テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
警察の事情聴取が終わった後に瑠衣は、拉致された当日、一緒にいた音羽奏に連絡を取り、数日後の土曜日、東新宿の自宅に招いた。
インターフォンが来訪者を知らせ玄関ドアを開けると、奏は瑠衣を見た瞬間、みるみる顔を歪めさせ、泣きそうな表情で彼女に抱きついた。
「瑠衣ちゃん! 本当に無事で良かったよ……!!」
「奏ちゃん……心配させてしまって…………本当にごめんね……」
「いいのいいの! とにかく、こうして会えた事が……本当に嬉しい……!」
「奏ちゃんありがとう。どうぞ上がって」
キッチンでコーヒーを淹れていると、手洗いとうがいを済ませた奏がリビングへ入ってくる。
「今日、葉山さんは?」
「怜さんは今日は仕事なんだ。楽器を購入したい吹部の中学生と高校生がいて、学校回りしてる」
「葉山さんも忙しいんだね」
トレイにコーヒーカップを乗せ、ソファーに腰掛けた奏の前にカップを置き、瑠衣も座ってコーヒーをひと口含んだ。
「響野先生は?」
「先生は今日は振替レッスンで立川音大に行ってるよ」
「そうかぁ。先生も大変だったよね……」
二人はしばらくの間、無言のままコーヒーを味わっていた。
奏は瑠衣の事を気遣っているのか、拉致監禁されていた時の事は、一切触れてこなかった。
それが今の瑠衣にとって、とてもありがたい事だった。
蹂躙された事を話してしまったら、彼女も過去の恋人に強引に純潔を奪われた事を思い出してしまうかもしれない。
「結局……」
奏が静まり返った空間の中で、残念そうにポツリと零す。
「コンクールの申し込み……できなかったね……」
「うん……そうだね。でも、また来年もあると思うし……」
瑠衣が小さく笑い頷くと、奏は『そうだ!』と言いながら手をパンっと叩く。
「もし良ければ、うちのピアノ教室で年に一度、発表会を開催しているから、友情出演してみない? せっかく練習してきたのに、このまま終わらせるのも悲しいなぁって思って……」
思わぬ提案に、瑠衣は瞳を丸くさせた。
「……いいの?」
「もちろん! 生徒さんにも、ピアノ以外の楽器を知ってもらえる機会だし」
奏が大きな黒い瞳を細めながら微笑みを向けた。