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月咲やまな
398
#恋愛
十色
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面倒事に、付き合わされる事になった。
侯爵の爵位を持つ星澤家で開催される夜会の話を義父から聞かされた時に思った、率直な感想だ。都内に住む貴族達の情報は叩き込まれてはいるが、あくまでも基礎的なもので最新の情報じゃないから知識の更新が必要だし、兄達から『やっておけ』と指示されているレポートの用意や、本当に使うのか不明ではあれども、普段の勉強の為に要点をまとめたものの準備もしてやらねばならない。そして今は何よりも自分の時間も欲しいというのに、更にまたアイツらに時間を奪われるのか、と。
(だけど、行って良かったな)
立場的に『断る』という選択肢は無かったとはいえ、今は心底そう思う。
(でも、拘束魔術でしっかり軟禁しておいたのに!)
会場内でアルカナを見た時は『どうしてここに?』とかなり慌てたが、標準よりもずっとむっちりとしたぬいぐるみ系ボディで必死にホール内を歩く(……いや、あれでも一応は走っていたのかも?)姿も見られたし、超が付く程の希少種である『龍の獣人』となった彼女と踊る事が出来たのは何よりの幸運だった。
(でも、アレは反則だろ……)
ただでさえ好みの匂いだというのに、アルカナの『あの姿』を思い出すだけで顔どころか耳まで熱い。クロスタイをやや乱暴に外し、シャツの前ボタンにかけていた手を止め、右手で顔を覆ったが、冷やす効果はなさそうだ。
人生初だった夜会を無事に終え、かなりの疲労を抱えながらも自宅に戻る事は出来た。慣れぬ行為ばかりですぐに寝たいくらいに疲れているのに、寝室で無防備に眠るアルカナを前にすると、腹の奥が急速に重くなっていく。御丁寧に扉が閉まっていたせいか、隙間風がよく吹き込む部屋なのに彼女の甘い香りが充満しているからだろう。
(……鼻が利くのも考えものだな)
まんまるな背中をさらしてくーくーと眠るその姿に『龍の獣人』であった面影は少しも無い。存在自体が幻想かと思うほどの儚さも、威厳も、何もかも会場に置いて来たみたいだ。
「……あの後は大変だったんだぞ?」
ベッドに両腕だけを預け、アルカナのふわふわとした頭に顔を埋めたが、起きる気配はまるで無かった。
——星澤家の邸宅で開催された夜会でアルカナと夢の様なひと時を過ごした直後、彼女は霧が如く消え去ってしまった。
今まで誕生報告すら無かった『龍の獣人』が会場に現れ、そして忽然と消えた事から、唯一彼女とダンスを踊ったオレは色々な貴族達から質問攻めにあった。
『彼女の名前は?』
『お知り合いなの?』
『紹介して欲しい!』などなど。
『設定』を知らないからどの問い掛けにもまともに答えられるはずがなく、結局は『大学の構内で見掛けた事がある程度です』としか返さなかったから、しばらくは大学内が無関係な者達で溢れるだろう。立ち入り許可申請関係を扱う事務員や警備員達の胃が心配だ……。
一番彼女の正体を知りたかったのは主催者であった星澤家の面々だったろう。招待状を持たぬ客が紛れ込めてしまったとあってはセキュリティに問題があると思われかねない。貴族が集まる会場でそれはかなりまずい。だが、アルカナへの好奇心にばかり気を取られ、その点を気にした者が居そうな雰囲気はまるでなかったのは救いだったのかもしれない。
帰りの車の中での義父への対応もかなり面倒なものだった。『何処の家の女なんだ』だの『一度家に連れて来い!』だのと、知り合いという程の間柄じゃないと、言い回しを変えて何度も説明したが聞く耳を持たず。かなり興味を引かれたらしく、相当縁を持ちたい様子だった。最近ではオレの結婚相手を探しているらしい話もちらほら聞こえ始めていたから、しばらくはその話が進まずに済むかもしれないと思うと、正直ありがたかったけども。
