助かったな」
「ん?あぁ違う違う。俺達鳥ノ人って呼ばれる種族は言霊が効かないんだよ」
「……初耳だ」
「いろんな街があるけど、何処もそんな感じだよ?ちなみに俺達は天敵の獣人がいる街には近付けない」
「例えば?」
「同じ鳥なら猛禽類、あと蛇とイタチに猫かなぁ」
「にゃぁーん!」
「ひぃっ!!」
カナは悲鳴を上げて足を止め、声の聞こえた方へ恐る恐る振り返る。するとそこにいたのは、いつも少女にパンの耳を持ってきていた白猫だった。
「ね、ねこっ、ねこねこねこ!!」
「……コムギ、おいで!」
「にゃー!」
「いやぁ!!呼ばないで!!」
カナの腕の中にコムギと呼ばれた白猫が飛び込んだ。カナは涙目になりながらも少女と白猫を抱きかかえて街を出入り口である門まで辿り着いた。
「門番がいない……」
「さっきの騒ぎでお偉いさんに呼ばれたんでしょ」
「そういうものか……?」
「そういうもの!ここから速度上げるからお嬢はねこちゃん抱っこして俺の首にしっかり掴まって!」
「わ、分かった」
少女は言われた通りにコムギを抱きしめてカナの首に腕を回してギュッと抱きつく。カナは一瞬苦しそうな顔をしたものの、前だけを向いて門を通り抜けた。
門を越えた瞬間に急な浮遊感を感じた少女はカナの顔を見る。少女の視線に気がついたカナはにこりと笑った。
「お嬢、空を飛ぶのは初めてかな?」
「……初めてに決まっているだろう」
「あっはは!だよねぇ!このまま適当に飛び続けようか!」
カナの両手は翼となっていた。それを動かし、二人と一匹は空を飛んでいる。目の前の現実に驚きつつ、少女はカナの頬に口付ける。
「……カナ」
「は、はぁい……?」
「私の鳥になってくれるか」
「………へっ?」
「私だけの鳥に、私だけの翼となれ。私を連れ出させた責任を取ってやろう」
「えっ、あっいや、えっ?」
「私の金糸雀、返事は」
「へぇっ!?あっ、えと……」
少女の言葉にカナの顔がみるみる赤くなっていく。少女は口角を少し上げ、真っ赤になったカナの頬に何度も口付ける。
「いやっ、ちょっと!流石にっ……!」
「意外にも私はお前を好いていたらしい」
「えぇっ!?」
「安心しろ。私の齢は十だが、直ぐにお前の隣に並び立つ実力はつけてやる。だから安心して私に愛されろ」
「この子凄いスパダリだっ!?恥ずかしいし犯罪者になっちゃうよ俺ぇ!!」
「全て合意だ、任せておけ」
「任せられないよ!!」
「お前が奥さんでいいな?」
「良くない!全部良くない!!えっ何!?お嬢が旦那さんなの!?」
「受け入れが早いな、カナ」
「止めてぇぇ!なんか意識したらすっごい恥ずかしくなってきたからぁ!」
「じゃあコムギは……娘だな」
「んにゃん!」
「同意しないでお願いだから!あぁ待って匂い嗅がないで齧らないでぇ!今降りるからぁ!!」
カナが空中で体勢を崩し、木にぶつかりながら地上に降り立った。少女とコムギは傷一つ無かったが、カナは庇ったからか複数の切傷と打撲が出来ていた。
「あいたたた……」
「カナ、すまない。可愛らしいあまりにからかいすぎた」
「んにゃん」
「だ、大丈夫!大丈夫だからっ……!」
「治れ」
「っ!嘘でしょ……!?」
少女の言葉でカナの傷が全て癒えていく。傷どころか破れた服や乱れた髪までが元通りになっていく。
目の前の光景が信じられなかった。だが傷が治り、服までも元通りになっている。目の前で起こった事こそが現実だ。
だが、やはりこの少女はおかしい。十歳にしては大人びた口調に態度、どんな状況でもそれひ対応出来る冷静な思考。
実際、金糸雀が命じられた事は先程言った事とは全く違う。
【言葉の街にいる最も力の強い者を伴侶に迎え、数多の国と街を巡り、異常を解決せよ】
これが金糸雀が長から受けた正式な依頼。十八の時に言葉の街へ来て以来ずっと探し続けていたが、力が強い者、鳥ノ人に言霊を使えるような人間は一人もいなかった。
