コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
山の夜は深く、霧が谷を這うように漂っていた。
その中に、かすかに揺れる赤い光が見える。
村の祭火だ。
「鬼火の祭……」
綺羅(きら)はつぶやきながら、木の枝に手を添えて慎重に歩いた。
祭はこの山里の重要な神事であり、村人は毎年、山の神に無事を祈る。
だが、今年は異変が起きた――祭の最中、巫女が忽然と消え、山里は恐怖に包まれている。
霧の中、鬼火がゆらりと揺れ、赤と橙の光が彼女の影を伸ばした。
綺羅は短剣を手に、足音を立てずに進む。
風に乗る杉の香りと焼ける木の匂いが混ざり、祭の高揚と不安が入り混じった。
「……ここか」
湖での事件を思い返しながら、少女は心を落ち着ける。
怪異の正体は必ず理で解ける。
恐怖に押し潰されるのではなく、理性で挑む――それが綺羅の信条だった。
夜の森に、囁くような声が響く。
「……誰か……」
少女は止まり、耳を澄ませた。
霧の中、揺れる鬼火の奥に、巫女のかすかな白い衣が見える。
「……大丈夫。すぐに見つける」
心の中で自分に言い聞かせ、綺羅は足を踏み出した。
その時、背後で静かな気配がした。
振り返ると、皓(こう)がそこに立っていた。
白衣の裾は月光を受けて淡く輝き、長い髪が風に揺れる。
「来たか、綺羅」
彼の声は低く、しかしどこか安心感を与える色気を帯びていた。
「あなた……ここで何を?」
「見守っているだけさ。君の推理の力をね」
皓は湖の時よりも穏やかに微笑んでいるが、その瞳の奥には挑戦的な光もあった。
綺羅は息を整え、前に進む。
鬼火が揺れる山道を辿り、巫女が立ち去った方向を推理する。
「祭火の配置、巫女の足跡、霧の流れ……」
紙と墨は持たずとも、少女の頭の中で地図が立ち上がる。
霧が濃くなるにつれ、影は大きく伸び、夜の森に幽かに現れる。
その影は時折人の形を取り、綺羅を惑わせる。
しかし、彼女は一歩も退かず、短剣を握りしめ、理性で分析を続ける。
「影は……巫女の恐怖と迷いの具現か」
綺羅は小声で呟き、深呼吸した。
心の奥に微かな動揺がある――恐怖ではなく、興奮と期待。
怪異の真相を解くことが、自分の成長に直結することを理解していた。
すると、影の奥からかすかな声が聞こえた。
「助けて……」
少女はその声を頼りに、鬼火の揺れる森をさらに進む。
光と闇の狭間で、足元の岩や樹根に注意を払いながら、綺羅は巫女に近づいていった。
突然、赤い鬼火が高く跳ね、森を明るく照らす。
綺羅は目を細め、波紋のように揺れる光を分析する。
「……計算通り。風向きと火の揺れで、巫女の位置がわかる」
その瞬間、皓が前に立ち、軽く手を挙げた。
「ここから先は、一人でどう解くか、楽しみにしている」
彼の声は囁くようだが、少女の心に火を灯した。
“理で解く、恐怖に負けるな”――皓の存在は助けでもあり、挑戦でもあった。
綺羅は短剣を腰に差し、深呼吸を整えた。
「大丈夫……私は、この影を解く」
森の奥深く、鬼火が集まる場所にたどり着くと、巫女が小さく震えて座っていた。
「大丈夫、もう安心だ」
綺羅は短剣を使わず、言葉で恐怖を解き、巫女を導いた。
森の霧が静かに晴れ、赤い鬼火はゆっくり消えていく。
村人たちが後から駆けつけ、巫女を抱きしめた。
安堵と感謝の声が森に響く。
綺羅はその場に立ち、胸の奥の高鳴りに気づく。
“皓……あなたがいたから、心が揺れたのかもしれない”
そう呟くと、彼は湖の時のように霧に溶けるように消えた。
夜空には月が静かに昇り、少女の影を長く伸ばす。
綺羅は深く息を吸い、短剣を握りしめた。
“これからも、この力で真実を追いかける”
少女は静かに山道を下った。