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森本慎太郎
まだ昨日のアルコールが残っている気分なので、朝の空気を吸おうと裏口から外に出た。
と、外には誰もいないと踏んでいたが、白衣の後ろ姿を発見した。これは高地だ。
「こーちー」
ほぼプライベートのテンションで呼びかけると、振り向く。
「うおお慎太郎、びっくりした」
が、その手に持っているものを見て、さらにびっくりした。
「…えっお前、なに持ってんだよ…」
煙草を指に挟んでいた。驚きで顔が固まる。
「え、これ? ああ、あんま人前で吸ってないからな」
「お前、吸うっけ…?」
「ほんのたまにだよ。むしゃくしゃしたときとか」
「…佐伯さんのこと?」
ふふ、と高地は笑った。
「大我が珍しく俺に電話してきてさ。もっとしてやれたことがあったんじゃないかって言ってて、けっこう後悔してたっぽい。それでなんか感情が移ったっていうか…」
「…でもほどほどにしないと、呼吸器内科行きだぞ」
「わかってるよ」
そう言うと、靴で踏んで火をもみ消した。
「まああいにく友人に呼吸器系はいないから、行ってもバレないかな」
「何言ってんだよ笑。ジェシーに診られるかもよ」
「かもな」
「まあでも、実は俺も昨日飲んだんだけどな」
「え? マジで?」
「樹も誘って行った」
「へえ。俺のやけ煙草ならぬやけ酒か。そっちは消化器内科行きだな」
「はは笑。結局は行きつくところは同じなんだな」
「ってか、慎太郎の好きな日本酒居酒屋だろ? 樹、飲んでた?」
「あー、わかんなかったんだろうな、俺と一緒の注文してた」
「やっぱりか笑」
と、高地は腕時計を見て、「あ、時間だ」
「ほんとだ、外来始まる」
どちらからともなく歩き出す。高地は左に曲がって心療内科に、俺は右に曲がり小児科へ。
「じゃあな」
「またな」
それぞれの仕事場へ向かった。
高地優吾
いつもの担当患者さんのところに一通り様子を見に行くと、女性の患者さんがレクリエーションで作ったという折り紙の作品を手渡してくれた。黄色の花だ。
「先生、これどうぞ」
「え、ほんとに? ありがとうございます」
心療内科または精神科では、看護師などがレクリエーションを行うことが多い。そこで作ったものをよくもらうのも、あるあるだ。
デスクに戻ると、机の上にそれをそっと置く。だんだん増えてきた。
「ちょっと先生、またもらったんですか?」
隣の席の男性医師が話しかけてくる。
「そうなんですよ」
「僕よりもらってるじゃないですか。モテモテですね」
「いやいや」
と笑うが、なぜかほかの医師より患者さんにもらうプレゼントの量が少し多いのは事実。
「やっぱ高地先生は笑顔で優しいし、患者受けがいいんですかね」
いつも物腰柔らかなこの先生は褒めるのが上手いので、俺も嬉しくなる。
「ありがとうございます」
昼休憩になり、ささっと食事を済ませると、たまには屋上に出てみようかなと思った。
この病院には、屋上庭園がある。俺はどっちかというと中庭より屋上のほうが、開放感があって好きだ。
でも昼間なので患者さんがいる。
カフェオレ片手に隅っこのほうに行くと、フェンスに手を掛けて黄昏ている緩和医療科医を見つけた。
「大我!」
「びっくりした、高地。ちょ、ほかの患者さんいるんだから呼び方考えろよ」
まるで北斗みたいなきつい言葉が飛んでくるが、表情は笑っている。
「ごめーん。っていうか、こんなとこでなにしてんの?」
「別にいいでしょ。…まあ、後悔を空に流してるんだよ」
あさっての方向を見ながら、そんなことをつぶやく。冗談にも、本当に思っていることにも聞こえた。
ズボンのポケットから煙草の箱を取り出そうとして、しまった。ずいぶん前に大我の前で吸おうとしたら、嫌いだからやめてと言われた記憶があった。
「亡くなった患者さんにもっとできたことがあったんじゃないか、なんていう後悔は付き物だろうけどな。それを引きずっちゃうのは未熟なのかな…」
どこか苦しそうに言う大我。
「ううん、そんなことないって。俺だって、担当した患者さんが退院するとき、ほんとにああいう治療でよかったのかな、苦しくなかったかな、っていろいろ考えちゃうもん」
「…だよな」
そして、吹っ切れたように伸びをした。
「そろそろ戻らねーと」
時計を見ると、もう昼休みも終わる時刻だった。
「じゃ。あと午後、頑張ろうぜ」
「うん、お前もな」
大我はいつもの綺麗な笑みを向け、颯爽と去っていった。
俺も屋上を下り、持ち場に戻った。
続く