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第7話:奪われたもの
市場の片隅。
カイ=ヴェルノは、果物と焼き立てのパンを袋に入れて歩いていた。
黒髪は夕暮れの光に沈み、灰色の瞳はいつものように静かだった。
わずかな休日を楽しみ、せめて心を落ち着けようとしていた。
その前に、水色の髪が翻る。
ヒカル=セリオンだった。
高い背丈に鍛えられた体。マントを肩にかけ、人々の視線を当然のように集めていた。
「おや、ヴェルノじゃないか」
彼は群衆に笑みを向けると、ヴェルノの持つ袋を乱暴につかんだ。
中身を覗き、赤い果物をひとつ取り出す。
「市民を守るために動き回ってると、腹が減るんだよな」
そう言って、ためらいなく果物にかぶりつく。
甘い汁が滴り落ち、セリオンの口元を濡らした。
周囲の人々は笑みを浮かべ、「ヒーローは自由にしていい」とでもいうように頷いている。
ヴェルノはその様子を見つめ、唇を固く結んだ。
灰色の瞳が揺れる。
手袋をした指先が震え、心の奥に抑えてきた苛立ちがじわりと溢れてくる。
――盗みではない。堂々とした横取り。
それでも人々は「ヒーローだから」と称賛を送る。
「セリオン様が食べればありがたい」「さすがだ」
そんな声が響く中で、ヴェルノの胸は静かに熱を帯びた。
グレン=タチバナは遠くからその光景を見ていた。
灰混じりの髪に日に焼けた顔。腕を組んだ姿は落ち着いていたが、瞳には怒りの色が宿っていた。
「……いつまであの若造を許す気だ、この街は」
セリオンは群衆の拍手を受け、パンまで取り出し大げさに頬張る。
灰色の瞳は、その光景を睨みつけるように細められた。
ヴェルノは初めて、心の奥で声にならない怒りを噛みしめた。
母の教えが「人を助けろ」と言っても――「人に踏みにじられるたびに耐えろ」とは言っていなかったはずだ。
灰色の瞳が光を帯びる。
それは怒りとも、これまでにない決意とも見える輝きだった。