テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
目に見えないが、確実にバチバチとした火花が散っているような空気感がその場を支配した。
仁さんの声は普段よりも一段と低く、静かでありながらも
そこには有無を言わせないような強い圧が込められていた。
一方の朔久も、表情は変わらないものの
その瞳の奥には明らかな独占欲がギラついていた。
お互い一歩も引かない、そんな二人の間で、張り詰めた空気が肌にチリチリとたるように感じられた。
なんとなく、これ以上二人が言い合ったら良くない、という直感が働いた。
その空気を読み取った俺は、なんとかこの場を穏便に収めようと二人の間に割って入るように
仁さんと朔久の間に立ち、朔久に視線を向けながら言った。
「その…ありがと、朔久。でも、今日は仁さんと来てるから…また今度、教えて欲しいんだけど、だめかな?」
朔久は一瞬だけ複雑そうな表情を見せたが、すぐに笑みに変えた。
「…それもそうだね。楓が言うなら、わかった」
そう言うと、朔久は仁さんの顔を一瞬じっと見た後、くるりと踵を返した。
そして去り際に一言だけ呟いた。
「また今度誘うね」
その言葉に俺はうんと頷いて答えた。
朔久が去っていく後ろ姿を見つめながら、その背中が小さくなって見えなくなるまでじっと見つめていた。
「…本当に楓くんって天然だな」
仁さんが、ぽつりと言葉を漏らした。
「え?どういう意味ですか?」
言葉の意味がわからず聞き返すと、仁さんは苦笑いを浮かべる。
「いいや、なんでもない」
その後
しばらく滑っているうちに段々とコツを掴んできて、俺も仁さんもある程度自由に動けるようになってきた。
最初は少し緊張していたけど、慣れてしまえば楽しいものだった。
スケート場を後にした俺たちは少しひんやりとした外の空気に触れ、ホッと一息ついた。
スケートで消耗した体に、温かい飲み物と甘いものが恋しくなる時間帯だった。
再び将暉さんの車に乗り込み、一旦旅館に戻ることに。
しかし時刻は午後3時
このまま箱根湯本温泉ホテルおかだまで車で1時間半ほどかけて帰るのもいいが
将暉さんが地図アプリを見ながら提案してくれた。
「んー、ちょっと休憩しようか。この時間だし、近くのコメダ空いてるはずだよ」
将暉さんの提案に、全員が賛成した。
数分車を走らせると、見慣れたログハウス風の建物、コメダ珈琲店が見えてきた。
イオンモールの一角にある店舗らしく、店内は広々としている。
店内に一歩足を踏み入れると、外の喧騒が嘘のように静かで、落ち着いたジャズがBGMとして流れている。
ふかふかのソファ席に案内され、4人でゆったりと腰を下ろした。
それぞれの席の間には仕切りがあり、他のお客さんの視線を気にせず
プライベートな空間でくつろげるのが嬉しい。
メニューを広げると、写真付きで美味しそうな料理やデザートがずらりと並んでおり
コメダは何回か通っているが、どれもこれも魅力的に映った。
俺の目は迷うことなく「ビーフシチュー」に釘付けになった。
その濃厚そうな見た目に惹かれ、店員さんが注文を取りに来るなり
ビーフシチューとミニサラダを注文し
さらに食後のデザートとしてシロノワールも追加。
飲み物には温かいコメダブレンドを選んだ。
俺が注文を告げると、仁さんが俺の食欲に楽しそうに笑い、仁さんは軽めに自慢のドミグラスバーガーとコメダブレンドを頼んだ。
将暉さんもすぐに決めたようで、コメダグラタンとミニサラダ、飲み物には紅茶ストレートを注文する。
瑞希くんは甘いものも好きだが、軽食も選びたい様子で
しばらくメニューとにらめっこしてから、あみ焼きチキンホットサンドと紅茶ミルクを注文していた。
それから間もなく、香ばしい匂いと共に料理が次々と運ばれてきた。
俺の目の前には、熱々のビーフシチューがぐつぐつと音を立てており、ミニサラダの緑が鮮やかに映えていた。
仁さんのドミグラスバーガーは手にずっしりとくるボリューム満点で
