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「康頼《やすのり》様!どうか、守恵子《もりえこ》を、お側に置いてください!」
眠っていたはずの守恵子は、起き上がり、覚悟を決めたかのように、キリリと顔を引き締めている。
「あー、言っちゃったよ、守恵子様」
タマが、晴康《はるやす》の、腕の中で、呟く。
「タマ、守恵子様だよ、何かあるって」
受ける晴康に、
「とはいうものの、守恵子様も、大胆だな」
と、常春《つねはる》が、答え、
「守恵子様!姫君ともあろうお方が!」
紗奈は、側でひっくり返りそうになり、
「ホホホ、なんて、素直な姫君なのでしょう」
徳子《なりこ》は、鈴を転がしたような声を発しながら、愛娘へ目を細め、
「ちょいと、いいのか!守近よ!」
うずくまっていた、斉時は、すっくと立ち上がり、
「まあまあ、守近様、おめでとうございます」
橘は、お前様!と、髭モジャを小突き、
「はあーー!なんと、まあ、たまげたことじゃ!」
「いや、髭モジャ様、たまげた、じゃなくって、タマですからっ!」
「タマ、そうじゃないってば!」
髭モジャの驚きに、タマと晴康は、言い合い、
「あれ!そうだわね!たまげた、だから、タマだったのよねっ!」
そこな、童子、こちらへ、いらっしゃいな。と、徳子が、晴康とタマを手招く。
「へー、見事に一周しちまった!」
有り様に、頷く斉時を、またもや、守近の沓《くつ》が、襲った。
いてっ!という、斉時の叫びに、
「斉《なり》おじさま、騒がしゅうございますよ!」
守恵子が、反応する。
「え?!守恵子よ!このおじさまが、悪いのか?お前が、嫁にしてくれって、大胆発言したからだろうーーー!」
「また!斉おじさまったらっ!守恵子は、そんな事申しておりません!!」
「いやっ、言っただろうがっーー!!」
斉時は、守恵子へ、食ってかかった。
当然、ゴンという音が、響き、斉時は、再び頭を抱えて、崩れ混む。
「いや、もう、いい歳をして、こやつは、まるで、童子のように、騒がしゅうて、すまぬなぁー」
沓を隠しながら、守近が、康頼へ詫びた。
「え、い、いえ!めっそうもないっ!!」
天下の大納言様に、詫びられ、康頼は、縮こまったが、ボツり、
「姫君様、池の水をお飲みになっているのです。まだ、横に。その様に、起き上がられては、体に無理がかかります。そして、わたしめに、どのような、ご用件があるのでしょうか?」
と、若き女人の前と、ばかりに、平伏したまま、守恵子へ語りかけた。
その、既知に富む康頼の姿に、一同は、何故か、拍手喝采。そして、この様な方が、婿様ならば、安泰だ、とまで、言い合っている。
「もう!お静かに!師匠様が、お困りです!」
ああ、姫君、興奮なされますと、と、康頼は、野次馬化した、一同のことなど気にも止めず、ひたすら、守恵子の体を心配した。
「はい、師匠様。申し訳ございません。守恵子、静かに休ませて頂きます。そして、床より、話をしてもよろしいでしょうか?」
この、一言に、皆は、おおおお!!と、沸いた。
床の中、話をする、と、いうことは……。
「あれ、私達は、邪魔ですわ!」
童子や、彼方へ行きましょうと、徳子は立ち上がり、晴康を連れて、房《へや》を出た。
「あ、あ、えっと、橘様ーーー!こんなとき、何が必要なのでしょう!!!」
紗奈は、守恵子の女房、上野として振る舞おうと、必死になる。
「そうね、紗奈。酒と肴は、あった方がよいかも、準備しましょう!」
「い、いや、そんな、いきなり。まだ日も高いが、致し方ない!ここは、流れに沿って、守恵子!行きなさい!!」
守近は、おろおろしつつも、娘の幸せの為だと、ぐっと、歯を食い縛り、耐えている。
「師匠様!父上の許可もあります!どうか、守恵子を、弟子にしてください!」
本来は、頭を下げるべきなのだが、そうすると、起き上がらなくてはならず、また、師匠に、気を使わせてしまうと、守恵子は、もじもじしていた。
「もじもじするとこが、なんだか、違うような、それに、師匠だ、弟子だって、なんだよっ!!話がおかしいーぜ!守ちゃんよぉ!!」
斉時が、声を張り上げた。
「……師匠と弟子……」
カランと、床へ物が落ちる音が響き渡る。
守近が、握っていた沓を落とし、同時に、場は、しぃーんと、静まり返った。
「姫君?その、師匠と弟子というのは?」
平伏したままの、康頼が、言った。
「許す!顔を上げて、守恵子と、しっかり話をしなさいっ!!!」
自分達では、手に終えないと、読んだのか、守近は、結局、康頼へ現状をまとめるように、言いつけた。
「は、はあ、では……」
けんもほろろ、いや、挙動不審、いや、訝しむ、周囲の事など、まるで、気にもせず、康頼は、守恵子へ、再び問うていた。
「はい。守恵子は、何か、お役に立ちたいのです。都の猫達が困っており、猫に施薬院のようなものをと、思い悩んでしまって池に落ちたのです。そこへ、師匠様が現れ。これは、何かの思し召し。どうか、この守恵子に、知識をお与えくださいませ!」
なるほど、と、康頼は頷き、言った。
「その、役に立ちたいという、本当の理由は、何でしょう?何かがあり、思い悩まれたのではないですか?」
いや、これは、参った。なかなか、切れ者ではないか、さすが、施薬殿じゃー、などなど、今度は、絶賛の嵐が巻き起こる。
が、相変わらず、当の本人達は、周囲の事など気にとめる訳でもなく、真剣に話し合おうとしていた。
「おい、守近よ、守恵子に、そして、薬院に、その気は無いようだが、許してやれよ」
崩れ混んでいる、斉時が、守近を見上げて言った。
「ん?私は、何も反対してないぞ?」
「いや、だからな、守近よ」
守近の、どこか冴えない態度に苛つきつつ、斉時は、立ち上がると、守恵子へ向かって言い放つ。
「守ちゃん!そうしなっ!弟子になって、しっかり、思いを遂げな!斉おじさまは、守ちゃんの見方だからなっ!」
「斉おじさま!」
「ちょっと、待ってください!思いを遂げるって、なんですか?!なんだか、斉時様が、出てくると、怪しくなるんですがっ!」
紗奈が、慌てて、守恵子を庇うように前にでて、斉時の視界から守恵子の姿を遮った。
その背後から、小さな声がする。
「上野、私は、大丈夫だから、皆の役に、少しは立てれると思うの。だから、安心して、国元へ、帰って……」
紗奈も、常春も、はっとした。
守恵子が、弟子になりたい、知識を身につけたいと、言い出したのは、自分達を送り出す為なのかと……。