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「ん~早起きして正解だった」
「あんだけ、ぐずってたくせにな」
「それは、言わない約束! でも、ミオミオが起こしてくれたから、こうしてここにこれているわけだし」
朝日が昇り始めた水平線を眺めながら、潮風に当てられ俺達は砂浜を歩いていた。
海岸線沿いの道路に空の車を止めて、白い砂浜を離れて歩いていた。
「そういえば、矢っ張り格好いいなあの車。MR-2だったっか?」
「そっ、二代目SW20型、某車の会社が出しているMR-2。白色格好いいよね~」
「お前の乗りもの好きには頭が上がらねぇよ」
給料とローンで買った空の車は、男のロマンがつまったスポーツカー。それも二人乗りときて俺を乗せるために買ったのかと一時期思ったことがあった。そう思ってしまっているのは、空がその助手席に俺以外を乗せたことがないからだ。もし乗せていたとしたら発狂してしまうかも知れない。欲張りで、貪欲で、最低だけど。
白い砂浜は靴を脱いでいても足を取られ、上手く前に進めなかった。海に来るのは本当に久しぶりだ。
この後仕事があると思うと地獄以外の何者でも無いが、まだ朝の六時前。ランニングをしている奴や、車も数台しかすれ違わなかったため、この砂浜には二人だけ、まるで世界に二人だけになったようだと錯覚するほどだった。
「ミオミオ、貝殻見つけた!」
「んなもん、珍しくも何でもねえだろ」
「うわ~ひっど~」
と言いつつも、空は嬉しそうに波打ち際から少し離れた所に落ちている小さな貝を拾っては、また海に放ってを繰り返している。
その顔が、あまりにも無邪気で可愛くて思わず頬がほころんでしまう。
小さい頃にもまた違う海だがきたことがあったとぼんやりと過去の事を思い出していた。お節介な姉ちゃんもいて、二人だけではなかったが、限り無く二人だけの世界に入り込んでいた。あの頃の手は小さかったから、そこまで大きくない貝殻ですら大きく感じたものだ。そう思うと、かなり時が経っているのだと思う。
「ミオミオ浮かない顔してる?」
「ん? いや、ちょっと過去に浸っていただけだ」
「ふーん、珍しい」
「珍しいって何だよ」
「ん~あんまり、言葉で言い表せないんだけど。オレ達はずっと一緒にいるから……ああ、そりゃ高校の時は一緒にいる時間は少なかったけど、他校だって言うのに頻繁にあってたしね……」
と、空は自分で言い出したくせにあたふたとし出した。それがまた面白くて笑ってやると「笑わないでよ」と耳を赤く染める。
「だから、何て言うんだろう……話がずれちゃうけど、ハルハルとユキユキってさ……そういうのがなかった訳じゃん」
「……おう」
「十年も離れていて、本来なら作れたはずの思いでも、青春も出来なかったわけで。ハルハルはそのせいかよく分からないけどさ、学生時代勉強に明け暮れていたっていったし。オレ達みたいに友達、いなかったんじゃ無いかな。だから、それも知らずに恋人で互いの距離の縮め方が分からないとか」
そう言って、空は一旦息継ぎした。
あのクソみたいな合コンの次の日、ランニングついでに明智を呼び出し、何故か神津まで現われたとき空がぽろりと神津に対して「友達が少ないんじゃないか」と爆弾発言をした。明智が友達が少なかったため、彼奴の方が自分にいわれたのかとダメージを負っていて、ご愁傷様と思いつつ神津の方を見れば、彼奴も彼奴で図星だというように目を丸くしていた。空の言うとおり、ダチの定義も知らねえのに、過程すっ飛ばして恋人なんて成立するのかと思った。
彼奴らは離れていた時間が長すぎるせいで、何も分かっちゃいねえし、きっと一0年前のままなのだと。
