それから一ヶ月が経った。
クリスマスの後仁は大晦日まで軽井沢で過ごし綾子と年越し蕎麦を食べた後夜の空いた時間に東京へ戻った。
綾子は三が日を過ぎてから東京へ帰った。
仁に急かされ綾子は年内のうちに工場へ退職する事を伝えた。これで綾子は一月いっぱいで退職となる。
光江に結婚の事を伝えるととても喜んでくれた。しかし綾子が東京へ帰るとわかると淋しがる。
「やっと友達になれたのにねー」
(友達……)
綾子は感激する。光江が自分の事を友達だと思っていてくれた事に胸が熱くなった。
「1月前半はお休みを貰いましたが後半の半月はまだ出勤しますから。それにもしかしたら結婚式はこちらでやるかもしれません。その時は光江さんに招待状を出してもいいですか?」
「あたしを招待してくれるのかい? ひゃーっ、有名人の結婚式に? そりゃ絶対行くに決まってるよ。楽しみに待ってるよ」
そこで二人は連絡先と住所を交換した。
綾子は世田谷の実家に戻ると作家の神楽坂仁と知り合い婚約したことを家族に告げた。
「綾子! 一体どういう事?」
まず声をあげたのは母だった。次に父親が驚いて綾子に言った。
「な、なんでそんな事に?」
次に兄と義姉が叫ぶ。
「ハァ? 綾子、いつの間にそんな事になってたんだ? この家を出る時はやせ細ってフラフラしていたのにすっかり日焼けして健康になってるしさあ。軽井沢でお前どんな生活をしてたんだよ?」
兄に続いて義姉が興奮したように叫ぶ。
「運命ってあるのねぇ……それにしても義理の弟が神楽坂仁? キャーッ! 凄いわー!」
綾子が帰った日は実家は大騒ぎだった。
もちろんその夜は家族でお祝いの宴となった。
家族が喜ぶ様子を見て綾子はいかに今まで自分が心配をかけてきたかを実感する。
兄夫婦が帰った後母親とキッチンで後片付けをしていると改めて母が綾子に言った。
「綾子……本当に良かったわね。今度はうんと大事にしてもらいなさい」
「うん……お母さんありがとう。今まで心配かけてごめんね」
母の目にはうっすらと涙が光っていた。
そしてその数日後、仁が綾子の実家に挨拶に来た。
「初めまして、神谷仁と申します。この度は早急に結婚の話を進めてしまい本当に申し訳ございません」
義姉が仁を見て綾子にぼそっと言う。
(キャー、本物の神楽坂仁だわ!)
(お義姉さん、落ち着いて落ち着いて)
思わず綾子が苦笑いをする。
その後仁は持って生まれた社交術と得意の話術であっという間に綾子の家族の心を掴む。
父に至っては、
「母さん、酒だ酒、今日は仁君とじっくり酒を酌み交わそうじゃないか」
と上機嫌だ。
いつもは控えめな母も、
「今度のドラマは綾子がモデルになっているんですって? 楽しみだわー」
と自分から話しかけている。
そして綾子の兄と仁は互いの趣味がアウトドアという事で盛り上がっていた。綾子の兄は釣りもするのですっかり釣り場や釣果の話題で意気投合している。
義姉に関しては、
「神楽坂さんの本は以前からファンで……あ、あの、サインをいただいてもよろしいですか?」
と仁の著書を持参していた。
(みんなの反応が隼人の時とは全然違うわ)
綾子は前の結婚の時とはあまりにも違う雰囲気に驚いていた。
結局その日仁は綾子の家に泊まった。一晩で仁はすっかり綾子の家族に馴染んでいた。
翌朝は朝食後に綾子の子供時代からのアルバムを見たり近所に住む兄が再び実家を訪れ自作ルアーを仁に見せる。そこでまた釣り談議が始まる。
昼前に漸く仁は解放され綾子は仁を送りがてら一緒に実家を出た。
二人は手を繋ぎながら住宅街を歩き始める。
「うちの家族うるさくてごめんね」
「ハハッ、みんないい人ばかりじゃないか。あんな賑やかな家族がいて鬱になる綾子が信じられないよ」
「フフッ、あの頃はどうしても塞ぎ込みがちだったから。でも今思えば家族の明るさでだいぶ救われていたのかな?」
「絶対そうだろう。お父さんなんて会社経営のお偉いさんなのにめっちゃ気さくだしお母さんは優しいし、綾子の兄さんとは趣味友になっちまったし義理のお姉さんなんか明るくてまるで綾子の本当のお姉さんみたいだよな。綾子は家族に恵まれているな」
