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第3話:非カード主義の少年
校舎3階の南階段──そこは、学校の中でも数少ない「恋レア使用禁止区域」だった。
正式には“静的ゾーン”。
アプリが自動でカード発動を無効化するエリアで、授業中の使用トラブルや過剰演出の苦情から設けられたものだ。
生徒の大半はその場所を避ける。恋レアが使えなければ、意味がないからだ。
だが、そこにいつもいるひとりの生徒がいた。
大山トキヤ。
制服の上着は着崩し気味。黒髪は少し跳ね、目つきは鋭いがどこか虚ろ。
ポケットに手を突っ込んだまま、階段に腰をかけて窓の外を眺めている。
「ここ、座ってもいい?」
ミオが勇気を出して尋ねると、彼は少しだけ笑った。
「どうせカードは使えないし、別にいいよ」
彼と話すのは、これが2度目。
前回、《共感》カードを使おうとしたとき、彼が突然声をかけてきた。
そのときから、ミオは彼が気になって仕方なかった。
「……なんでカード、使わないの?」
そう尋ねると、トキヤは少しだけ目を細め、こう答えた。
「“好き”ってさ、演出された瞬間じゃなくて、自分の中から湧いてくるもんだろ」
「それを、誰かに評価される形で発動させて、“成功”って言われるの、……なんか違うと思ってさ」
彼の言葉は、ミオの胸の奥に直接刺さる。
いまの社会では、恋レアはもはや“告白補助”ではなく“恋愛のスタンダード”になっていた。
実際、校内には恋レア専用の「告白スポット」がある。
恋レアアプリ内で位置情報と連動し、
《感情強化》や《運命演出》が自動発動するようになっている。
カップルたちはスコアや“演出成功率”をSNSに投稿し、日々“理想的な恋”を競い合っていた。
「でも、そんなの……“何もできない私”には、すごく便利で……」
思わずもれたミオの言葉に、トキヤは少しだけ視線を向けた。
「便利さに頼って“好き”って言えたら、それってホントに自分の言葉か?」
その瞬間、ミオのポケットの中にある《一目惚れの再定義》が、ほんのわずかに熱を帯びた気がした。