「美咲さんの事?」
「そうだよ…彼女をよろしくお願いします」
亜季ちゃんは美咲さんを1度だけ見た後、僕に向かって笑顔で答えた。
「僕には誰も幸せになんて出来っこない…」
「瑛太、大丈夫だよ。だって瑛太は私を幸せにしてくれたんだから。自信を持って」
「何でそんな事言うんだよ。そんな事言われたら…」
「瑛太、もう時間切れみたい…。笑ってお別れしたいからサヨナラは…言わないからね…」
そう言った亜季ちゃんの目からは大粒の涙が溢れ出し、後ろに振り返っては何度も涙を拭っていた。
「笑ってサヨナラ…なんて出来るわけないだろ!」
僕は亜季ちゃんに向かって大声で叫んだ。
亜季ちゃんは遥香を産んで間もなく僕らの前からいなくなった。
それでも亜季ちゃんは何度も何度も僕らの前に現れてくれた。
きっと何処かで僕らの事を見ていてくれて、いつかひょっこり現れてくれる。
いつもそう思ってた。
そう思ってたから…淋しくても悲しくてもやってこられた。
でも亜季ちゃんは前回僕らの前に現れた時に、次が最後だと言っていた。
ずっと会えるのを楽しみに生きてきたけど、次が最後だと知ってしまった瞬間から会うのが怖くなった。
亜季ちゃんに会えるという希望がこの先なくなってしまうのなら、会いたくないと思ってしまった。
でも、僕にはわかっていた。
亜季ちゃんが最後に現れるXデーは、きっと遥香の結婚式の時だと…‥
だから今日この日が来るのをずっと恐れてた。
遥香の結婚式を心待ちにしていた反面、この日が来ないで欲しいと願っている僕がいた。
父親として最低だと思うが、最愛の妻を本当に失ってしまう瞬間を迎えてしまうのは体を引き裂かれてしまうくらいツライ事だった。
最愛の妻を、目の前で2度も失う程ツライ事がこの世にあるだろうか…。
でも今、それが現実の物となろうとしていた。
胸が締めつけられて悲しみが込み上げてきた。
「あぁぁぁぁぁ………」
どうしようもなく苦しくて、ツラくて…‥
声をあげて泣く事でしか、この悲しみから逃れる術はなかった。
思いっきり泣いた…。
ひと目をはばからず、ただ泣き続けた…。
何も考えず、ひたすら泣いた…。
喉が嗄れるくらい声をあげて泣いた…。
泣く事以外に僕の感情をぶつける場所が何処にもなかった。
「それじゃあ…最後に私から瑛太にプレゼントがあります。ビックリしないでね」
「僕は、そんな物いらない。亜季ちゃん…僕は…僕は亜季ちゃんがっ‥」
ドッ!?
頭を何か固い物で殴られたような衝撃が走った。
すると…次第に意識が薄れて立っていられなくなってきた。
前のめりに倒れていく僕の体を誰かが受け止めてくれた。
「皆さん…私がこうして皆さんと話せるのはこれが最後です。今までありがとうございました。これからも、遥香達をよろしくお願いします」
薄れゆく意識の中で、最後に聞いた亜季ちゃんの言葉だった。
「・・・・・」
目覚めると、僕は自分の席に座っていた。
会場内を見回すと、遥香によって止められていた時間は再び流れていた。
何事もなかったかのように式は進められていた。
既に式は佳境に入っており、新郎の平井さんが謝辞を読み上げていた。
そして、司会の大川さんの閉宴の挨拶が終わり、結婚披露宴の幕は閉じられた。
本当に素晴らしい結婚式だった。
もう思い残す事は何もない。
と言いたい所だが…僕にはやり残した事、しなきゃいけない事がまだあった。
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