「……(今日は起きない、のか?)」
いつもなら夜中にオレがアルカナの匂いをオカズに自慰を始めると目が覚めてしまうみたいなのに、今日は一向に起きる気配が無い。ならばもう今日はこのままいつもの様にオカズにさせてもらってしまおうか。
(いつも寝たフリして、ぶっかけると小さな体が微かに震えるのが楽しくってやめられないでいるなんて言ったら、流石に性格悪過ぎるよな)
匂いに惹かれて顔を近づけ、欠片ほどの反省を胸にベルトに手を掛けると、急にムクッとアルカナが体を起こした。そのせいで愛らしい頭がオレの顎にクリティカルヒットしかけたのを咄嗟に回避しながらベルトから手を離す。モノをさらす前で良かったが、半勃ちしている事はどう誤魔化そうか。
「……帰ったの、じゃな」
眠たそうな顔をしながらこちらを見上げるアルカナが可愛くて、真っ赤になった顔を慌てて伏せた。こんなに可愛らしいマーモットな彼女を相手に、その匂いだけで欲情してしまう自分が野蛮な存在に思えてくる。
オレのベッドで赤ん坊みたいにちょこんと座り、眠そうに目を擦っている仕草まで微笑ましい。そう思うのに腹の奥がますます重くなっていくとか。流石に自分の性欲の強さに嫌気がさしてきた。
「ただいま、アルカナ」
ふわふわと柔らかい頬にキスをしたが、いつも通り受け身でいてくれる。あんなヒトの姿を晒しておきながら、警戒心は微塵も持ってはいないみたいだ。
「あー……。突然先に帰ってごめん、なのじゃ」
眠くて仕方がないのに無理に起きているのか、うつらうつらとしつつも、いつも通りの変な話し方をする様子が胸にぐっと刺さる。見当違いの方法で貫禄を示そうとしている感じが可愛くてしょうがない。きっとヒトの姿の時の話し方の方が彼女にとっても自然だったんだろうに。
「急に心臓が痛くなって帰りたくなった、のじゃ」
「心臓が⁉︎——だ、大丈夫なのか?」
慌てて抱き上げて胸に耳を当てる。だからって何かわかる訳でも、何か出来る訳でもないのだが、もにゅんとした感触でこっちがまた癒されてしまった。
「あ、いや。今は全然問題ない、ぞな」
「そっか……。でも辛かったらいつでも言うんだぞ?」
半勃ち状態だったモノも流石にもう落ち着いたので、ベッドに座ってアルカナを膝に乗せる。そして背後から抱き締めると、「うむ」と言いつつアルカナの頭がガクンと揺れた。うなずいたというより、一瞬寝落ちしたといった感じだ。
(授業中に眠くなった奴みたいなのに、可愛いな)
自然と口元が緩む。オレの人生でこんな気分になれる瞬間があるなんて不思議な気分だ。アルカナが来てくれていなかったら、きっと一度も経験しないままだったと思う。
「……にしても、なんで『認知』が緩んだの、じゃ?」
会場での話か。直前まではずっと無理だったのに急に姿を変える事が可能になった事が不思議でならないみたいだ。
「あぁ、多分オレが、アルカナの可愛らしい姿を目撃した時に『ヒトの姿だったら傍に行けたのに』って強く思ったからだろうな」
「成る程、そうだったか」とアルカナがうなずく。今回は寝落ちじゃなさそうだ。
「……綺麗だったよ、本当に」
向かい合わせに座らせ直し、小さな頬をそっと両手で包み、軽く上を向かせる。こんなに愛らしい姿の君があんな美人になるとか……。マーモットな姿と重なり、どちらの姿に対しても胸が苦しくなった。真っ黒な瞳が優しくこちらを見つめてくれる事が嬉しくて堪らない。『龍の獣人』になっている時よりも高めの体温が心地いいが、胸の苦しさは解消出来そうにはなかった。
「——にしても、アルカナは『こっちの姿』の方が気に入っているのか?この先はもうずっと『|あの姿《龍の獣人》』のままかと思っていたんだが」
「あぁ。確かにヒトの姿の方が色々と行動は楽なんじゃが、どうもあの姿は疲れるの、じゃよ。あくまでも叶糸の“私”への“認知”は“マーモット”である比率の方が強いとみえる。やはり一度固定された認識を変えるというのは難しいものなの、じゃな」
「それで今も眠そうなのか?」
