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隣に座った尊さんの肩に、自然とこてんと頭を乗せていた。
尊さんは驚いた様子も見せず、俺の頭をそっと撫でてくれる。
その大きな手のひらが、俺の髪を優しく撫でる感触が心地よい。
「今日はご馳走様してくれて、ありがとうございます。すごく楽しかったです」
尊さんと過ごす時間は本当に幸せだ。
このまま時間が止まってしまえばいいのにと思うほどに、心が満たされていく。
「俺もだ。たまにはこういうのも悪くないな」
尊さんがそう言ってくれるのが嬉しくて、俺はさらに尊さんの肩に体重を預けた。
「尊さんって仕事だけじゃなくて、料理も上手いですよね…手際が良すぎて驚いちゃいました」
彼の完璧さに、改めて感嘆の声を漏らす。
「そうか?普通だと思うが」
そうは言うものの、やはりプロの仕事ぶりのような流れるような調理は
見ていてとても勉強になった。
何より美味しかったというのが一番だったけれど。
「それが普通って言えちゃうのが尊さんですもんね、いいな…」
俺が羨ましそうに呟くと、尊さんはフッと笑った。
「料理は一人暮らしが長くなれば嫌でも身につくぞ」
「やっぱり、そういうものですか?」
「まあ、お前はちょっと目離したらすぐ火傷しそうだけどな」
「なっ、そんなにドジじゃないですよ!それにちょっとの火傷ぐらい慣れたら問題無いです」
尊さんの言葉に、俺は思わず反論した。
しかし、俺の言葉に尊さんは呆れたような顔をする。
「火傷に慣れたら問題無いってどんなパワーワードだよ」
「だって俺、上京したての頃とか、よく指切ったり小麦粉の袋、うまく開けられなくて毎回盛大にぶちまけてましたもん」
俺がそう言うと、尊さんは眉をひそめた。
「小麦粉?」
「はい。一回なんか、夜中にパンケーキ作ろう食べたくなって作ってたんですけど、開けた瞬間、ふわって部屋中粉まみれになって……」
俺は当時の惨状を思い出し、苦笑する。
「気づいたら、俺、白装束みたいになってましたもん」
尊さんは、想像したのか、少し引いたような顔をした。
「……なにそれ、こわ。事故現場かよ」
「しかも換気扇つけてたから、粉が舞いまくって……」
俺はさらに言葉を続ける。
「咳止まんなくて、途中で『これ吸ったら死ぬやつだ』って泣きそうになって…」
「料理っていうか、もはや戦場だろそれ」
尊さんのツッコミに、俺は思わず笑ってしまった。
「ほんとに。だからそれ以来、小麦粉はなるべく密閉容器に入れてます!……賢くなったと思いません?」
「そもそもパンケーキを夜中に一人で作るな」
俺が胸を張って言うと、尊さんは呆れたように笑った。
「ははっ、確かに。」
冗談めかして返しながらも、本当はすごく嬉しくて心臓がドキドキしていた。
尊さんも楽しげに笑っている。
こんなにも穏やかな雰囲気で尊さんと過ごせることなんて滅多にないから
余計に幸せで、心が溶けそうになる。
「ふっ…お前となら、毎日でも楽しいだろうな」
尊さんがポツリと呟いた言葉に、俺の顔は一気に真っ赤になる。
そんな反応をされたら、勘違いしてしまう。
俺といて楽しいと思ってくれているんだって。
でも、今はその言葉の真意を考えることよりも
尊さんのことが好きで好きで堪らないという気持ちの方が強かったから。
「えへへ……嬉しいです!俺も尊さんとずっと一緒に居られたらって毎日思いますから」
そう素直に言葉を紡ぐと、尊さんの口元が少しだけ緩んだ気がした。
その表情に、俺の胸はさらに高鳴る。
「おい雪白……アイス垂れるぞ」
アイスを持ったままの右手を指差され、溶け始めたアイスが指を伝い始めていることに気づく。
「えっあっ……」
慌てて舐めようとした途端、尊さんが俺の腕を掴み
そのまま自分の口に含む。
驚いて固まる俺をよそに
ペロリと俺の指を舐めると、満足したように尊さんは口を離した。
彼の唇の感触が、指先に生々しく残る。
突然の出来事に思考停止した俺を見て、尊さんがニヤリと笑う。
その悪戯っぽい笑みに、俺の顔はさらに熱くなった。
そして何事もなかったかのように、自分のアイスに視線を落とす。
「早く食っちまえ」
その声にハッと我に帰り、慌てて齧り付くと
尊さんの唇が触れていた部分だけ、なぜか溶けた氷よりも熱を持っているように感じた。
尊さんの唇の感触を思い出し
ドキドキしながらも残りのアイスを頬張った。
◆◇◆◇
数十分後…
「それじゃあ…今日はありがとうございました」
玄関先で靴を履き終わると
雪白は尊さんの方を振り返り、深々と頭を下げた。
今日の楽しかった時間が、まるで幻だったかのように名残惜しく感じられる。
「ああ、暗いから気をつけて帰れよ」
尊さんの表情がふっと柔らかくなり、その優しい声が俺の心にじんわりと染み渡る。
「あの、また機会あったら……料理教えてもらいたいんですけど…」
勇気を振り絞って告げた言葉に、尊さんは少し目を丸くしたが
すぐに口元を緩めて
