松明の火が中也の視界を覆い、熱が高くなって近付いて来る。
「っ!」
中也は死を覚悟したかのように、瞼を固く閉じた。
──────カランッ………
刹那、棒が地面に落ちるような少し明るい音が中也の耳に響く。
先程まで感じていた炎の熱が消え、今度は柔らかみのあるフワッとした何かが、中也を包み込んだ。
優しい温もりが伝わる。
睫毛を震わせて、中也はゆっくりと瞼を開けた。
「───えっ」
中也が目を丸くする。
「太宰……?」
口先からこぼれるように中也は太宰の名を呼んだ。
其処には中也の頭を抱え、村人達を睨んだ太宰が居る。
「今────此の松明で何をしようとしていた?」
腹の底から込み上げてくる怒りを抑えながら、太宰は自分の躰の奥深くから吐き出したような低い声で、村人達に聞く。
「そ………それはッ……」
村人達は後ろに数歩下がり、声を震わせながら目を見開いていた。
然し彼等は脳内で理解している。
今こうして目の前に居るのが、【妖狐様】である事に。
只、躰が追いついていないのだ。
「もう一度聞く」
太宰の瞳に、鋭い光が宿る。
村人達が躰を震わせた。
「今、中也に何をしようとしていたッ!!?」
全員の視界が縦に揺れる。振動が地面から伝わった。
「っ…!?」
反射的に中也は太宰の着物を掴む。
村人達は目を見開いて、突然の地震に倒れそうになった。
地面が割れ、叫び声に近しい唸り声が地面から響く。
ソレは正に────太宰の怒りを表していた。
「ょ…妖狐様ッ!如何か怒りをお鎮め下さいッ!!」
村人達は震える声でそう云うと、勢い良く頭を下げる。
「我々の無礼を御赦し下さいッ!!」
「如何か御慈悲をッ…!!」
頭を下げて蹲いながら祈願する村人達の躰は、酷く震えていた。
然し太宰の怒りは一向に増すばかりである。
太宰の怒りに共鳴し合うように、山は大地を揺るがした。
「慈悲だと…?」
怒りの籠もった鋭い目付きと、腹の底────其れこそ地獄の底から発したような低い声は、一文字一文字が殺意を帯びている。
村人達はびくりと躰を震わせ、目の前に立つ神体の存在を感性で感じ取った。
重圧していく畏怖(イフ)に、村人達は逃げ出したいと云う気持ちになりながらも、その重さに耐え忍ぶ事しか選択を選ばざる終えなかった。
「“私の贄”を殺そうとした分際でかい?」
その冷酷な声色は、顔を見ていない村人達ですら、恐怖によって死の目前を感じ取る程だった。
太宰はまるで怒りに全てを渡したかのように、躰を動かす。
静かな動作で、太宰は右手を前に出した。
──────ゾッ…!
厭な予感が、中也を包み込む。
云われていない彼でさえ、太宰の言葉を聞き恐怖に躰を縛られていた。
「…ッあ…………」
中也の声が掠れる。
今にも起こりそうな地獄絵図を止める為に、中也は手を伸ばした。
「太宰ッ!」
まるで自分に意識を向けさせるかのように、太宰の着物を中也が引っ張る。
目を見開きながら、太宰は中也に視線を映した。
中也は太宰に止めろとでも云うような視線を向け、躰を小刻みに震えさせていた。
「ぉ……俺は、ッ…………大丈夫だからっ!」
声を震わせながら中也は云う。
太宰の着物がシワ寄れる程、中也は震えた手で握りしめた。
「________…」
太宰は目を丸くし、瞼を固く閉じて拳を握りしめる。
暫くして、沈黙が過ぎ去った。
「………判った」
そう云って、太宰は村人達から中也を隠すように袖で覆い、山の方へと太宰と中也は歩いて行く。
何時の間にか地震は収まり、地面が唸り声を上げる事も無くなっていた。
そして今度は、白い霧が山の入り口を覆っていた。
まるで────太宰達を隠すように存在するように。
入り口に一歩這入ると、太宰は一瞬、村人達に視線を向けた。
『私の贄に二度と手を出すな』
其の言葉が、村人達の脳内に響いた。
***
中也の手を引っ張って、太宰は山道を歩く。何も話さずに、二人は歩いていた。
其の気不味さから、中也は別の汗を頬に流す。
土が被さるような音が響き続けた。
「…………………」
「…………………」
一つの古民家が見えて来る。
刹那、太宰は足を止めた。其れに沿うようにして中也も足を止める。
太宰は一呼吸置いて、静かに云った。
「私は、今まで贄に来た子供達に、君に云ったように村に戻れと云っていた」
まるで表情を悟らせなくするかのように、太宰は中也と顔を合わせないまま話す。
「でも、きっとあの子供達は、ちゃんと家に帰れなかったのだろう」
ゆっくりと太宰が振り返った。
何処か憂いた表情をした太宰を見て、中也は哀しみを帯びた表情して瞳を揺らす。
「君がされかけたように、村に戻っても殺されてしまったんだ。村の人間に」
太宰の言葉の意味を中也は理解していた。
「だからこそ、私が何度も贄は不要だと云っても、十年に一度────必ず生贄が送られてきたのだよ」
顔を俯けて、太宰は「酷いものだねぇ」と呟く。
「私は其れに気付かず、何百年も子供達を追い返し続け、死に追いやった」
今度は太宰の手が震えているのに、中也が気付いた。
「一番初めに来た子供は、十歳程の男の子だった」
太宰の言葉を、中也は静かに聞く。
「とても震えていてね、私が帰れと云った時、とても喜んでいたのだよ。本当は贄に等なりたくなかったのだろうね」
何処からか風が吹き、太宰と中也の髪をなびかせた。
「けれど村に戻っても、その子は殺されてしまったのだろう」
そう云った後、太宰は絞り出すような声で云う。
「九十七人────あの子供達が理不尽な死を遂げたのは……………全部、私の所為だ」
中也は目を見開いた。
そして喉元に何か言葉を躓かせた後、中也は太宰の手を握り返して云った。
「違ェ!太宰が悪い訳じゃねェ!全部あの村が悪いンだッ!!」
煌めきと揺らめきが、太宰の眼の前で起こる。
光を帯びた追憶と面影が、中也に重なった。
太宰は固く唇を閉じる。
「──────ッ」
刹那、太宰は中也を抱きしめた。
中也が目を丸くする。
「だっ……太宰ッ?」
中也を抱き締める力を、太宰は少し強くした。中也が太宰の表情を伺うように覗こうとする。
「っ!」
中也は目を見開いた。
今にも泣き出しそうな愁えた子供のような表情を、太宰がしていたのだから。
固く閉じた唇を震わせ、囁くように、けれども震えた声で太宰は云った。
「お願いだから────私の傍から離れないで」
中也は目を丸くした後、太宰の着物を握る。
「…………判った」
太宰を抱きしめ、ゆっくりと瞼を閉じて、中也は云った。
──────一匹の妖狐と人間の子供の、美しく儚い記憶となった暮らしの始まりである。
ご免、今回めっちゃ短い……。
そして朝投稿(笑)
コメント
7件
だ、太宰さんをそんなに追い詰めていたなんてあの村許せぬ...いや、でも待てよ...?あの村があって中也とかほかの生贄たちを♡♡♡てくれ他お陰で...ブツブツブツブツ ( ゚д゚)ハッ!とりあえず今まで可愛い子供たちを♡♡♡てきた村は一旦燃やそうか!(←子供好き)
めっちゃ好きです ありがとうございます