テラーノベル
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キンコン♪―今夜は時間が取れません、ごめんなさい―
そっけないラインの返事になってしまったかもしれない、でも本当のことだった、新しいWEB動画コンテンツの字幕のロゴを考えないといけないし、雨が続いて今日は洗濯機を3回はフル回転しなきゃいけない、麗華の保育園のお着替えのお名前つけもずっと後回しになっている、つまり今夜も一人寂しく過ごさなければならないということだ
「シングルマザーは時には自分のしたいことを我慢して、働かなければならない時があるのよ」
そうつぶやいて涙が溢れそうになるのを我慢して、大きく息を吐いた、キンコンとまた彼からの返事が来た
キンコン♪―俺が帰りに君の家に立ち寄ったら迷惑かな?―
キンコン♪―来ても麗華がいますよ?ゆっくり出来ないと思います―
遠回しにセックスは出来ないという意味だ、彼がそれが目的だと、これでわかってくれるはずだ、自分は男性と体だけの関係を続けるつもりはない
次の返事まで長い沈黙が流れた、その沈黙さえも真紀は少し傷ついた、しばらくするとまた彼からLINEメッセージがきた
キンコン♪―信じてもらえないかもしれないが、君と愛を交わせなくても、レイたんと君と一緒にいる時間が楽しいんだ―
思わず飲んでいたコーヒーを噴き出した、彼がこんな愛の言葉をメッセージに乗せてくるなんて信じられない、彼は私と麗華といるのが楽しいと感じてくれているの?途端に真紀の鼓動が激しくなった
彼は・・・口数は少ないがその分いつも真実を語ってくれる・・・でもここでしっかりしなければ、流されてはいけない、自分は母親なのだ、彼は絶対家庭的なタイプではない、そうなって欲しいと思っても、人は変えられない事をパリで痛い程学んだ
だから、必要以上に彼を求めてしまうことが何より怖かった
でもほんの少しなら・・・随分悩んでから真紀はメッセージの返事を打った
キンコン♪―少しだけで良いなら今夜お待ちしています―
.:・.。. .。.:・
「こんばんは」
30分、後真紀のアパートに咲いている花を付けた木々を背景に、玄関先に立つ長身でハンサムな男性を、真紀はまるで映画のワンシーンを見るようにぼーっと見とれていた
こんなに素敵な人が自分の家の玄関に立つ日が来るなんて、何かの間違いだ
「中にいれてくれないのかい?それとも玄関先で小話でもしてお暇したほうがいいのかな?」
緊張した顔で真紀が彼に言った
「言っておきますけどベッドに行く時間はありません」
真紀は硬い表情で言った、途端に宗一郎が笑った
「そう思っているだろうなと考えていたよ、話をするだけではダメなのか?」
真紀の顔が思わず真っ赤になった、選りに選って彼を一つの事しか考えていない風に責めてしまうとは・・・
「これを一緒に食ったら退散するよ、どうせ家でも仕事してるんだろ」
そう言って宗一郎は赤い箱を真紀に見せた
「まぁ!りくろーおじさんのケーキ」
「実は俺もこれが好きなんだ」
真紀は満面の笑顔になった
「入って早く」
「なるほど、今度からこれを持ってきたら、歓迎してくれるとわかったぞ」
宗一郎はそうやって真紀をからかった、真紀は宗一郎を招き入れ、リビングルームの方を指した、そのすぐ横の部屋で薄明りの中のベビーベッドに宗一郎は吸い寄せられた、するとベビーベッドの中で麗華がスヤスヤ眠っていた
「穏やかな寝顔だ・・・この子はあんまり泣かないな」
「本当にいつもご機嫌なの、私はとても運がいいわ、育てやすくてとっても親孝行な子なの」
二人は暫く寝ている麗華を見て微笑んだ、まるで本物の夫婦のようだった、そして宗一郎が上着を脱ごうとしたら真紀がハンガーを持ってきて上着にブラシをかけながら真紀が言った
「それで?今日はどんな日でした?」
自分のことを気にかけてくれている人がこの世の中にいる・・・そんな何気ない彼女の仕草を見るだけで宗一郎の胸が熱くなった、宗一郎が真紀の輝いている笑顔をじっと見る
「どうしたの?」
ふいに彼女に微笑んだ、こんな事が毎日の日課ならどんなにいいだろう、そう思いながら真紀に何を話すか考えた
「そうだな、今日はこんなことがあったな、聞いてくれよ、竜馬のヤツがさ―」
それから宗一郎は1時間以上も話し続けた
.:・.。. .。.:・
バタン・・・と自分のマンションの部屋のドアを閉める音がやたら大きく聞こえた、宗一郎はリモコンでリビングの電気をつけた、耳鳴りがするほどこの家はシンと静まり返っている、まるで牢獄の様に感じられた、幸福だった気持ちが一気にしぼむ、そこで気が付いた、この気持ちが寂しいという感情なのだと
先ほどまで、居心地の良い真紀の家にいて、宗一郎はすっかりリラックスしていた。彼女の家に行く前の決心はどこへやら、麗華が寝ているのも良い事に、二人の気持ちは高まり、また彼女を抱いてしまった。これではまるで中毒の様だ
そして麗華が起きて、しばらく三人で宗一郎の買ってきたケーキを食べた、仕事以外であんな風に誰かと食卓を囲むのは本当に何十年ぶりだっただろう
小さい頃、母との食事が宗一郎は一番の楽しみだった。夕方テレビの前に並んで、小さな折り畳み式のコタツテーブルから母の作った焼きそばやみそ汁を食べるだけだった
たったそれだけなのに、どれほど心が温かくなっただろう、今夜はその気持ちに匹敵するほどだった
まさか、あんなに楽しめるとは思ってもみなかった、宗一郎はパジャマに着替えて一人ベッドのシーツの中に入った・・・シーツがとても冷たくて硬い・・・体がひえそうなぐらいだ
それに比べて真紀の家の布団は信じられないぐらい気持ちが良かった、赤ん坊がいるので布団のシーツはタオル地で、なぜだかフワフワだった、それに何の柔軟剤を使ってるのだろう?とても良い匂いが部屋中にした
温かくて・・・柔らかくて・・・良い匂いがする場所で、右に麗華、左に真紀を従えて眠るのはこれ以上ない程幸せだった、まるで何かに守られている様だった
もし、これが毎日の日常だったら・・・朝目覚めた時、二人が自分の傍にいれくれたら・・・疲れて帰って麗華を抱っこして眠れたら・・・そう考え出したら眠れなくなった
とうとう宗一郎はあることを決意した、冷たいベッドから飛び出し、ノートパソコンを開いて何やら必死で検索しだした
めあ
43
2,001
#ネタバレ注意
るあ
2,673
#イケメン
蒼乃 月
828
コメント
1件
第29話、読み終えました。シングルマザーの真紀の必死さと、宗一郎の不器用な誠実さがとても沁みました。りくろーおじさんのケーキで笑顔になる真紀と、それを見て「次からはこれを持ってこよう」って思う宗一郎のやりとりが、何より温かい。最後のシーン、あの静かなマンションとの対比が斬新で、彼が「何かを決意して検索し始める」ってところで、次が気になって仕方なくなりました。家族の匂いや布団の感触といった細かい世界観が、すごく丁寧で好きです。