「あぁ、いつでも来い」と、大きく頷いてくれた。
その温かい返事に、張り詰めていた心が解き放たれ、思わず笑みが溢れてしまう。
尊さんも同じように、穏やかな笑顔を返してくれた。
尊さんとの時間を終わらせたくない自分がいて…
このまま、彼の温かい唇に触れたい衝動に駆られる。
けれど、ふと、尊さんの今日の疲れを慮ってしまった。
(尊さん疲れてるかな、キスせがんだらダメかな…)
そんなことを考えていると、沈黙に気づいた尊さんが少し心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「雪白?どした、固まって」
「いえ……その…っ」
尊さんの言葉にハッとして、慌てて否定しようとするが
言葉が喉に詰まって上手く誤魔化せない。
顔に熱が集まるのが分かる。
「尊さん…っ!あの…最後に、ハグしてもいいですか?」
そう言い放った瞬間、自分の顔がカッと赤くなるのが分かった。
こんな大胆なことを口にするなんて、自分でも信じられない。
尊さんは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに口角を上げて、柔らかく微笑んだ。
「なんだ、そんなことか。」
そう言うと、尊さんは両腕を広げてくれた。
その仕草に、心臓がドクンと大きく跳ねる。
ドキドキしながら一歩、また一歩と近づくと
温かい腕の中に優しく抱き寄せられた。
尊さんの逞しい胸に顔を埋める形になり、ドクドクと力強く脈打つ心臓の音が
自分のものなのか、それとも尊さんのものなのか分からなくなるほど響く。
尊さんの、あの落ち着く匂いに全身が包まれて
クラクラと目眩がしそうだった。
(あぁ……ずっとこうしていたい……)
尊さんは俺の背中を、まるで幼子をあやすようにゆっくりと撫で摩ってくれた。
その温かい手に、本当に幸せだと思った。
この時間が永遠に続けばいいのにと、心の底から願う。
「お前も疲れてるだろ。早く帰って寝ろよ」
尊さんはポンポンと俺の頭を撫でたあと
ゆっくりと体を離した。
その温もりが離れていくのが、ひどく寂しく感じられる。
「はい…尊さんもお休みなさい」
「ああ」
名残惜しい気持ちを必死に押し込めて、俺は尊さんの家を後にした。
外に出ると、辺りはすっかり真っ暗で、街灯の明かりだけが頼りだった。
冷たい夜風が頬を撫でる。
ふと空を見上げると、無数の星が瞬いているのが見えた。
冬の空気は澄んでいて、月も冴え冴えと綺麗に輝いている。
先程までの尊さんとの時間が、まるで夢の中の出来事だったかのように感じられた。
あの温かい抱擁も、優しい声も
全てが現実離れしているように思える。
(なんかまだ、夢みたい。俺の日常の中に尊さんがいるって……)
そう思ってから、胸の奥にじんわりと切ない感情が広がる。
もう少し一緒にいたかったな、と素直に思ってしまう自分がいた。
(俺、狩野さんの言う通り、尊さんにケーキとして見られてないのかな。魅力が無い…とか?)
そう心の中で何度も繰り返してみても
胸の奥底でモヤモヤとした、得体の知れない不安が消えないことに気づく。
(もっと、尊さんのこと知りたいな…)
そう思いながら、俺は瞬く夜空を見上げた。
(…それに尊さん、ご褒美やるとは言ってたけど……俺が一人で契約取ってきたのちょっとは喜んでくれたのかな……?)
そう考えながら、ふと尊さんの笑顔を思い出す。
あの時の、少し照れたような、でも確かに嬉しそうな笑顔。
尊さんはなんだかんだ言って俺を大事にしてくれていると思うし
普段厳しい分、休みの日とか
えっちのときは驚くほど優しくしてくれる。
でも、こう、野性的に、本能のままに求められたことは無い気がする。
いつも、どこか理性が勝っているような。
「はぁ……」
小さくため息をつくと、冷たい風が吹いてきて、俺は思わず首をすくめた。
(もっと積極的になったら、いいのかな。俺から「食べてください」とは言えないけど…)
(軽く誘ってみる……?…いいかも、そしたら尊さんだって少しはその気(?)になってくれるはずだし……!)
俺はひとりで深く頷きながら、決意を胸に帰り道を歩いた。
夜空の星々が、まるでその決意を応援してくれているかのように
きらきらと輝いて見えた。
◆◇◆◇
翌週末
俺は尊さんのお家にお邪魔して、約束通り尊さんの料理を教わっていた。
キッチンには、食材を切る軽快な音と、尊さんの低く落ち着いた声が響いている。
「お前、意外と飲み込み早いな」
フライパンを揺らしながら、尊さんが感心したように呟いた。
その声には、どこか意外そうな響きが混じっている。
「えへへ……そうですか?」
俺は照れ笑いを浮かべながら、尊さんの手元を覗き込んだ。
今作っているのは、ふんわり卵が魅力のオムライスだ。
尊さんの指示に従って、俺も少しずつ料理をするようになっていた。
最初はぎこちなかった手つきも、少しずつ慣れてきている。
尊さんは俺の動きをちらりと見て、くすりと笑った。