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「おっ! どうやらお嬢自ら手を下すみたいだぜ……」
事務室外壁から“立体透視鏡還”の機能により、内部の執行状況を伺っていた二人。幸人の肩から覗かせたジュウベエが、その内部に於ける悠莉の行動に思わず声を上げていた。
「無敵だな……お嬢は――」
悠莉の力――“メモリアル・フェイズ・メタモルティ ~深層侵慮思考鏡界”は、対象者自身の深層心理世界へと強制的に引きづり込み、写し出した世界そのものを操作し、対象者を自滅に追い込む力。
その為に力の発現者である悠莉自身も、発現中は動けないと思われたが、力を行使しながらも自分は自在に動ける事が判明した事に、ジュウベエは感服しているのだ。
何より、悠莉自身が手を下すのを見るのも初めてで、それがまた言い知れぬ感慨となって――
「どうやら……お嬢は“アレ”を落とすみたいだな」
その光景は、だらしなく剥ぎ出しにしている中村へ、狙いを定めて刃を振り上げた悠莉の姿。
彼女が何をしようとしているのか、それは容易に想像出来た。
同情する余地も無い。寧ろ至極当然の報いとして相応しいが、それは想像するだけで背筋が凍るというもの。
「おぉ怖っ……オレまで身震いしてきたぜ――ってオイ!?」
後はその自業自得が招いた惨事を見届けるのみ――なのだが、ジュウベエはまたしても突然の事に声を上げた。
「何処行くんだオイっ――幸人ぉ!?」
それは黙して見届けていた筈の幸人が、突如肩に居座るジュウベエを払い除け、飛び込むように内部へと消えていったからだ。
“まさか……幸人の奴!”
薄暗い事務室前通路に、独り取り残されたジュウベエは思う。
それは介添え役として、狂座の“規約”に反する――
「――っオゴッ!?」
圧迫されたような中村の呻き声。
それは悠莉が刃を降り下ろそうとした、ほんの一瞬の間の事だった。
「幸人……お兄ちゃん?」
刃を掲げたままの悠莉の瞳に走る動揺。
まるで割り込むかのように、幸人が二人の間に立ちはだかり、中村の口元をその右手で掴んでいた事に。
「どう……して?」
彼女の疑問。幸人は介添え役の筈。この状況はまるで、手助けや止めに来た――否、その類いとも違う。
どちらかと言うと――
「悠莉……サーモの電源を落として――離れてろ」
幸人はその疑問には答えない。ただ悠莉に目を向けず、そう促して――。
「う……うん」
その意図は分からなかったが、悠莉は素直に二人の間から距離を取った。
「――ァゴォォォッ!!」
その間にも洩れる中村の呻き。その瞳に宿すは驚愕と――恐怖。万力に掛けられたような圧力は、そのまま顎を砕いてしまいそうな程の。
「…………」
最早訳の分からぬ事態にもがく中村を他所に、幸人は左手で己の眼鏡を外していく。明らかな執行態勢。
「――ッ!?」
瞬間――変貌していくその銀色に、中村の目は更に驚愕に見開かれた。
それは人が絶対的な局面に瀕した時の――“絶望”と“死”への確信。
「……お前には一欠片の存在価値すら無い」
冷酷に吐き捨てると共に、掴む幸人の――雫の右手が冷たく輝く。
「極零に散れ」
刹那――右手から拡がる蒼芒の煌めきは、中村の五体全てを一瞬で浸食していった。
“絶対零度”
分子さえ塵にするその低温は、一切の痕跡も残さず、中村はその場で氷の粒子となり露と消える。
断末魔を上げる暇さえ無かったそれは、刹那の間の出来事。
「幸人お兄ちゃん……どうして?」
その一部始終を目の当たりした悠莉が、銀色に佇む雫の下へと歩み寄ろうとするが、近付くのも憚れた。
初めて目の当たりにした、幸人のその真の力と姿の前に。
そして――その意図に。
だが雫は戸惑い立ち竦む悠莉へ、慈しむような表情を向けた。先程までの肌にひりつくような冷たい殺気は――既に無い。
「こんな屑の為に、お前がその手を血で汚す必要は無い……」
雫の――幸人の真の意図。
彼は悠莉を血で汚したくなかったのだ。例えどんな消去方法といえ、殺す事に変わりはないとしても。
“自殺に追い込むと殺人は同義”
能力で死に追い込むのは良しとしても、直接手を下すのを見るのは御免被る――と。
それは只のエゴなのかもしれない。
それでも幸人は居ても立ってもいられなかった。悠莉を裏の後輩としてではなく、一人の“家族”として見てしまった以上。
「でもぉ……これがもし――」
悠莉はその想いが痛い程伝わっていながら、言葉を濁す。
介添え役は執行中のエリミネーターに対し、絶対不可侵――それは鋼鉄の掟。それをSS級とも在ろう者が、自ら破るとは如何程のものか。
もしこれが、狂座に知られでもすれば――
「お前は気にしなくていい。これは俺の独断でやった事」
雫はそれでも意に介さない。
「汚れ役は俺一人で充分だ……」
それは『悠莉への汚れ役は、全部俺が被る』とも取れた。
「幸人お兄ちゃん――っ!」
いたたまれなくなった悠莉は、抱き付こうと幸人の下へと駆け出した。
「……規約違反」
――が、不意に聴こえたその声に、悠莉の動きも止まる。それは幸人も同じ。
此処には幸人と悠莉の二人しか居ない。
「――っ!?」
二人は同時に“有り得る筈が無い”声がした方へと、視線を向けたその先には――。