「うん……私もそう思う」
「家族を大事にしろよ。俺もこれから一緒に親孝行するから」
「ん、ありがとう」
「ちょっと砧公園寄ってみる?」
「うん」
そこで二人は公園へ向かった。
真冬の冷たい空気が漂う公園は閑散としていた。
一組の親子が芝生の上でサッカーをしている。
「俺も子供が出来たらあんな風にしたいなー」
「サッカー出来るの?」
「うん、小学校の頃はサッカークラブに入ってた」
「へー、そうなんだ、意外!」
「綾子はなんかスポーツやってたのか?」
「うん、テニス」
「お嬢様だなー」
「フフッ、テニスなんて誰でもするでしょう?」
その時ベンチの前に来たので仁が座ろうかと言ったので 二人は並んで腰かける。
「あの時はここから写真を撮ったの? 写真に風景が似ているわ」
「そうだよ。あの時もこのベンチに座った」
「不思議ね。あの頃はまさかこんな風になるとは思ってもいなかったわ」
「運命っていうのはいつどうなるかわからないな」
「そういえばドラマの方は順調?」
「撮影は順調みたいだよ。ただ一つ言っておきたい事がある」
「何?」
「ゆりか役は白鳥ほのかが演じる」
「…………」
「驚くよなぁ」
「……うん……ちょっとびっくりした」
「自分がしでかした事を自分で演じて改めて罪の重さを知ってもらう。これが俺が考えた制裁だ」
「……でもよくこの仕事を引き受けてくれたわね」
「そこは悦子が上手く言ったんだろう、あ、悦子っていうのは……」
「大学の同期でドラマのディレクターでしょう?」
「そう。とにかく悦子に全てを任せておけば心配ない。事情も知ってるしね」
「うん、わかったわ」
「松崎隼人の方はどうなってるんだろうな?」
「警察が嗅ぎまわってるとかなんとか?」
「うん、去年そんな噂が出回ってたけどその後どうなったんだろうな?」
「すべては神のみぞ知る……でしょう?」
「俺は『God』なのにそれだけはどうなるかわからん」
「あ、じゃあインチキ神だ」
「インチキ言うな」
「フフッ」
「あ、あとさ、結婚式はあの教会でいいんだね?」
「うん、あそこがいい」
「了解。日程を聞いてみるよ。あとは……」
「マンションを片付けておいてよ。私の荷物が行くんだから」
「うん、わかってるよ。今少しずつ片付けてるから大丈夫だ」
「それにしても実家から歩いてすぐの距離だとは思わなかったわ。世田谷って結構広いのに」
「だな。俺も近かったので驚いたよ」
「母さん達も喜んでる。娘が近くにいるとやっぱり嬉しいみたい」
「そりゃそうだろう。軽井沢だと気軽に会いにいけねーからな。きっと綾子の事が心配だったと思うよ」
「うん。でもこれからはもう大丈夫ね」
「大丈夫だ。俺の傍にいれば問題ない」
「うん」
そこで仁は綾子に軽くキスをする。
それから二人は立ち上がって再び歩き始めた。
「じゃー約束通りカフェデートでもしますかー」
「フフッ、楽しみ」
二人は手を繋いでゆっくりとカフェへ向かった。
その頃白鳥ほのかはドラマの撮影中だった。
『ねぇーっ、奥さんいないんでしょう? だったらドライブに連れてってよー』
『駄目だよ、今日は子供の子守りをしなきゃいけないんだ』
『連れて来ればいいじゃない』
『そうはいかないだろう。赤ちゃんじゃないんだ、もう三歳なんだぞ?』
『大丈夫、今日はエッチなしでも構わないからドライブに行きたいー』
『しょうがないなー、じゃあ日帰りで軽井沢にでも行くか』
「ハイッ、カットー!」
「少し休憩に入りまーす」
ほのかは壁際にあるチェアまで行くとペットボトルの水を飲む。するとマネージャーが駆け寄って来て言った。
「ほ、ほのか、ちょっといいか?」
「なによー、今集中してんのよー」
「いや、警察の人がお前に話が聞きたいって……」
「え?」
ほのかは驚いてスタジオの出入口を見る。そこにはスーツを着た目つきの鋭い男性が二人立っていた。
「ちょ、ちょっと、こんな所に来られちゃ困るわ」
「じゃあどうする?」
「撮影後に事務所に来てもらってよ」
「わかった」
マネージャーは慌てて二人の刑事の元へ走って行った。
(なんで私に警察が? 私は何もしていないわ、どういう事?)
