その日の夜、雪子はテレビを見ながら夕食を終えて後片付けをしているところだった。
そこでスマホが鳴る。また誰かからメッセージが届いたようだ。
雪子がスマホを見ると息子の和真からだったので慌ててメッセージを開いた。
【明日そっち方面に出張だから寄っていい? 泊まれないけど夜ご飯は食べるからよろしく】
雪子は嬉しくて思わずピョンと飛び跳ねた。
(和真が帰って来る!)
ずっと忙しかったようで最近実家に来ていない。
明日は泊まらずに帰るようだがそれでも息子の顔を見られるだけで嬉しかった。
【了解! 美味しい物いっぱい作って待ってるね】
雪子はそう返信した。
和真が帰省したら渡さなくてはいけないものがあった。それは父親・俊之からの手紙だ。
届いてからずっと放置していた。しかしあまり長い間放置しておくのもどうかと思っていたので、明日渡せると思うと少しホッとする。
その後雪子はどんなごちそうを作ろうかとあれこれ考え始めた。
翌日、雪子はパートを定時で終えるとすぐに自宅へ戻った。
野菜はいっぱいあったので勤務先のスーパーで刺身と肉類を買い足すと大急ぎで家に帰った。
和真は仕事を終えた後来るので早くても18時前後だろう。
それまでに仕上げようと雪子は和真の好物の料理をいくつも作り始める。
和真は子供の頃から雪子が作った唐揚げが大好物だった。
25歳にもなって子供みたいだがいまだに唐揚げを作ってやると喜ぶ。
その他にもポテトサラダや煮物、そしてシチューまで作り買って来た刺身を皿に移し替えて夕食の準備は整った。
雪子は今日和真に話をしようと思っていた。俊と付き合っている事、そして自宅カフェをやる事を。
俊の事についてはどうしようか散々悩んだが、隠していてもいつかは知られてしまうだろう。
和真ももう大人だ。誠意を持って話せば雪子の話にちゃんと耳を傾け彼なりにきちんと向き合ってくれるだろう。
そう判断した雪子は今日全てを話す事に決めた。
時計が5時半を過ぎた時インターフォンが鳴った。
雪子は小走りで玄関に向かうとすぐにドアを開けた。
「おかえり」
「ただいま。母さん! いきなり玄関を開けたらダメだろう? 不審者だったらどうするの?」
和真は家に帰るなり母親にダメ出しをする。いつの間に息子はこんなにも頼もしくなったのだろうか?
雪子は叱られても嬉しそうだった。
「だってあなたが帰って来るの久しぶりなんだもん」
雪子は頬を膨らませて言った。そんな母親を見て和真は思わず笑った。
母は前回会った時よりも更に明るく生き生きしているように見えた。
もうすっかり更年期は克服したのだろうか?
家の中も綺麗に片付いていた。片付いているだけではなく所々に母好みの雑貨が飾られ、家の中は息を吹き返したようにあたたかい雰囲気に溢れている。
リビングへ行くと雪子が息子に聞いた。
「疲れたでしょう? どこまで出張だったの?」
「小田原漁港だよ。今、飲食店系の仕事をしていてさ、小田原漁港って結構活気があるんだね。近いのに全然知らなかったよ」
和真はそう言いながら漁港で買って来たお土産のかまぼこを雪子に渡した。
「お土産? わぁ嬉しい、ありがとう」
雪子は本当に嬉しそうに笑った。
和真はダイニングテーブルに並んだ料理を見て声を上げた。
「すっげー俺の好物ばかりじゃん。腹減ったー」
「かまぼこも切ろうか? ビールは? ノンアルコールにする?」
「そうだな、今日はノンアルにするよ」
息子の返事を聞いて、雪子はかまぼことノンアルコールビール持って行き和真の向かいに座った。
グラスにビールを注いでから久しぶりに親子で乾杯をした。
和真は早速母の手料理を美味しそうに食べ始めた。
食事中は和真の仕事の話で盛り上がった。和真は今飲食店関係の原材料のトレーディング業務を任されているらしい。その関係で休日には話題になっている人気店へ足を運ぶ事も増えたと言っている。
食事と会話が一段落した所で、雪子はダイニングボードにしまっていた俊之からの手紙を和真に渡した。
「何これ?」
「二週間くらい前かな? お父さんから送られて来たの」
「何?」
「お母さんは見ていないから中は知らないわ」
和真はしばらくその手紙をじっと見つめるとカウンターの上にあったはさみで封を開けた。
そして中から手紙を取り出して読み始める。
雪子は心配そうに和真を見ていた。和真が手にしている手紙は3~4枚もの枚数がある。
そんなにいっぱい何が書いてあるのだろうか?