「んだ」と頷いた時に、また、ガクンと頭が揺れた。これは無理をさせずに寝かせた方が良さそうだ。
布団をめくり上げ、アルカナをそっと寝かせる。「……叶糸はまだ寝ないの、か?」と服の端をつかまれ聞かれたが、残念ながらまだスーツ姿なのでそっと優しくその手を解いた。
「着替えたら、オレも寝るよ」
(……まぁ、発散してから寝る事にはなるだろうけどな)
「そうか……」と瞼を一度閉じたが、またゆっくりと開き、「——叶糸」と名を呼び、アルカナがオレを引き止めた。
「大事な事を失念しておった、じゃよ」
「大事な事?」
着替えを済ませようとしていた手を止め、ベッドの端に腰掛ける。小さな頭をそっと撫でながら「明日じゃダメなのか?」と訊いたが、「そうすると、また忘れそう、じゃ」と少し困り気味に返してきた。
「私の後継者になる時は、なんでも願い事を一つ叶えてやるから、今から考えておいて欲しい、のじゃ」
「……願い、を?何でも?」
「あ、じゃが、『またこの人生を最初から』は勘弁して欲しい、のじゃ。あと、『全世界から病気をなくして欲しい』みたいに規模が大き過ぎる願いも他への影響が大き過ぎて正直難しい。……出来ないことはないんじゃが、“地球”との誤差が大きくなり過ぎるんで、いい顔をせん『ノア』がいる、からのう」
この人生をまたとか、死んでも御免なんで『勘弁して欲しい』というのは正直ありがたい。
(でもきっと、その言い方だと『出来ない』のではないのだろうな……)
「参考までに、今までの後継者達は、残していく家族の『幸せ』や『繁栄』を願った者ばかりだったそう、じゃ。他にも金銀財宝を願う事も無論可能じゃが、そんなものを魂だけみたいな者になった後で手にしても、自慢する相手もおらんから、いずれは虚しくなると思うので私はオススメせんな」
(確かに、見せびらかす相手がいてこその、財宝だよな)
別段欲しいとも思ってはいないが、オススメしない理由は納得出来た。
「ちなみに、アルカナが『管理者』になった時には、何を願ったんだ?」
うつらうつらとしているアルカナの頭を撫でてやりながら訊いたが、なかなか返答がもらえない。とうとう寝たか?と思っていると、「……覚えて、おらんな」と瞼を閉じたままぽつりと呟いた。
「姿や名前と共に忘れてしまった、わい」
「……そうか」
「じゃが——」と言い、少しの間の後にアルカナはこう教えてくれた。
「“忘却”を望んだんじゃないかな、とは思う。自分が死んだ後はもう、皆に“私”を忘れてくれと、願ったんじゃないだろうか。確信はないが、『今の自分』ならそう願う気がするから、『過去の私』もきっとそう、じゃろ」
そう言った後は、言い逃げするみたいにアルカナが眠ってしまった。頬をつつこうが、腹の匂いを存分に嗅ごうが全く起きない。
残していく者達に『自分の忘却』を望むなんて、きっと彼女は多くの者達に愛される人生を送ってきたのだろうなと思うと……不快な気持ちになっていく。とうの昔に過ぎ去って、本人ももう覚えていない事らしいのに、嫉妬に近い感情が胸の奥を支配している感じがする。
きっと、愛し愛された人生だった事は間違いないだろう。
深く『愛』を知っている者じゃないと、こんなにもオレに優しくは出来ないだろうから。
「……死後に叶えたい願い、か」
『獣人』の寿命は往々にして『人間』よりもかなり長いから、焦らずしっかり考えておこう。
コメント
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みぅです🤍🥀読了しました。 夜会の後の、叶糸の感情の揺れがすごく繊細で切なかったです。アルカナが「忘却を願ったんじゃないかな」って言ったところ、胸がぎゅっとなりました……。愛された記憶すら手放す覚悟って、どれだけ深い優しさなんだろうって。でもそれに嫉妬する叶糸の気持ちもわかるから、複雑すぎて読んでて息が止まりそうでした。二人の温度差が逆に愛おしくて、続きが気になります。素敵な話をありがとうございます🌙