だが少女と出会って直ぐに分かった。最も力を持ち、同じ一族から落ちこぼれの烙印を押された可哀想な子供。自分の伴侶として連れ帰るには好条件、齢が二十になるまで待とうと決めていた。
それなのに、少女は言霊を使って金糸雀を起こした。それが誰かに見られていたらしい、それを察知していた金糸雀は直ぐに街を出る準備を始め、少女が大人達に連れ去られる前に連れ去った。
それが、この逃走劇もとい旅の始まりの真相だ。
だが誤算が一つ……
「カナ、大事ないな」
「は、はぃ……」
「それは何よりだ、それでこれからどうするつもりだ?」
「あー……取り敢えず、近くの街に行こうかなぁと」
「ここから近い街の名前は?」
「えっと、【硝子の街】って名前だね。硝子に関する物の生産に優れた街だよ」
「そうか、そこで資金調達が出来ればいいんだが……」
「そうだねぇ、でも俺結構お金持ちだから大丈夫だよ。欲しいものがあったらカナちゃんに言ってね」
「お前」
「もうほんっとに恥ずかしい」
「んにゃん」
「分かってくれるんだねコムギちゃん、でも怖いからあんまり近寄らないで欲しいな」
「なぁーぅ……」
「本能的に本当に怖いの、分かってね可愛い子ちゃん」
本能的に分かる、ただの猫ではない。きっと【猫の街】から来た子だろう。まだ幼いから人間の形に成る事は出来ないだろうけど、警戒していて損はない。
「硝子の街までどれくらい掛かる」
「そうだねぇ、大体歩いて三時間って所かな。申し訳ないけど次飛ぶまでクールタイムが必要なんだよね」
「分かった、まだ日は高い。休憩しながらでも日が落ちる頃には街に辿り着けるだろう」
「うん、疲れたら直ぐに言うんだよ」
「あぁ、お前もな」
「ふふっ、有難う旦那様♡」
「………いいな」
「やめてよその反応、あぁもう調子狂うなぁ……」
「私でそうなっているカナを見ると気分が良い」
余裕の表情で笑う少女を前に、カナは勝手に赤くなる顔を隠すことしかできなかった。
「(俺、結構鳥の街では五本の指に入るくらい偉い人だったんだけど……まぁいいか、伴侶って言われただけでお嫁さんって言われた訳じゃないし)」
そんな事を考えていれば、とある疑問が頭を過った。
少女の誕生日、身長体重、その他諸々調べてはいたが、これだけがどれだけ調べても情報として出てこなかった。
「旦那様、大事な奥さんにお名前教えなくていいの?」
「………私の名前、もう覚えていないんだ」
「えっ?」
「遠い昔の事はもう忘れた。だから私の両親が何と私を呼んでいたのか記憶にない。だが、花の名前だった気がする、直ぐに散るようにそう名付けられた」
「……なら、俺が新しい名前を決めていい?」
「私の名前を?」
「うん、駄目かな」
「いいや、好きにしてくれ。お前は私のものであり、私はお前のものだからな」
「有難う、なら君は今日からセレーネだ」
「セレーネ……」
「遠い国の言葉で月の女神って意味がある。君の黒い髪が夜、瞳が月、俺にはそう見えたんだ」
「……有難う、私は今日からセレーネと名乗ろう」
「他の呼び名も必要だね、俺みたいな感じの」
「……金糸雀が名前ではないのか」
「うん、金糸雀二つ名みたいな感じかな。でも君はもう少しインパクトのある名前が欲しいな、例えば……」
「面白可笑しくいくのであれば、【三文字縛りの言霊使い】というのはどうだろうか」
「何それすっごく良い!それで行こう!!」
「別に縛りでもないが、三文字しか使えないのは事実だからな。相手の油断を誘うにはもってこいの二つ名だろう」
「よしそれで行こう!それじゃあセレーネ」
そう言ってカナはセレーネに手を差し出す。セレーネはカナの手を見て数秒固まったが、直ぐにその手を取って並んで歩き出した。
これから先、どんな事が起こるのか予想することは出来ない。
だが二人でいれば、どんな事が起きようとも乗り越えられる。そんな気がする。
「にゃあーん!」
「失礼、二人と一匹だったな」
二人と一匹、皆で旅をするのはきっと楽しいだろう。過去は捨て、今は新しい未来の為に、生き続けようと思う。