コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「月子……」
「う、うん……」
あまりのことに、親子は、それだけしか言葉を交わせられない。
しかし、たま岩崎は男爵家の人間。
二人が想像もつかない生活をしていて当たり前で、欧州《ヨーロッパ》で勉強し、音楽学校で教鞭を取っていても何ら不思議な事ではない。
とはいえ、やはり、月子親子にはついていけない話だった。
「何か……?」
岩崎は、怪訝そうに親子を見る。
「……そのようなご立派な方の所へ……月子は……」
少し不安げに、でも、どこか安堵した母の様子に、月子は、はっとする。母は、蔵の中で話した事を覚えているのだ……。
「あ、あの、母さん、お見合いは、その……」
いくら、月子が、足に怪我をしたと言っても、男性に、抱き抱えられて現れるというのも、説明がつかない。
これが、見合いの相手なら、あり得る話しではある。
そういえば、岩崎も、見合いめいたとかなんとか、言い切った。
母は、岩崎が、月子の見合い相手だと、そして、話は、良い方向へ進んでいると思っていると、月子は思った。
見合いといっても、家通しが決めた事で、良いも悪いも、話が持ち上がった時点で、行く末は、すでに、決まっている。ただ、話を進めたのは、西条家で、月子の、縁談を真剣に思っての事ではない。
これは、果たして、見合いと言って良いものなのか、そして、あの騒ぎ。
月子は、母へ、どう答えればよいのかと迷った。
そんな月子の代わりに、岩崎が、堂々と答える。
「当面は、お嬢さんとは、同居という形を取ると思います。それが、どうやら、周りの望みのようなので。逆らうと、また、ややこしくなるでしょうし」
うん、そういうことで、良かろう。などと、岩崎は、納得している。
「月子?いきなり、同居って、大丈夫?」
母に、問われた月子は、返事に困った。
どうも、岩崎の言う同居というのは、見合いの結果、つまり、嫁入りという意味合いではなく、文字通り、同居人のような気がする。
「まあ、ともかくです。お嬢さんのことは、ご安心ください。御母上は、お体を労ってください」
それは、つまり。
「あ、あの!その、母の調子が良くなるまで、ということなのですか!!」
月子は、岩崎の言わんとする事が何となく読めた気がして、おもわず、叫んでいた。
「いや、まあ、そうとも言えるかなぁ。つまり、あのお節介夫婦が、納得するかどうかにかかっているのだよ。君を同居人としないと、また、新たな騒ぎが起こるだろうしなぁ」
岩崎は、思案しつつ、続けて月子へ言った。
「だが、同じ屋根の下で暮らすのも、何か問題のような気がするのだ。そもそも、結婚する仲でもないのに、同居は、どうかと。それに、そうなれば、おそらく、責任を取れと、義姉上あたりが、言ってくるはず。しかし……、私は結婚する気はない。独り身でいるつもりだ……」
岩崎は、何か、言い渋った。
一方、結婚が目的ではないと言われた月子は、どう受け止めれば良いのかと考え込んだ。
心の中を、冷えた空気が流れて行くような気がする。それは、寂しさ、ともいえない、月子自身も、よくわからない感情だった。
岩崎の口振りからして、決して月子を邪険にしている、と、言うわけでもなさそうだ。月子同様、岩崎も、対処に困っているだけだとわかる。だが、結婚はしない。独り身でいるという所が、月子には、とても厳しい言葉に聞こえたのだった。
「……あの、では、暫くの間だけ、ほんの暫くの間、娘を預かってもらえませんでしょうか?」
横になる月子の母が、見かねたように口を開く。
「娘は、行くところがないのです。私の具合が落ちつくまで、どうか……」
岩崎へ向けた、母の懇願に、月子は、理解した。
母は、事情が、分かっているのだと……。
思えば、ここで、岡崎と呼ばれている。それで、西条家が何を望んでいるのか、今までの経験から、母も、すぐに分かるはず。
「いや、まあ、それは、おいおい考えれば……」
岩崎は、明け透けに言い過ぎたと、思ったのか、慌てて月子親子へ弁明しようとした。
と、そこへ……。
「岡崎さん、よろしいですか?」
看護婦が、ドアを開け、病室へ入って来る。
「君!ノックぐらい、出来ないのか!内輪の話をしているのだぞ!そもそもだな、岡崎ではなく、岩崎だ!」
部屋に、岩崎の大声が響き渡った。