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アドラル皇国
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#日常
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
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ああ…最後の「先に行きおったか」で一気に胸がギュッてなった😭💔 バトウとスブタイの酒の席、父ジュチの話を初めて聞く夜がすごく温かかっただけに、朝のあの静かな別れが切なすぎるよ… 「八人の将も私とジュベだけ」って言った直後の展開、読んでるこっちの心臓も止まるかと思った。 歴史の重みと、一人また一人と去っていく寂しさがひしひし伝わってくる名シーンでした…✨ スブタイの飄々とした強さにじーんときた。次話も楽しみにしてます!
バトウはモスコウビアへ戻ると、しばらく自室に籠もっていた。
机の上には、一冊の古びた書が置かれている。
革に包まれた、分厚い書。
ゼイオンの書斎から持ち帰ったものだった。
ゼイオンの日記
だが、そこに書かれていたのは、戦争でも、策略でもなかった。
故郷を発った日のこと。
残してきた父や母のこと。
家族への心配。
そして、自ら選んだ新しい人生へ踏み出すことへの迷い。
期待、
そして恐れ。
これまでの人生を捨てるような寂しさもある。
バトウは黙って頁をめくっていた。
そこにいるのは、ただ一人の男だった。
故郷を離れ、自らの人生を選ぼうとしている男。
しばらくして、バトウの指が止まった。
父、ジュチは帝国を離れた。
祖父ジンギス・カーンのもとを去り、西方の地へ向かった。
あの時、父は何を思っていたのだろう。
バトウは書を閉じた。
「……スブタイを呼べ」
ほどなくして、扉が開いた。
現れたスブタイは、いつものように飄々としていた。
バトウはその後ろを見て、首を傾げる。
「ジュベはどうした」
「もう寝ました」
スブタイは笑って答えた。
バトウは卓上の酒瓶を持ち上げた。
「二人で酒が飲みたくなってな」
「それは光栄です」
二人は向かい合って座った。
酒を注ぎ、しばらくは他愛もない話をした。
今日見た馬のこと。
兵たちのこと。
昔の戦場の失敗話。
スブタイが若かった頃の話になると、バトウは声を上げて笑った。
だが、やがて笑い声が途切れた。
バトウは杯を眺めながら、ふいに尋ねた。
「スブタイ」
「はい」
「父は……なぜ帝国を捨てたのであろう」
スブタイはすぐには答えなかった。
静かに酒を口へ運ぶ。
それから、少し考えるように目を伏せた。
「チャガタイ様との確執は、もうどうにもならぬところまで行っておりました」
バトウは黙って聞いている。
「お二人のどちらが継いでも、帝国は割れたと思います」
「……そうか」
「ジンギス・カーンも、それを分かっておられた」
スブタイの声が少しだけ低くなった。
「私は、偉大なる大ハーンが亡くなる前、その後悔を聞いたことがある」
バトウは顔を上げた。
「草原を一つにした英雄にも、ままならぬことがあったのだな」
スブタイは杯を置いた。
「いや」
小さく笑う。
「むしろ、英雄だからこそ見えていたのでしょう」
バトウも苦笑した。
「儂とて、父の代に与えられたこの領土を継いだ」
西方。
帝国の果て。
広大ではある。
だが、あまりにも遠い。
「今となっては、帝国から信頼されているのか」
バトウは杯の酒を揺らした。
「それとも、追いやられているのかすら分からぬ」
スブタイも苦笑した。
「その答えは、私にも分かりませんな」
「そうか」
バトウは笑った。
そして、少し酔いが回ったのか、いつもより柔らかな声で言った。
「儂は、そなたが好きだ」
「これはまた、突然ですな」
「祖父と共に戦った昔話を聞ける」
バトウは酒を注ぎ足した。
「儂の知らぬ祖父、そして父を知っている」
スブタイはしばらく何も言わなかった。
やがて遠くを見るように目を細めた。
「ジンギス・カーンと共に戦った八人の将も……」
わずかに息を吐く。
「今では、私とジュベだけです」
バトウの手が止まった。
長い年月だった。
草原を駆けた者たちは、一人、また一人と消えていった。
戦で死んだ者。
病で倒れた者。
老いて去った者。
そして父も、もういない。
静かな時間が流れた。
やがてバトウが口を開く。
「スブタイ」
「はい」
「父は、戦いの時……どんな様子だったのだ」
スブタイは少し驚いたようにバトウを見た。
それから、懐かしそうに目を細める。
「そうですな」
杯を置いた。
「あれは、まだジュチ様がお若かった頃のことです――」
窓の外では、モスコウビアの夜が静かに更けていく。
その夜。
バトウは、これまで知らなかった父の話を聞き続けた。
草原を駆けた若き日のジュチ。
ジンギス・カーンと笑ったジュチ。
戦場で怒り、迷い、それでも馬を進めたジュチ。
酒がなくなっても、話は終わらなかった。
夜は、更けていった。
翌朝。
まだ空が白み始めたばかりの頃だった。
「スブタイ殿!」
血相を変えた兵が、部屋へ飛び込んできた。
スブタイは寝台から身を起こした。
「何事だ」
鋭い声でどやしつけながら、すぐに衣服へ手を伸ばす。
――変事か。
敵襲。
反乱。
あるいは帝都からの急報。
頭の中では、すでにいくつもの可能性が巡っていた。
だが、兵の口から出た言葉は、そのどれでもなかった。
「至急、ジュベ殿のところへお願いいたします」
スブタイの手が止まった。
「……ジュベ?」
兵は答えない。
ただ、青ざめた顔で頭を下げた。
スブタイは何も聞かなかった。
そのまま部屋を飛び出した。
廊下を進む。
いつもなら聞こえてくるはずの怒鳴り声も、笑い声もない。
ジュベの部屋の前には、数人の兵が立っていた。
誰一人、スブタイと目を合わせようとしない。
扉を開ける。
「ジュベ」
返事はなかった。
寝台の上に、男が横たわっている。
スブタイはゆっくりと近づいた。
ジュベは眠っているようだった。
苦しんだ様子はない。
顔には、かすかな笑みさえ浮かんでいるように見えた。
だが、その身体はもう冷たかった。
スブタイは立ったまま、しばらく動かなかった。
昨夜。
バトウと酒を飲みながら、自分は言った。
――ジンギス・カーンと共に戦った八人の将も、今では私とジュベだけです。
ほんの数刻前のことだった。
スブタイは静かに息を吐いた。
「……そうか」
それだけだった。
やがて振り返る。
「バトウ様には」
兵が首を振った。
「まだ、お知らせしておりません」
「すぐに知らせてくれ」
「はっ」
兵が走り去る。
スブタイは再び、寝台へ目を向けた。
「まったく……」
小さく呟く。
「先に行きおったか」
眠るようなジュベの顔は、何も答えなかった。