将暉さんのグラタンも熱気を帯びて湯気を立てている。
瑞希くんのホットサンドは、こんがりと焼き色がついていて
見ているだけで食欲をそそるものだった。
瑞希が目を輝かせながら、運ばれてきた料理の全てが美味しそうだと感嘆の声を上げた。
「うわ…っ、全部美味しそう」
将暉さんが紅茶を一口すすりながら、今日の出来事を振り返るように口を開いた。
「いやー、それにしてもスケート、楽しかったね。じんがまさかあんなに滑れるとは思わなかったけど」
仁さんはコーヒーカップを傾けながら、少し照れくさそうに笑った。
「たまたまだ」
「てか2人とも派手に転んでたときあったじゃん」
瑞希くんの視線が俺と仁さんに向けられ
その言葉に、また耳の奥が熱くなるのを感じた。
あのスケートリンクでの密着した状況が脳裏に鮮明に蘇り、胸のあたりがゾワゾワと落ち着かない。
この変なドキドキは、ビーフシチューを食べて体温が上がっているだけだろうけど
「だ、大丈夫です!仁さんが庇ってくれたんで、どこも打ってないし…むしろ、すみませんでした!」
俺が慌ててそう謝ると、仁さんはコーヒーカップを置いた。
「気にしなくていい」
仁さんが優しく言ってくれた。
その顔に、また変な動悸がする。
なんだろう、この感覚
別に恥ずかしいわけじゃない、はずなのに…
「でも、なんかじんと楓くん誰かと揉めてなかっ
た?」
将暉さんが、スケート場での朔久との遭遇を話題に出した。
その言葉に、俺とさんの間に一瞬、微かな緊張感が走るのを感じた。
瑞希くんは、きょとんとした顔で将暉さんを見て
ハッとしたように声を上げた。
「俺見たけど、あれ色川じゃん」
仁さんは黙って俺と瑞希の会話を聞いている。
「今日は、たまたま会ったんだよ」
俺は誤魔化すように、ビーフシチューを一口食べながら、そう答えた。
トロトロに煮込まれた牛肉と、濃厚なデミグラスソースが口いっぱいに広がる。
しかし、将暉さんは気になったようで
「今日?」
将暉さんの疑問に、俺は観念して正直に話すことにした。
「実は昨日、仁さんと売店見てるときにも会ったんです。なにやらあっちも友達と旅行来てるっぽく
て」
俺の言葉に、瑞希くんの目が一層キラキラと輝き始めた。
「えっなにそれ、監視されてたりして~、あの色川ってて見るからに独占欲強そうだし?」
瑞希くんは、相も変わらず楽しそうにニヤニヤしながら俺の反応を伺っている。
朔久がそんなことをするはずはない、と分かっているのに
仁さんの前でそう言われると、なんだか心臓が妙に騒ぐ。
「さ、朔久はそんなんじゃないって!」
俺は慌てて否定した。
しかし瑞希くんは「ふーん?」と、まだ疑っているような顔で俺を見ていたが、すぐに興味を別の方向へ向けた。
その視線が、まるで獲物を狙うように俺に突き刺さる。
「……まあどーでもいいけど、復縁はどーなったわけ?」
唐突な質問に、俺は固まった。
そういえば、朔久からの復縁の申し出に対して、まだきちんと返事をしていないのだった。
頭の中では「どうするべきか」という思いが漠然と
あり
正直なところ、今はそれどころではないというのが本音だった。
「……してないよ」
俺がぼそっと答えると、瑞希くんはさらに食い下がってきた。
その言葉の刃が、俺の弱点を的確に突いてくる。
「え、できるかできないか返事したの?」
瑞希くんの言葉に、俺は一層焦る。
仁さんと将暉さんが、静かに俺たちの会話を聞いているのがわかる。
この状況で、曖昧な返事をすること自体が、すでに朔久に対して失礼なのではないかという罪悪感が募る。
「ま、まだ、だけど…早くしなきゃとは思って…」
曖昧な返事しかできない自分に、なんだか情けなさを感じた。
そう感じた次の瞬間
瑞希くんの容赦ない言葉が突き刺さる。
「好きなら即答してるでしょ。あんたってそんな簡単なこともわかんないバカなの?」
その言葉は、まるで氷のエッジのように鋭く、俺の胸に突き刺さった。
バカ、とストレートに言われたことに、一瞬カチンと来たが、それ以上に胸が痛んだ。
「……ば、バカって…」