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「奏。まだ恋人同士になって三週間ほどしか経っていないのに……こんな事を言うのは早過ぎるかもしれない……」
目力が強くて大きな瞳は、涼しげな奥二重の瞳を捉えたまま、怜の言葉を静かに待つ。
「奏。俺と…………結婚して欲しい。俺の妻に……なって欲しい」
突然のプロポーズに奏は瞳を見張らせ、うっすらと唇を開いたまま固まっている。
「日野のハヤマ特約店で初めて出会ってから数ヶ月。本橋の結婚式で再会してから二ヶ月ちょっとか。恋人同士になってから一ヶ月も経ってないが、俺は出会ってから今まで奏と一緒に時間を過ごしてきて、君を誰にも渡したくない、君と生涯一緒にいたいと思うようになった」
「……!!」
奏の瞳は揺らぎ、感極まって堪らず両手で口元を押さえた。
「それに、音楽一筋で生きてきた奏の人生を…………これから先、俺も隣で一緒に見ていきたいと思ったんだ」
怜の言葉に、親友、本橋奈美が言っていた言葉が過っていく。
『私ね、奏には幸せになってもらいたいと思ってる。ずっと音楽一筋で生きてきて、その生き方を理解してくれる男性と出会って、幸せになって欲しいって、心の底から思ってるよ』
奈美の結婚式前に、余興の合わせ練習を終えた時、彼女が奏に言ってくれた言葉だ。
あの時の奈美は、怜に限らず素敵な出会いがあるかも、という意味で言った事なのかもしれない。
彼女から直接ブーケを頂き、都市伝説だと思っていたブーケの言い伝えが今、怜からのプロポーズで実現しようとしている。
(私の生き方を理解してくれる男性って…………私にとって……第一印象が一言で言うならサイアクだった……怜さんだったんだ……)
奏が過去に失恋の痛手を抱えているにも関わらず、怜は、自身が結婚まで考えていた恋人との別れを経験していても、彼女の事を第一に想い、『もっと自分に自信を持っていいんだ』と言ってくれた人。
そんな彼が、奏と生涯をともにしたい、音楽一筋の人生である彼女のこれからを、一緒に見ていきたいと言ってくれたのだ。
奏も怜とずっと一緒にいたいと思っている。
怜のリペアラーとしての向上心を持ち続けるところは、人としてすごく尊敬しているし素敵だ。
それに彼の影響なのか、奏も指導者として、演奏する立場の人間として、自分の音楽を追求していきたい気持ちが芽生えている。
こんな気持ちにさせてくれたのは、怜と出会い、一緒に時間を過ごすようになったからだろう。
「怜さん」
彼の名前を小さく呼ぶと、涼しげな奥二重の瞳は変わらず奏に向けられている。
どこか不安そうな表情は滅多に見せない、彼女だけが知っている怜の一面。
奏の黒い瞳は揺れながら潤み、熱を帯びた雫が幾筋も頬を伝い落ちていく。
「私……あなたの妻に……なってもいいですか……?」
彼女の言葉に安堵した怜が、次第に唇を綻ばせ、目を細めながら奏を抱きしめる。
「ああ、もちろんだ……」
節くれだった手が奏の後頭部に触れ、そっと撫で続ける。
「奏……」
抱きしめた腕を緩め、奏をじっと見つめる怜。
「——愛してる」
勁い腕が再び奏の細い身体に回され、『奏を一生離さない』と言うかのように掻き抱く。
「私も……あなたを…………愛してま……す……」
涙で途切れながらも返事をする奏。
大好きな人からのプロポーズの言葉を、噛みしめるように反芻する。
微かに聞こえる喧騒を耳にしながら、彼女の視界に映る神秘的なイルミネーションは、涙で滲みながら霞んでいった。