そこでほのかはスマホを取り出し電話をかける。
もちろん相手は松崎隼人だ。
しかし電話はツーツーと音を立てて繋がらない。
(ったく何やってんのよ!)
するとスタッフがほのかに声をかけた。
「ほのかさん、もう一度メイクを直しますのでこちらへお願いします」
「はーい」
ほのかはスマホをバッグにしまうとスタッフの元へ向かった。
その頃松崎隼人は泣きそうな顔をしながら電話で話していた。
「伯父さんそこをなんとか、なんとか頼みますっ! お願いしますっ、助けて下さい!」
隼人の必死の頼みに大臣をしている伯父は冷たく言い放つ。
「いい加減にしろっ! お前の尻拭いをさせられるのはこれで何度目だ? お前の悪い噂は政界にまで流れ込んでいるぞ! お前は馬鹿か? 野党議員の親戚に手を出すなんて…」
「野党議員の親戚? だ、誰の事ですか?」
「星羅とかいう女だ! あの子は野党の幹事長の姪御さんなんだぞ。どうしてくれる? お前のせいで俺までヤバい立場になってるんだからなっ! いい加減にしろっ!」
ガチャン
そこで電話は切れた。
「い、一体どうなってる? 俺がなんでこんな目に? 俺は有能な脚本家だぞ? ドラマの流行りを作り出し常に最先端を行っているクリエイターなんだぞ! なのにこのままじゃ……ちっくしょうっ!」
隼人はホテルの一室で頭を抱えながらその場に突っ伏した。
その頃仁と別れて実家に向かっていた綾子は突然誰かに呼び止めらる。
「綾子?」
綾子が振り向くとそこには大学時代からの親友・優美子が立っていた。
綾子はびっくりして足を止めた。
「優美子、どうして? どうしてここに?」
「あ、うん、今ね、この近くのケーキ教室に通ってるの。あ、綾子の実家って確か世田谷だったよね? この近くなの?」
「うん、そう」
「あれ? でも綾子軽井沢に行ったんじゃ?」
「うん。でも今一時的に帰省してるんだ」
「そっか。あ、綾子今って時間ある?」
「うん。大丈夫だよ」
「じゃ、お茶しようよ」
「するする。この近くのカフェでいい?」
「うん」
偶然再会を果たした二人はカフェへ向かった。
カフェに入ると二人はコーヒーを買ってから向かい合って座る。
そこで優美子が先に口を開いた。
「綾子……ごめんっ、ずっと連絡しなくて……」
「ううん、こちらこそごめん。私のせいで優美子の結婚式に辛い思い出を残しちゃって……」
「綾子のせいじゃないよ。それに私は気にしてないから」
「でも優美子の大事な日を台無しにするみたいな事になっちゃって本当に申し訳なかったと思ってる。ごめんね」
「謝らないで! 綾子は悪くないんだから。それにね、私ずっと綾子に連絡しようしようと思ってたんだよ。ただ勇気が出なくて……本当にごめん」
「優美子こそ謝らないでよ、私は何も気にしてないんだから。それにね、私すっかり元気になったんだよ。もう大丈夫だから」
綾子はニッコリ微笑んだ。
「そう言えば理人君の葬儀の時には今にも倒れそうだったのになんか今はすっかり元気そうだね。もしかして何かあった?」
優美子の問いに綾子は少し照れながら答える。
「婚約しましたー!」
綾子は芸能人の婚約会見のように左手を上に挙げ優美子に見せた。
「キャーッ、何それ、エンゲージリング? うっそー、ダイヤモンドおっきい! こんな凄い指輪をくれる人と知り合ったのー? もしかしてアラブの大富豪とかー?」
「アラブの大富豪ってなによーっ! 石油王とか?」
