テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,784
海月
1,475
「康頼《やすのり》様!どうか、守恵子《もりえこ》を、お側に置いてください!」
眠っていたはずの守恵子は、起き上がり、覚悟を決めたかのように、キリリと顔を引き締めている。
「あー、言っちゃったよ、守恵子様」
タマが、晴康《はるやす》の、腕の中で、呟く。
「タマ、守恵子様だよ、何かあるって」
受ける晴康に、
「とはいうものの、守恵子様も、大胆だな」
と、常春《つねはる》が、答え、
「守恵子様!姫君ともあろうお方が!」
紗奈は、側でひっくり返りそうになり、
「ホホホ、なんて、素直な姫君なのでしょう」
徳子《なりこ》は、鈴を転がしたような声を発しながら、愛娘へ目を細め、
「ちょいと、いいのか!守近よ!」
うずくまっていた、斉時は、すっくと立ち上がり、
「まあまあ、守近様、おめでとうございます」
橘は、お前様!と、髭モジャを小突き、
「はあーー!なんと、まあ、たまげたことじゃ!」
「いや、髭モジャ様、たまげた、じゃなくって、タマですからっ!」
「タマ、そうじゃないってば!」
髭モジャの驚きに、タマと晴康は、言い合い、
「あれ!そうだわね!たまげた、だから、タマだったのよねっ!」
そこな、童子、こちらへ、いらっしゃいな。と、徳子が、晴康とタマを手招く。
「へー、見事に一周しちまった!」
有り様に、頷く斉時を、またもや、守近の沓《くつ》が、襲った。
いてっ!という、斉時の叫びに、
「斉《なり》おじさま、騒がしゅうございますよ!」
守恵子が、反応する。
「え?!守恵子よ!このおじさまが、悪いのか?お前が、嫁にしてくれって、大胆発言したからだろうーーー!」
「また!斉おじさまったらっ!守恵子は、そんな事申しておりません!!」
「いやっ、言っただろうがっーー!!」
斉時は、守恵子へ、食ってかかった。
当然、ゴンという音が、響き、斉時は、再び頭を抱えて、崩れ混む。
「いや、もう、いい歳をして、こやつは、まるで、童子のように、騒がしゅうて、すまぬなぁー」
沓を隠しながら、守近が、康頼へ詫びた。
「え、い、いえ!めっそうもないっ!!」
天下の大納言様に、詫びられ、康頼は、縮こまったが、ボツり、
「姫君様、池の水をお飲みになっているのです。まだ、横に。その様に、起き上がられては、体に無理がかかります。そして、わたしめに、どのような、ご用件があるのでしょうか?」
と、若き女人の前と、ばかりに、平伏したまま、守恵子へ語りかけた。
その、既知に富む康頼の姿に、一同は、何故か、拍手喝采。そして、この様な方が、婿様ならば、安泰だ、とまで、言い合っている。
「もう!お静かに!師匠様が、お困りです!」
ああ、姫君、興奮なされますと、と、康頼は、野次馬化した、一同のことなど気にも止めず、ひたすら、守恵子の体を心配した。
「はい、師匠様。申し訳ございません。守恵子、静かに休ませて頂きます。そして、床より、話をしてもよろしいでしょうか?」
この、一言に、皆は、おおおお!!と、沸いた。
床の中、話をする、と、いうことは……。
「あれ、私達は、邪魔ですわ!」
童子や、彼方へ行きましょうと、徳子は立ち上がり、晴康を連れて、房《へや》を出た。
「あ、あ、えっと、橘様ーーー!こんなとき、何が必要なのでしょう!!!」
紗奈は、守恵子の女房、上野として振る舞おうと、必死になる。
「そうね、紗奈。酒と肴は、あった方がよいかも、準備しましょう!」
「い、いや、そんな、いきなり。まだ日も高いが、致し方ない!ここは、流れに沿って、守恵子!行きなさい!!」
守近は、おろおろしつつも、娘の幸せの為だと、ぐっと、歯を食い縛り、耐えている。
「師匠様!父上の許可もあります!どうか、守恵子を、弟子にしてください!」
本来は、頭を下げるべきなのだが、そうすると、起き上がらなくてはならず、また、師匠に、気を使わせてしまうと、守恵子は、もじもじしていた。
「もじもじするとこが、なんだか、違うような、それに、師匠だ、弟子だって、なんだよっ!!話がおかしいーぜ!守ちゃんよぉ!!」
斉時が、声を張り上げた。
「……師匠と弟子……」
カランと、床へ物が落ちる音が響き渡る。
守近が、握っていた沓を落とし、同時に、場は、しぃーんと、静まり返った。
「姫君?その、師匠と弟子というのは?」
平伏したままの、康頼が、言った。
「許す!顔を上げて、守恵子と、しっかり話をしなさいっ!!!」
自分達では、手に終えないと、読んだのか、守近は、結局、康頼へ現状をまとめるように、言いつけた。
「は、はあ、では……」
けんもほろろ、いや、挙動不審、いや、訝しむ、周囲の事など、まるで、気にもせず、康頼は、守恵子へ、再び問うていた。
「はい。守恵子は、何か、お役に立ちたいのです。都の猫達が困っており、猫に施薬院のようなものをと、思い悩んでしまって池に落ちたのです。そこへ、師匠様が現れ。これは、何かの思し召し。どうか、この守恵子に、知識をお与えくださいませ!」
なるほど、と、康頼は頷き、言った。
「その、役に立ちたいという、本当の理由は、何でしょう?何かがあり、思い悩まれたのではないですか?」
いや、これは、参った。なかなか、切れ者ではないか、さすが、施薬殿じゃー、などなど、今度は、絶賛の嵐が巻き起こる。
が、相変わらず、当の本人達は、周囲の事など気にとめる訳でもなく、真剣に話し合おうとしていた。
「おい、守近よ、守恵子に、そして、薬院に、その気は無いようだが、許してやれよ」
崩れ混んでいる、斉時が、守近を見上げて言った。
「ん?私は、何も反対してないぞ?」
「いや、だからな、守近よ」
守近の、どこか冴えない態度に苛つきつつ、斉時は、立ち上がると、守恵子へ向かって言い放つ。
「守ちゃん!そうしなっ!弟子になって、しっかり、思いを遂げな!斉おじさまは、守ちゃんの見方だからなっ!」
「斉おじさま!」
「ちょっと、待ってください!思いを遂げるって、なんですか?!なんだか、斉時様が、出てくると、怪しくなるんですがっ!」
紗奈が、慌てて、守恵子を庇うように前にでて、斉時の視界から守恵子の姿を遮った。
その背後から、小さな声がする。
「上野、私は、大丈夫だから、皆の役に、少しは立てれると思うの。だから、安心して、国元へ、帰って……」
紗奈も、常春も、はっとした。
守恵子が、弟子になりたい、知識を身につけたいと、言い出したのは、自分達を送り出す為なのかと……。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!