テラーノベル
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雑居ビルから外に出たところで、私と塚本は駅前方面へ、他の五人はすぐ左隣にあるショットバーへと、それぞれ足を向けて別れた。
歩き出して間もなく、塚本は隣に並びながら私に訊ねる。
「遠野さんは、実家に泊まってるんだよね。帰るのは明日?」
「うん、そうよ」
それまでの私は、彼が先程の店で言いそびれたことをいつ口にするのかと、密かに緊張していた。ところが、彼が言ったのは全く別のことだった。そのため、構えていた気持ちがふっと緩む。
塚本は私の心中に気づいた様子はなく、明るい声で言う。
「明日向こうに戻る前に、ちょっと付き合ってもらえないかな。行きたい所があるんだ」
「この近くで?」
「まぁ、近くだね」
転校で彼はこの街を離れていたはずだが、そんな彼が行きたいと思う場所とはいったいどこなのか、ほんの少し興味を引かれる。
「どこ?」
彼はにっと笑う。
「中学校だよ」
「私たちが通った、あの中学校?」
「そう。俺がこの街に来たのは転校して以来初めてなんだけど、せっかくの機会だから行ってみたいと思ってさ。遠野さんも俺と一緒に行ってみない?」
彼の誘いに気持ちが揺れた。帰省の折など、これまでも幾度となく機会はあったはずなのだが、行こうと思うことも、足を延ばそうと思うことも特になかった。彼のこの誘いに乗らなければ、これからもなんとなくずっと、自分の母校へは足を向けないような気がする。だったら彼に便乗して、十数年ぶりに母校を見に行ってみるのも悪くない。
「分かった、いいよ。じゃあ、学校の校門の前で待ち合わせましょ。十時頃なんてどう?」
「それなら、俺、車で来てるから、チェックアウトしたら実家の近くまで迎えに行くよ」
「えっ?車?チェックアウト?塚本さん、ホテルに泊まるの?」
「そうだよ。だって、飲んだら車は運転できないでしょ。終電で帰るのも、なんだか時間に追われてるようで嫌だしね」
「だって、実家は……」
言いかけて私は慌てて口をつぐんだ。彼の両親は離婚していたのだと、改めて思い出す。余計なことを言ってしまったかと気まずい思いで、彼の顔色をそっとうかがった。
塚本は私の視線の意味に気がついたようだ。しかし、答える彼の目は明るい。
「親たちの離婚は、俺にとってはもう完全に過去のことだからね。今ではもう、特に何かを思うことはないよ。だから気にしないで。ところで、さっきの話の続きだけど」
彼はいったん言葉を切り、私の顔を覗き込む。
「明日は迎えに行くから、そのつもりでいてね。で、学校に寄った後は、俺の車でそのまま向こうに戻れば楽でしょ。だから荷物も持ってきてよ」
「えっ、いや、でも」
私は戸惑った。中学時代とは比べ物にならないほど、今、彼との距離は近くなってはいるが、そこまでしてもらうほど親しい間柄というわけでもない。その彼の車に、最初から最後まで同乗させてもらうわけにはいかない。それに、二次会の店で彼が言いかけた言葉が心に引っ掛かっている。店を出てから今のこの時まで、彼がその続きを口にすることはなかったし、今の話の流れならこの後もそのことに触れそうな感じはないけれど、明日、長く一緒にいればいるだけ、その話が再浮上する可能性が高くなってしまう。
「一緒に行くのはいいとしても、向こうに戻る時はバスとか電車を使うから大丈夫よ」
「俺が迎えに行くの、迷惑?」
「迷惑とかじゃなくて……」
「じゃ、迎えに行く」
塚本はきっぱりと言い、付け加える。
「それと、どのみち自分のマンションに帰る途中に、遠野さんのマンションの前を通るんだ。わざわざ遠回りするわけじゃなし、もしも俺に迷惑をかけてしまうって思ってるんなら、全然そんなことはないからね。むしろ俺としては、一人で運転して帰るよりも、誰かと一緒の方が楽しいんだ」
「いや、でも本当にそれは申し訳ないから……」
塚本の表情がふっと曇った。
「もしかして、俺と一緒にいたくない?」
「そ、そういうわけじゃなくて……」
例の話を蒸し返されたら困るから、とは言えず、私は口ごもる。
「だったらいいでしょ?明日一日、付き合ってよ」
彼に懇願するように言われて、最終的に私はその瞳に負けた。
「……分かった。私も実家を離れてからは全然行ってなかったし、その誘い、乗ることにするわ。それから、迎えも帰りも、お言葉に甘えさせてもらいます。その代わり、帰る途中ちょうどお昼にぶつかるだろうから、私がご馳走するわね」
「遠野さんは、真面目だよなぁ」
塚本は苦笑したが、すぐに笑顔となる。
「よし、それじゃあ、実家の近くの目印を教えてくれる?家の前まで行くよりも、その方がいいでしょ」
「そうね……」
塚本の言う通りだ。これまでそういった事柄とは無縁だった私だ。家族にとっては見知らぬ男性が、わざわざ私を迎えに来たとなれば、後で根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。だから家族に不審がられないように、駅まではバスで行くということにしようと考える。そのためにはやはり、バス停のある場所がいいのだが、と頭を巡らせてある場所を思いつく。
「『ミヤタ書店』っていう本屋さんがあるわ。そこはどうかしら。駐車場が広いから、そこで待っていてもらうといいかも」
「分かった。そうするよ。じゃあ、明日はそんな感じでよろしく」
「私こそ、よろしくお願いします」
そんな会話をしながらの移動だったから、駅前に着くまで思っていたよりも時間がかかった。
タクシー乗り場が目前となった所で、私は足を止める。
「もう大丈夫よ。ここまで送ってくれて、どうもありがとう」
「どういたしまして。明日、ホテルを出る前にも連絡入れるよ」
「えぇ、分かったわ」
「じゃあ、また明日」
「うん。あまり飲み過ぎないでね」
からかう私に、塚本は笑って返す。
「あはは。心配してくれてありがとう。気をつけるよ」
塚本は笑顔で手を振り、店があると思われる方向に足を向けた。
小さくなっていく彼の背中を見送りながら、私はどきどきしている自分の胸をそっと抑えた。この鼓動の理由は、明日彼と一緒に行動することになったからなのか、それとも、あの話が出るかもしれないと身構え、緊張してのものなのか、考えてみたがよく分からない。
どちらにしても、やっぱり一緒に行くのはやめるとは、今さら言い出しにくい。まぁいいかと私は諦めて、乗り場に並ぶタクシーに向かって足を向けた。
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