本当に哀れというか、可哀相な奴らだと。明智に対しても神津に対しても思った。どっちもちゃんと人間だ。完璧だと言ったことは訂正する。
そういうこともあって、空考案の「遅めの青春大作戦」が決行された。
合コンの次の日は、カラオケと温泉に四人で行った。慣れないことばかりだったが、神津は楽しそうにしていたし、明智もそれなりに楽しんでいた。明智に関しては、二年前を思い出すように笑っていたのが印象的だった。
俺も空も懐かしくてつい調子に乗っちまったけど、背中を押すって言う意味では全く役には立たなかった。
「オレ達はオレ達だけどさ……四人でいるときはオレとミオミオ、ハルハルとユキユキっていうくくりじゃなくて、四人で友達って感じして楽しいよね」
と、空は足を止めて振返って言う。
まだ私服で制服に着替えていない空は、警察でも何でもない俺の知っている幼馴染みだった。別に制服を着ようが変わらないんだろうが、それでも、誇りも守るものも規律もない。警察官の制服から解放された自由な空を見ていると、ふと彼があの大空に連れて行かれそうな飛んで言ってしまいそうな感覚を覚える。
何処にも行かないだろうけど、それでも、彼奴は自由になったら翼が映えたら空を選ぶんじゃないかと。
(ファンタジーの読み過ぎだな)
別に本を読むわけではないが、それでもそんな想像をしてしまう。空はきっと海よりも青空が似合う男だから。
「ミオミオ」
「んん? 何だよ」
「呼んでみただけー!」
そう言った空は、俺の想像とはかけ離れていて、しっかりとその地に足をついて俺の名前をいつものように呼んでいた。
「靴の中砂はいってチクチクする~」
「脱げばいいじゃねえか」
「オレに裸足で運転しろっていうの? 鬼畜だねえ、ミオミオは」
と、全く思ってもいないような言葉を口にして、空が笑う。あの後、年甲斐もなく砂浜で追いかけっこをして、波打ち際でチキンレースをして、誰もいない浜辺で二人だけの世界で遊んだ。波が来て、それに飲まれそうになる空の腕を掴んで引っ張った。するとバランスを崩して空は砂浜に倒れ込んだ。その際に口に砂が入ってしまったらしく短い舌をペッと出しながらむせていた。そんな姿すら愛らしく感じてしまうから、末期である。
結局同居をしても、何も変わらなかった。その思いが膨らむ……と言うことはなかったが、絶えず一定に恋心と友情の間をいったり来たりしている。
明智と神津を見ているからか、羨ましくなったり、俺達はこのままでいいんじゃねえかと思ったり、本当に複雑だった。
砂の入りまくった靴を車の前で払いつつ、車内に入ったが空はまだ中に入っている気がすると、ぶつくさ言っていた。まああれだけ盛大に転んだのだから入らないわけがない。そんな空を笑いならが、シートベルトを締めた。この後仕事とか気が沈む。それでも、空と早朝からドライブできたことは嬉しく思っている。
「ふぁあ……」
「眠いのか?空」
「うん? 大丈夫、居眠り運転で事故るとか恥ずかしすぎるから絶対しないよ」
「いや、事故る前提で話してねえし……まあ、お前が事故るとか考えられねえけどな」
分かってるじゃん。と空は何処か嬉しそうに言う。俺の知らない間に随分と大人びてしまったが、こういう所はガキの頃のままだ。そう思うだけで、頬が緩んでしまう。
空の運転技術は高い方し、そもそもそうでなければヘリのパイロットなどやっていない。だが、やはり寝不足とか疲労が溜まっているとミスをするものだ。まあ今回の場合は、早朝にたたき起こしたせいでいつもとリズムがずれてしまった事によるものだと思っているが。
エンジン音をふかしながら、ゆっくりと車が動き出す。白いスポーツカーMR-二。車体は低いが、そこから見る景色もなかなかなものでスピードも規定範囲内のくせに出ているように思える。
