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片品高校の定演、創部記念パーティからまだ一日しか経っていないのに、随分と長く怜と一緒にいた気がした。
怜のマンションに招かれ、そのうちの大半は二人で上半身を露わにしたまま、寝室で睦み合っていたようものだ。
遅い午後の時間帯になり、カーテンの隙間から入り込んでいる陽光は茜色に染まっている。
二人は、まだ肌を晒したまま抱き合い、寝室で横になっていた。
「奏は仕事の関係もあって実家暮らしだろ? 奏さえ良ければ、一日置きで仕事の後、うちに来るか? 仕事が終わったら、豊田駅まで来てくれたら迎えにいくよ。帰りはもちろん、奏の家まで送るから」
奏は、ようやく見慣れてきつつある寝室の天井を見上げながら答える。
「なら、月曜と水曜は日野のハヤマ特約店でレッスンがあるので、その日がいいかな、と思ったんですけど、どうでしょう? でも週明けと週の真ん中って、きついですよね……」
「いや、全然構わない。奏に会えると思うと、仕事も更に頑張れそうだよ」
怜が嬉しそうに微笑むと、更に言葉を繋げた。
「土曜日は泊まりがけで会って、ここで二人でゆっくり過ごしたり、どこか出かけたりしようか。土曜日は時々仕事もあったりするけど、奏と会う時間だけは作るから」
「そこまで言ってくれて嬉しいです。私も時々土日は演奏の仕事が入ったりしますけど……日曜日は、なるべく入れないようにしますね」
奏が、はにかむように笑うと、怜の大きな手がサラサラとした髪をスルッと撫でた。
好きな男の人に、こんな事を言われた奏は、素直に嬉しいと思う。
これから先、毎日が色鮮やかなものになりそう、と感じた奏は、怜の胸に顔を寄せた。
***
互いに服を着て身支度を整えた後、奏は玄関へと向かう。
「怜さん、そろそろ帰りますね。そしたら次に会うのは………明日の夜ですか?」
「そうだな。明日の夜、奏が俺の部屋に来てくれたら……すげぇ嬉しい」
怜が奏の柔らかな頬に唇を落とす。
「じゃあ、また明日の夜に」
「奏、家まで送るよ」
奏は一瞬考えた。このまま怜と一緒にいたら、離れたくないと強く思ってしまう。
「ありがたいですが、今日は電車で帰ります。怜さんと恋人になった事を、家に帰るまで一人でしみじみと実感したいので」
奏の言葉に、怜がフッと笑みを零す。
「奏は変わった事を言うなぁ。なら、豊田駅まで送るよ。明日の夜も奏に会えるし、楽しみだな……」
二人はマンションを後にし、豊田駅までの道のりを手を繋ぎながら、ゆっくりと歩いた。
改札の前で、奏が微笑みながら礼を述べた。
「怜さん、色々とありがとうございました。また明日の夜に」
「気を付けてな。帰ったらメッセージアプリで連絡してくれ」
「わかりました」
しばらくの間、互いの表情を瞳に焼き付けた後、怜が周りを見渡し、素早く奏の唇に自分のそれを重ねた。
(何だか高校生みたいだな……)
頬を赤らめながら手を振り、改札へ入っていく奏。
怜は、彼女の姿がホームへと通じる階段を下り、見えなくなるまで見送っていた。
中央線の東京行きに乗ると、七〜八分ほどで立川駅に到着した。
(それにしても、昨日の朝から今まで、色々な事があり過ぎたな……)
奏の口元が微かに綻んでいる事に気付き、慌てて表情を引き締める。
湧き上がる嬉しさを滲ませながら、奏は背筋をピンと伸ばして歩き出した。
改札を出て南口へ行き、ペデストロディアンデッキを通り抜け、一番端の階段を下りる。
自宅に向かって歩いている時、後ろから黒い高級車が通り過ぎ、奏の少し先で停車するとハザードランプが点滅した。
運転席から出てきたのは、先ほどまで一緒にいた怜に似過ぎる男性、彼の双子の兄、圭。
仕立てのいい黒のハーフコートに、シンプルな黒いスキニーパンツを合わせている圭は、怜と同様、メンズファッション誌から抜け出たようだ。
(あ……あれって、怜さんのお兄さん……)
圭は助手席に回りドアを開けると、そこから出てきたのは、園田真理子ではなく、見知らぬ女性。
黒髪の前下がりのショートボブ、目鼻立ちが整ったモデルのような美しい顔。
圭と服装を合わせているのか、黒いショートダウンに、同色のスキニーに身を包んでいる。
園田真理子とは、正反対のタイプだ。
全身黒ずくめの服装に、真っ赤に染まっている唇が、やけに印象に残る。
圭は穏やかに笑いながら女性の手を取り、そっと唇を重ねていた。
(うわぁ……こんな場面に遭遇して……サイアクなんですけど……!)
奏は見て見ぬふりをし、そのまま真っ直ぐに家に向かう。
幸いと言うべきか、圭は奏の事に気付いていない。
(怜さんは、二股するような人じゃないと思うけど……男って……やっぱり……)
奏は困惑した気持ちを持ちつつ、何事もなかったように無表情を貫いて家路についた。