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蒼乃 月
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第28話、読み終わりました。真紀が宗一郎の過去を受け止め、涙する場面がとても心に響きました。特に「母親を大切にする完璧な息子を育てた」という言葉に、彼が求めてた肯定が詰まっていて、胸が熱くなりました。朝のキッチンで麗華を抱く宗一郎を見て、真紀が「現実だと思えない」と涙するシーンも切なくて…でも、だからこそ彼女が「距離を置こう」と決意するラストが、リアルで苦しくて。シングルマザーとしての現実と恋愛の狭間、続きが気になります。
真紀はぎゅっと目を閉じてかぶりを振った、その後開いた目には涙がきらめいていた
―俺のために泣いているのか―
これまで自分の境遇に涙をしたのは、母の他には誰もいなかったのに
「そしてあなたは恩返しをしたのね」
すべてを見通したような真紀の目を見られず、その肩の向こうに視線を向けたまま頷いた、なぜか心臓が掴まれたように締め付けられる
「関西でも、最高のサナトリウムに母を入れた、末期がんの患者が静かに息を引き取る施設さ、そこの庭には季節の花が咲き乱れていてね、俺は二日に一度顔を出して母とその庭を何時間も散歩した、母には大好きな場所で、大好きな事だけをしていてほしかった」
「優しいのね」
その時、真紀がテーブルにある宗一郎の手をそっと握った、こっちを見て熱心に話を聞いてくれている、思わずその手を握り返した、彼女の手は小さく柔らかくて信じられないぐらい温かだった
「俺のために大きな犠牲を払ったんだから当然だ、贈り物のつもりだった」
「お母様は再婚など考えなったの?一度も?」
「そんな余裕がどこにあったというんだ?どう考えても無理さ、母はいつもギリギリで生きていた」
なんとなく自分の母親に対する愛着を理解してくれる、誰かと話したい気持ちがまざった、真紀の温かい視線が心地よかった、少しして彼女が言った
「お母様は幸せだったに違いないわ」
宗一郎は肩をすくめた
「本当にそうだろうか?・・・母は俺が生まれてからずっとシングルマザーで、俺のために多くの事を犠牲にした、それに比べたら最後ぐらい快適で幸せに暮らせるようにしてやるぐらいしか俺には出来なかった」
麗華を見て自分が幼い頃のほろ苦い記憶がよみがえった、ここに来てからずっと思い出してなかった母のことがあれこれ思い出される、あまりにも胸が苦しくて、彼女の美しい表情豊かな顔を見れなくなっている
やはり余計な話をするんじゃなかった・・・自分は数字が好きな不器用者で、自分のことを語るのが苦手だ、なのにどうしてこんなに彼女には色々話してしまうんだろう・・・しばらくして彼女が宗一郎に言った
「お母様は苦労をしたかもしれないけど・・・最期を迎えられた頃には、母親を大切にする完璧な息子を、この自分がみごと育てあげたと幸福感に浸ったはずよ」
宗一郎は入り混じる悲しみと、誇りを感じながら体に温かいものが触れるのを感じた、もしかしたら誰かにそう言ってほしかったのかもしれない
目が何かに染みたようにツンと痛くなって、涙で視界が歪んだ、彼女は慰めようとして言ってくれているだけかもしれない、それがどうしてこんなに心を震わせるのだろう、彼女の自分を見つめる熱い瞳を見た、しかしそこにはただの同情心のようなものは無い、宗一郎を最後まで母親を愛した素晴らしい息子だと称賛の瞳で見つめてくれていた
何も言わなくても・・・それがハッキリ見てとれた
しばらく二人は見つめ合い、引き寄せられるようにキスをした
そしてお互いに、今夜行き着く先を悟った
どちらからともなく抱き合った、どちらからともなくお互い服を脱いだ、二人が裸でお互いの体を必死でぶつけあい、絶頂を迎えようとしている時
不意にベビーベットで麗華が「ひゃう」と声を上げた