綾子は可笑しくてクスクスと笑い出す。
「だってすっごい豪華な婚約指輪じゃない? あ、もしかして資産家の白髪頭のヨボヨボじーさんとか? 財産狙いで結婚とか? あ、でもそれはないか。綾子の実家金持ちだし」
「自己完結してるーっ! 相変わらず優美子は自己完結人間だねー、変わってないー」
綾子は笑いが止まらない。
「ひっどーい、綾子こそいつも突然突飛な事をしてみんなを驚かせるくせにー、そこは変わってないよ!」
「フフフ、なんだお互い変わってないじゃん」
「アハハ、本当だ、昔とおんなじだ」
「うふふふ」
「あははは」
二人の笑い声が響く。そして笑いが落ち着くと綾子が穏やかに言った。
「今度の人とは上手くやれるかも」
「だよね。綾子を見ていてわかるよ、愛されオーラが出まくってる」
「えー? 優美子オーラが見えるのー?」
「あら、あたしって意外と霊感あるんだよ」
「霊感とオーラは違うでしょう?」
「フフフ」
「アハハ」
そこで綾子は優美子に言った。
「1月までは軽井沢にいるけれど2月になったらこっちに戻って来るんだ。結婚したら世田谷に住むの」
「お、近い。じゃあこれからランチとかショッピングとか一緒に行けるね」
「うん」
「うちにも遊びに来てよ」
「ありがとう。じゃあうちにも来てね」
「うん、行く」
「私ずっと優美子に会いたかった……」
「泣かせる事言わないでよ。私だって綾子に会いたかったよ……」
「うん……」
そこで二人は同時に泣き出した。
「ほらっ、幸せ絶頂の女が泣いたらダメでしょう!」
「これは嬉し涙なの。ずっと会いたかった優美子に会えたから」
「バーカ、これからいつでも会えるよ。なんなら毎日お茶する?」
「フフッ、それもいいかもね」
「綾子」
「何?」
「本当に良かったね、婚約おめでとう! 今度は絶対に幸せになれるから」
「うん……ありがとう」
そこで二人は涙を拭くとニッコリと微笑み合う。
「さあてと、じゃあせっかくだからケーキでも食べようか? もう太ってもいいや」
「あれ、優美子ケーキ教室行って来たんでしょう? 作ったケーキ持って帰ってるんじゃないの?」
「あれは旦那に食べさせるわ。市場調査でお店のケーキもチェックしないとー」
「何それー! 食いしん坊なだけじゃん」
そこでまた声を出して笑う。
そして二人は腕を組むと再び注文カウンターへ向かった。
コメント
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婚約と 家族への報告も済み、パートは1月いっぱいで退職、2月から 仁さんとの生活もスタート👩❤️👨💖 家族にも 光江さんにも婚約を祝福され、優美子さんとも友情復活....幸せいっぱいの綾子さん🍀 仁さん原作のドラマの撮影が始まり、松なんちゃらは逮捕間近....👮🚓 ドラマの出来映えと 復讐の行方も気になり、これからますます目が離せませんね~😆🎶
綾子さんの最初の結婚って綾子さんはじめ家族全員が不本意ながらの結婚に思える…仁さんとの結婚は家族も手放しの喜びようてめでたし,めでたし🎉🎉🎉反対にあの男無闇矢鱈に女性に手を出すから身から出た錆なのにその事も解らない可哀想な人だわ。おじさんも自分も桜田門か検察庁に目をつけられてるんだから貴方のお世話所じゃ無いはず。結婚式はあそこの教会⛪️⛪️⛪️ねー。観光客装って見にいけるかな?😅😅😅
綾子さんと優美子さん✨二人の笑い声が聞こえてくるようで💖☺️