しばらくすると和真は読み終え手紙をテーブルの上に置く。そしてこう言った。
「あの人、もう駄目だね」
「なんて書いてあったの?」
「母さんも読んでいいよ」
和真は手紙を雪子に渡した。雪子はすぐに読み始める。
手紙はざっとこんな内容だった。
まずは離婚の原因、そして離婚した時の俊之の心情が切々と書かれている。
そこに不倫をした事についての謝罪はなく、不倫に至った原因は仕事のプレッシャー、買おうとしていたマイホームのローンの重圧、また出産直後から雪子が夫を構わなくなった事が原因だと書いてあった。
そして更に和真の祖父である雪子の父親に対する不満も書かれていた。
離婚の際、雪子の父親は俊之を家に呼んだ。
もちろん雪子の父は俊之に説教をするつもりなどなく、和真の養育に関する話をきちんとしようと思ったからだ。
しかし俊之が雪子の実家を訪れる事はなかった。
その後ろめたさからなのか、それとも本当に説教されると思っていたのかはわからないが勝手に被害妄想を膨らませているようにも感じる。
他の事には目を瞑れても孫の世話を引き受けてくれた父に対する文句は決して許せない。
雪子の父は和真の保育園の送り迎えをしてくれたり、和真の夏休みにはいつも一緒にいて面倒を見てくれた。
その他に金銭的な援助もかなりしてくれた。
それなのにこんな事を言われてはたまったものではない。しかし今は和真がいるのでその怒りをグッと抑える。
そして手紙の最後には、将来自分が入る予定の実家の墓の住所と墓の場所、それに今自分が住んでいる住所が書いてあった。
自分が死んだら全ての手続きを息子にやらせて墓参りにも来いという意味なのだろうか?
雪子は呆れていた。
あの人は左遷されて頭がおかしくなったのだろうか? ちょっと通常の精神状態にある人の文章とは思えなかった。
「ちょっとこれは酷いね」
雪子の言葉に和真が頷く。
「もうちょっとさ、お母さんに対する謝罪とか自分の息子の面倒を見てくれたおじいちゃんに対するお礼の気持ちとかさ、そういうのがあるかなと期待してたけど全然ないよね。むしろ悪口みたいな事が書いてあって呆れちゃったよ」
和真は毅然とした態度で言った。そこに父親を恋しいと思う気持ちはみじんもないようだった。
いつの間にかすっかり大人になっていた息子を見て雪子は誇らしい気持ちでいっぱいだった。
そして以前から気になっていた事を和真に聞いてみる。
「和真…….もしかして離婚の理由って知ってた?」
「うん。昔おじいちゃんに問い詰めて教えてもらった」
「やっぱり! いくつくらいの時?」
「中学に入った頃だったかな? あの人との面会が嫌になった頃だよ。あいつさ、息子との面会に愛人を連れて来たんだよ」
雪子は息子の言葉にショックを受けていた。
俊之はなんという馬鹿な事をしたのか! 多感な時期の息子になぜそんな酷い事をしたのだろう?
雪子は俊之に対する怒りでいっぱいだった。
幼い和真は当時その事を黙っていた。きっと母親を傷付けたくない一心で自分だけの胸の中にしまっていたのだろう。
あの当時の幼い和真の寂しそうな顔を思い出すと雪子の目に涙が溢れてきた。
「ごめんね、和真ごめんね、お母さん気付いてやれなくて…….」
雪子は子供の気持ちに気づいてやれなかった自分が情けなくなった。
いくら仕事で忙しかったとはいえ、
そんな重要な事に気づけなかった自分は、母親として失格だ。
その時和真が急に泣き出した。目を真っ赤にして必死に耐えていたが徐々に嗚咽が漏れてきた。
和真が泣いている姿を見たのは小学生の時以来だ。それまで普通に行っていた父親との面会にどうしても行きたくないと言って泣いたあの日以来だ。今やっとあの時の涙の理由が分かった。
和真は肩を震わせながら、
「お母さんもおじいちゃんもいつも僕の事を優先してくれていつも気にかけてくれたでしょう? そんな二人を心配させるような事は言えなかったんだ。それもあんなクソ野郎の事なんか」
和真はそう言って泣き続けた。
ずっと抱えていた重荷を今やっと手放せたのだろう。和真は子供に戻ったようにしばらくの間泣き続けた。
雪子はそんな息子の傍に行くと、立ったまま和真をぎゅっと抱き締め頭を撫でた。
二人は思い切り泣く事により今まで心に蓄積していた苦しみを一気に手放すことができたような気がした。
思う存分泣いた二人は、少し落ち着くとティッシュで目を拭い鼻をかみながら、顔を見合わせて笑った。
コメント
3件
ただただ呆れる。しょーもない。 触れたくもないわ。 雪子さんと和真くん本音を話せて、気持ちが同じで一緒に泣けたこと。そして一緒に笑えたこと。ようやく過去の過去の事にできて、あいつの亡霊から放たれるね。
俊之からの手紙.✉️ まあ 平気で浮気をして妻子を捨てるような人間だから、やはり内容は想像した通りですね~😰 人のせいにして言い訳ばかり😱 妻や義父に対して 反省の気持ちや感謝の気持ちは一切無く、呆れてものが言えませんね‼️😡💢 和真君は、今まで祖父や母を気遣い 父が愛人を連れてきていて嫌な思いをしたことを黙っていたのですね....😢 親子で本音を 打ち明け合い、スッキリできて 本当に良かったです😭 俊さんとお付き合いを始めたことも、和真君に報告できると良いですね~🍀✨
子供には「親の離婚」だけでも相当ショックなのに、面会時に愛人を連れてくるなんて言語道断💢 それを家族にも言えず1人胸の奥に抱えて耐える和真がが不憫すぎる😭 なのに今父親からの謝罪でもなく自分の一方的な言い分の手紙を押し付けてきていい加減にしろ‼️と言いたい😡💢 父親はこれまでの自分の行いが全て間違ってたって気づかない🐎🫎な奴なんだな🤬 きっと死んでも治らないね🔔チーン