二人は繋がったまま一時、「ハッ」と一時停止の様にピタリと動きを止めた、かといって子供に中断されて離れるのはあまりにも辛い状況だ
二人はお互いの瞳をじっと見つめ合った、そして麗華がただの寝言を言っただけと分かったら、同時におかしくて笑い転げた
子供の目を盗んで、こうして二人で愛し合う事がとんでもなく二人を親密にする、二人にしかわからない甘い秘密めいた共犯者のようで、とても気持ちが良かった
.。. .。.:・
朝方・・・ふと真紀は目を覚ました
するとキッチンに上半身裸で立っている宗一郎が見えた、スウェットのズボンを腰で履き、彼は腕に麗華を抱え、麗華のミルクを作っていた
その光景を真紀は、布団に横になって息を凝らして見守っていた。まるで自分が声をあげたらポンッと消えてしまいそうな儚い夢の様だったから・・・
初めて資料室で彼が麗華を抱っこしている時、なぜか彼は赤ん坊の扱いがとても上手いと思った
実際彼は麗華ととても上手くやっているように見える、キッチンで佇む彼の曲げた腕に、まるであつらえたかのように麗華のおしりが収まっている
麗華の頭を胸に抱き寄せて、フワフワの頭を大きな片手で包み込んでいる、自分があんな抱き方をすれば、たちまち落としてしまうだろう、彼は見事に片手で麗華を抱き、終始何やら愛情いっぱいに、麗華に囁きかけている
真紀の涙が枕を濡らす、まだ生まれて1分後の自分の血液が着いている麗華を、看護師が真紀の胸に乗せた時、素晴らしい体験をしたと思った、そしてこの子に父親がいなくても、絶対に幸福にしてみせると心に誓った
誰にも頼らず、何があっても一人で麗華を育てようと決心した、実際上手く自分はやっていると思っていた、休日のショッピングモールへは、なるべく出かけないように心がけていた。家族連れを見たら自分が惨めになるからだ
妊娠八ヶ月で離婚して、子供を一人で育てている真紀にとって、今のキッチンに佇んでいる宗一郎と麗華のその光景があまりにも美しくて・・・神々しくて、そして真紀が本当は痛い程羨望し、想い焦がれてやまない光景だったため、現実だとは思えなかった
それでもやっぱり現実だとわかった時は、嬉しくてまた涙がこぼれた
もういい・・・この光景を見れただけで神様が自分にご褒美を下さったんだ。私は決して忘れない、この切なくて幸せな光景を・・・
そしてそのまま・・・真紀は寝た振りをした
.。. .。.:・
キンコン♪―もう四日も会っていない―
宗一郎からLINEメッセージが来た、他の男性なら女々しい泣き言に聞こえるが、彼の場合は単なる事実確認の様なメッセージだった
彼に会えない複雑な事情はすべて真紀の側にあった、彼だけではなく、大抵の男性はシングルマザーとの付き合いは一定の距離を置き、慎重になるものだろうけど、彼の場合は違った
デスクの上のノートパソコンと、冷蔵庫に張り付けている保育園の今月の行事予定を見て、真紀はため息をついた、クライアントの納期が3件、麗華の保育園の行事、自分の歯医者の予定、休みの日も、掃除、洗濯、食料や日用品の買い出し、そこには男性とデートする時間など盛り込めるわけがない・・・これが現実だ
彼との素晴らしい愛の一夜の夢のような思い出が、こんな風に日常で色焦せていくことはわかっていた
しかし、仕事と恋愛を上手く永遠に分けることはできない、二つの事を同時にこなすのは真紀は得意ではない、麗華が真紀の人生の一部となった今、この子のいない生活は、もはや想像がつかない
どういう訳か、これからは彼と麗華を近づけないように精いっぱい努力しなければいけないと真紀は思った、ヘンに麗華が彼に懐いてしまったら後々可哀そうな事になる
彼は結婚や家族を持つつもりはないだろうし、誰もが羨む、今をときめくメビウスセクシートリオで、藤子情報によると氷の財務部長は、きっと恋のお相手も選り取り見取りなはず
片やこちらは赤ん坊を抱えたシングルマザーだ、浅ましくこの子の父親を探しているなどと思われるのは、絶対に嫌だった
宗一郎のような男性にとって「父親」という肩書きは、どこか似合わないような気がした