遠のいていく海を見ながら、俺はふと空に前から疑問に思っていたことをぶつけた。
「なあ、空。なんでこれにしたんだ?」
「これって、MR-2のこと? 何でこれを買ったかってこと?」
「そうだよ。他にもスポーツカーなんて幾らでもあるだろうし、それこそ、ピンからキリまで。四人乗りとかもあるじゃねえか」
空は、俺の言葉にうーんと少し考えてから口を開いた。
「二人乗りがいいって思ったんだ。元々MR-2に乗りたかったし、後誰かを乗せる予定なんてないしね」
と、空はいう。
好きという理由は頷けるが、誰かを乗せる予定がないというのは……と少し期待してしまっている部分もあった。きっと今、見られたらいけない表情になっているに違いないと、俺は口元を塞いで窓の外を見る。サッシュレスドアの窓は薄い青色にも見えて、透明と青の境目が綺麗に思える。乗り心地もいい最高の車だと俺は思う。ローン組んで買ったのも納得がいく。
でも、空はどうしてこの車に決めたのだろうか。他に選択肢があったはずだ。
例えば、四人乗れる車。
例えば、四人乗っても狭くない車。
例えば、四人乗っていても窮屈じゃないような車。
例えばなんて幾らでも出てくるが、空の選んだ車なのだ。ケチなど付ける必要すら感じない。収納スペースも広いし、空が誰も乗せないというのならこの広さで十分なように感じる。だが、彼奴に大切な人が出来たら? そもそもこの車では、明智も神津も乗せられない。
(乗せる気はねえけど)
譲る気などさらさらにない。それがダチであっても。と何処か対抗心を燃やしていたのも事実である。
「んじゃあ、お前に恋人が出来たら?」
「え?」
「ああ?」
ついうっかりぽろっとでた言葉に、空は目を丸くしてミラー越しに俺を見た。青色のビー玉のような瞳が俺を一瞬捕らえ、そして安全運転のため前を向く。
変なことをいったつもりはない。だが、聞かなくもいいようなことを聞いた自覚はあった。もし、これで「恋人が出来たとき」の話しでもされたら、俺のメンタルがズタボロになってしまうだろうと。
空は、少し考えた後自嘲気味に笑う。
「うーん、オレに恋人なんて出来るかな?」
「出来るだろ。探せば気のあう奴とか見つかるんじゃね?それこそ、乗り物好きとか」
「そうだね……でも、別に乗り物好きと恋人になりたいわけじゃないし、今のところ作る予定ないかなあ」
でもどうして? と空は俺に尋ねる。
自分に返ってくるなど思わず、俺は返す言葉を考えていなかったためにたじろいでしまった。それを可笑しいとでも言うように空は笑う。
「自分で聞いておいて、答えられないなんてミオミオ格好悪い~」
「んな、お前……俺も、作る予定ねぇし」
「ミオミオ狙ってる子いっぱいいるんだけどな~」
と、嘘かほんとか分からないようなことを口にする空。もしそれが本当だったとして、俺の眼中には空しかうつっていない。あの合コンだって、出会いがあればと思ったが神津に取られたし、そんな女達と付合いたいとは思わなかった。
空と同じで作る予定も、出来る予定もない。多分これから先、俺が空から離れない限り。
「ミオミオ変だね」
「変って失礼だな、お前」
「だって、珍しいことばっかり聞くもん。もしかして、ハルハルとユキユキの事羨ましく思っちゃったりした?」
その一言は全く的を射ていた。返す言葉も見つからない。
沈黙は肯定と捉えられることを知りながらも俺は口を開くことが出来なかった。空は、それを肯定の意味でとり「そっか」と呟く。
どういう意味で空がそれをいったが知らないが――
「オレもちょっとだけ、羨ましく思っちゃったりしたよ」
そういった空の顔は、何処か寂しげで、俺は彼に何て言葉をかけたら良いか分からなかった。