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オールシーズン使える薄手のストールは、色合いによっては冠婚葬祭でも活躍できそうな優れものだ。睦美もこの商品が入荷した時に、淡いブルーの物を自分用に購入した。もちろん、社割で。薄いから折り畳んでバッグに入れておくこともできるし、自宅でも肌寒い時に肩や膝に掛けていることもある。あまりに使い勝手が良いから色違いでの購入も本気で検討しているところだ。
実際に使ってみて、価格の割に肌触りも良くて納得できる商品だったし、女性へのプレゼントを迷っている客へは真っ先にお勧めすることも多い。自分自身も誰かへの贈り物をする機会があれば、きっとこの商品を候補に入れるだろう。
だからその日も、習い事の先生へお礼を兼ねた贈り物を探しているという女性客へ、ライトグレーのストールを提案していた。
「控え目なお色なので、幅広いシーンでお使いいただけると思いますよ。薄手なのでバッグに入れても嵩張りませんし、ネットを使っていただければお家でお洗濯いただけます」
「あ、洗濯OKなんですね、それは気兼ねなく使えるし嬉しいかも。うーん、でもねぇ……」
何か決定的な決め手に欠けるのか、付属のタグを眺めながら女性客は眉を寄せている。多分、商品自体というよりはブランド名が気に入らないんだろうなと睦美は心の中で苦笑する。これはこの売り場ではとてもよく見かける反応だ。
――そこまでメジャーなブランドじゃないからだろうなぁ……
どれだけ品質やデザインは良くても、あまりよく知らないブランドの物よりは誰もが知っているロゴが入った商品を贈り物に選びたがる人は少なくない。プレゼントした時にぱっと見で分かるブランド名が記されていると、貰った人の反応が違うことがあるからだ。特にデパートの客層はそれが顕著かもしれない。質よりも、ブランドの認知度なのだ。
ストールの手触りを確認するよう撫で続けている客は店員がお勧めしてくる理由には納得しつつ、チラチラと別の商品へ視線を移して他の候補を探している。
「華道の先生なので、これならお着物の時にも使っていただけるとは思うんですが……色も綺麗だしいいんだけどなぁ」
そう言う割に、やっぱり何か決定打が見つからないようで、静かに唸り始める。でも、睦美が見ている限りは、ストールというアイテムを贈ることには迷いはないようで、似た商品で知名度の高い他のブランドから出ている物が理想みたいだった。別に無名という訳でもないけれど、ある程度詳しい人でないとという微妙な感じだからかなり迷っている。
睦美は少し考えてから、女性客へと別の提案を持ち掛けてみる。
「そうですね、こちらには無いブランドでも、フォーマル売り場の方でしたらいくつか取り扱いがあったかと思います。よろしければ、売り場までご案内させていただきましょうか?」
「フォーマルって喪服とか売ってるところだっけ?」
「はい。冠婚葬祭全般を取り扱っておりますので、ドレスと合わせる雑貨類も一緒に販売させていただいております。確か、ストールも何種類かあったかと――」
睦美の台詞へ被せるように、客が大きく頷き返してくる。こちらの売り場に比べるとクリーニング必須だったりして、普段使いに向いていない特別感のあるアイテムが中心だが、比較材料が増えれば選び易くなるかもしれない。最終的に使い勝手かブランド名のどちらを優先するかは客の自由なのだから。
エスカレーターを使って客を誘導しながら、睦美は二階フロアの一番奥まった売り場へと向かう。遠目からも黒の多い商品群は、爽やかな色味の春夏物が並ぶ婦人服エリアの中で、相変わらずの異彩を放っていた。
売り場に着くと、通路近くの島什器でブラウスを畳み直していたスタッフを見つけて声を掛ける。半年ほど前に入って来たというパートさんは、平均年齢の高いこの売り場では香苗の次に若い。と言っても、おそらく三十代後半だ。以前はスーツ専門店に勤務していたという噂を聞いたことがある。銀縁フレームの眼鏡がとても真面目な印象を与えた。
「お疲れ様です。贈り物のストールをお探しのお客様をご案内させていただきました」
「ありがとうございます。ストールでしたら、あちらの壁面でお取り扱いさせていただいております。どうぞ、こちらへ」
黒ずくめの売り場に、本当にここに贈り物になるような商品があるのかと訝しんでいた客も、案内された隅っこの棚を見てぱぁっと目を輝かせ始める。下の売り場よりは華やかさが段違いなラメやスパンコールを織り交ぜた物も多く、一瞬で目を引いたようだ。
接客をパートさんにお願いした後、睦美は戻る前にフォーマル売り場の中を見回してみる。ここでチーフを任されている香苗は、書類を挟んだバインダーを片手にメーカーの営業らしき男性と、店頭のマネキンを前に話し込んでいるようだった。
睦美が見ていると向こうも気付いたらしく、香苗はぺこりと小さく頭を下げてくれた。声を出さずに動かした口元が「お疲れ様です」と言っているのが分かり、睦美も同じように口パクで「お疲れ様です」と返してから売り場を後にした。売り場で見た彼女は以前と変わらず落ち着いた雰囲気で、『フォーマル売り場の柿崎さん』だった。