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「で、その子がまた来たら、置いてあげるんですか?」
作業部屋で薬草の粉砕作業をしながら、ベルへと問いかける。一抱えある大きな壺に両手を添えて、葉月は風魔法を発動させていた。乾燥した草が細かい粉末になって中で勢いよく回転しているのが、聞こえてくるサラサラという音でも分かる。
朝に起こった一連の話を昼食を食べながら聞いた後、いつもと変わらず薬作りのお手伝いをしていた。回復薬用の青の薬瓶は随分と在庫が無くなって来たので、今日は他の薬も調合していくようだ。
「そうねえ。どうしようかしら」
ふふふ、と笑っているところを見ると、特に考えはなさそうだ。
来たら来たで受け入れてあげるのだろうし、来なければそのまま。ベルはあまり他人に何かを求めたり働きかけるようなことはしない。なるようになれ、だ。これもまたいつもの「面倒だわ」の一環なのだろうか。
「ご両親が手放さないでしょうしね」
親元から離れるにはまだ幼い少女を思い浮かべる。魔石の力を自分の魔法だと信じる純真さを11歳まで守り通してあげていたくらいだ、よっぽど愛されているに違いない。父親が怪我をして仕事が出来ないと言ってはいたが、娘の為なら何とでもするだろう。
まるで、サンタを信じる子供を守る親みたいだな、と葉月は思った。子供の夢を壊さないようにと話を合わせたり演出を考えたりするのも相当大変だと聞く。そういう葉月自身も結構な年齢までサンタの存在を本気で信じていたし、嘘がバレないようにと陰で両親がいろいろ工夫してくれてたんだなと17歳になった今ならよく分かる。
「本当のことが分かって、今は親を怒ってるでしょうね」
「そうね。ふふふ」
愛されているからこその嘘だったと、賢い子ならばすぐに気付くとは思うが……。
「メアリーは良いけれど、商会長さんは完全にとばっちりでしたね……」
メアリーの親とは長い付き合いだとは言っていたが、相当に居心地の悪い思いをさせられて仲をこじらせたりはしないだろうかと心配になってくる。
言われてみればそうかもしれないわね、とベルは少し思案した。揉めることになるようなら、本邸宛に紹介状でも書いてあげようかしら、宝飾品は私には必要ないし。
調合が終わった薬を瓶詰めしていると、ベルは結界の動きを感知した。この独特の揺らぎ方は自らの契約獣の物だ。空から入ってくるのはブリッドしかいないのですぐに分かる。
バサッ、バサッ、バサッ。
部屋の窓のすぐ近くに降下したようだった。外を覗いてみると、向こうもこちらの姿を見つけたようで急いで駆け寄って来る。
「ご苦労様、ブリッド」
窓を開き、名を呼ぶと嬉しそうに首を上下に動かしている。声を出さないということはと口ばしを見ると、細長く折り畳まれた紙を加えていた。
「手紙を運んで来てくれたのね、ありがとう」
「ギギィ、ギギィ」
落とさないようにと閉じていた口ばしがやっと自由になったと羽をばたつかせてご機嫌で返事をする。手を伸ばして頬を撫でてやると、目を細めてされるがままになっていた。
手紙を届けるという役目が終われば特にすることもなく、しばらくは庭の土をつついたりと遊んではいたが、気が済んだところでオオワシは空へと飛び立っていった。念入りに手入れを施されている花壇の花も随分と散らかしていったようだったが、今日はクロードは来ていないので怒られる心配はない。老人がいる時にやられてしまうと、ベルまで小言を聞くはめになるところだった。
ブリッドが飛び立つのを横目に見ながら、ベルは受け取った紙を丁寧に開き、少し考えているようだった。
「近い内に、街に行ってみましょうか」
仲介人である道具屋の女主人から送られて来た手紙には、ベルが捜索依頼していた研究者の所在地が記されていた。葉月のような異世界から来た”迷い人”と呼ばれる者についての専門家だ。その研究者に会えることができれば、葉月達のことが何か分かるかもしれない。あわよくば、聖獣に関することも。
「街にですか?!」
「次にクロードが来た時に、連れて行ってもらえれば良いんだけど」
護衛が無くても、庭師の荷馬車なら魔獣除けの魔石を積んでいるので安全だ。勿論、ベルが結界を張っても同じ効果があるのだが、たまには他人の力に守られるのも悪くはない。
「私も街は久しぶりだから、マーサにいろいろ聞いておかなくちゃね」
「楽しみですねー」
愛猫のことはマーサにお任せすれば良いし、ふらりと日帰りで行き来できる距離だけれど、葉月はすっかり観光気分である。念願の、魔の森以外の所に行けるのだ。
仲介人からの手紙には、いつでも会えるとは限らないと注意書きのようなことも書かれていたので、人探しはついでくらいのつもりでいた方が良さそうだし、焦る必要はない。
お出掛けの計画に気合いが入ったのか、すぐ傍にいる葉月の魔力が強まって壺の中の回転がさらに速くなったのを感じた。残りの薬瓶を納品し終えるのは近そうだった。