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俺の言葉を遮って、瑞希くんはぴしゃりと言った。
「自分の気持ちわかんないのは仕方ないけどさ、相手の気持ちくらい考えたら?」
その表情には、呆れと、そして少しの苛立ちが混じっているようだった。
俺は言葉に詰まった。
瑞希くんの言葉は、あまりにも正論だったからだ。
ぐうの音も出ない。
頭の中で、朔久が優しく「待つよ」と言ってくれた時の顔が浮かんだ。
彼の優しさに甘えて、ずっと曖味な態度を取ってきたのは事実だ。
朔久がいくら待つと言ってくれたからといって
もしかしたらもう一度好きになれるかもしれないという淡い期待に依存して朔久に甘えてたのは事実だ。
そんな俺を見て、瑞希は呆れたようにため息をついた。
「あんたさ、自分のことしか考えてないんじゃない?」
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃だった。
まさにその通りだ。
自分の気持ちばかりに囚われて、朔久の気持ちを真剣に考えていなかった。
彼がどれだけ待ってくれていても、それは俺の都合の良い甘えだったのだ。
「ちょっと瑞希、言い過ぎじゃない……?」
将暉さんが瑞希を宥めるが、瑞希くんの言葉はあまりにも正論だった。
どうして今まで気づかなかったんだろう、という後悔の念が押し寄せる。
「確かに瑞希くんの言う通りだ…俺、朔久の言葉に甘えてたのかもしれない…っ、馬鹿すぎる」
そう言って俺は、自分の両頬を奮い立たせるように軽く叩いた。
その瞬間、迷いが吹っ切れるような感覚があった。
そんな俺に一同が驚いたが
自分の気持ちに、そして久の気持ちに、ちゃんと向き合おうと思えた。
「ありがとう瑞希くん……朔久、明日までいるらしいし、直接会ってちゃんと話してこようと思う」
俺がそう言うと、瑞希はバツが悪そうにそっぽを向いた。
「は?……べ、別に。俺は事実言っただけだし…あんた意味不すぎ…普通お礼言わないでしょ」
将暉さんとさんが、そんな瑞希くんの様子にクスッと笑い出した。
その笑い声に釣られて、俺も笑いがこみ上げてく
る。
「…瑞希くんってやっぱりいい子なんだね」
「は、はあ?言っとくけど俺とあんた2歳差だから
ね?!ガキ扱いすんなし!」
瑞希くんは顔を真っ赤にして反論する。
そんな瑞希くんに、将暉さんも仁さんも声を上げて楽しそうに笑った。
コメダ珈琲店の温かい雰囲気の中で
俺の心に刺さった瑞希くんの言葉は、確かな決意へと変わっていった。
コメダ珈琲店を出て、午後5時頃に再び車に乗り込み、旅館へと向かう道中
将暉さんの運転で車はスムーズに進む
俺が後部座席で仁さんの隣に座って、窓の外の景色を眺めていたとき
コメダで温かいコーヒーを飲んで、心身ともに落ち着いたはずなのに
じんわりと体の芯から熱がこみ上げてくるような違和感を覚えていた。
それは、単なるカフェインのせいではない
もっと内側から湧き上がるような熱だ。
体の表面だけでなく、内臓が熱いような感覚
それに、なんだか体もだるくて、嫌な予感がする
じわりと額に汗が滲むのを感じる。
倦怠感も襲ってきて、体が鉛のように重い。
これは、まさか───
俺はそっと、ポケットに忍ばせていた抑制剤に手を伸ばす。
まだ少し早いかと思っていたが、どうやらヒートが来てしまったようだ。
冷や汗が背中を伝う。
まずい、こんなところで。
旅行中、しかも車の移動中にヒートが来るなんて最悪だ。
と、そんなとき
隣に座るさんが、俺の異変に気づいたのか
そっと顔を覗き込んできた。
「楓くん…さっきから顔色悪いけど、どうした?」
仁さんの声は心配そうに響く。
将暉さんもルームミラー越しにちらりとこちらを見たような気がした。
俺は必死で平静を装おうとするが、額に貼り付いた前髪と、乱れる呼吸がそれを許さない。
「だ、大丈夫です…ちょっと、暑くて…」
ごまかそうとするが、体は正直だ。
喉がカラカラに渇き、内側から熱が上がってくるような感覚が全身を支配する。
息がだんだん苦しくなってきた。
抑制剤を飲まないと、もっと辛くなる。
俺は、誰にも気づかれないようにそっとボトルを取り出し、水を一口含んで薬を飲み込んだ。
これで、しばらくは抑えられるはずだ。
しかし、薬が効き始めるまでには少し時間がかか
る。
その間も、体は熱くなり、意識が朦朧としてくる。
隣の仁さんも、俺の様子から何かを察したのか
表情が険しくなった。
「もしかしてさ……ヒート来てる?」
仁さんの、低く、しかし確信を帯びた問いかけに、俺はビクリと肩を震わせた。
隠していたつもりなのに、なぜだろう、この人はすぐに気づいてしまう。
否定する言葉が見つからず、ただ小さく頷くことしかできなかった。
仁さんは小さく息をつくと、心配そうな顔で言った。
「辛いなら横なっていいよ」
そう言って、自分の膝をトントンと叩く。
その視線は優しく、まるで迷子を導くかのようだった。
「え…ひ、膝枕?」
俺は思わず首を傾げた。
まさか仁さんにそんな提案をされるとは思わず
心臓が大きく跳ねた。
顔が熱いのはヒートのせいか
それともこの予想外の提案のせいなのか
もう自分でも分からなかった。
「少しは楽になると思うから、枕替わりになればい
んだけど」
仁さんの言葉は優しく、拒否する余地を与えなかった。
ヒートで朦朧とする意識の中
その優しさに甘えたい気持ちが強くなる。
俺は、ためらいながらも靴を脱ぎ、ゆっくりと後部座席に横になった。
仁さんの膝に頭を預けると、ふかふかのクッションよりも心地よい感触が伝わってくる。
じんわりと伝わるさんの体温と、心地よい揺れ。
それに加えて、仁さんから漂う、どこか安心するような匂い。
その匂いを嗅いでいると、ヒートの不快感が不思議と和らぐような気がした。
すると、仁さんは運転席の将暉さんに向かって
『マサ、なんかブランケットか毛布あるか?』
と尋ねていて
『それなら瑞希のために常備してる毛布とか後ろにあるから好きに使っていいよ』
なんて用意周到な言葉が返ってくると、仁さんは利き腕を後ろに回して顔だけで振り向き、毛布を手に取ると、それを俺にかけてくれた。
そのお陰か、頭がれるような熱も、体のだるさも少しずつ遠ざかっていく。
ドキドキしながらも、その匂いに包まれて、俺はいつの間にか深い眠りに落ちていった。
仁さんの膝に頭を預けているという状況は、普段の俺なら絶対にありえないのに
今の俺にはそれが、この上なく安心できる場所だった。
夢うつつの中で、誰かの優しい手がそっと俺の髪を撫でていたような気がしたが
それが誰だったのかは、深い眠りの中へと消えていった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
車の揺れが止まり、カタンとドアの閉まる音がして、俺はゆっくりと目を覚ました。
薄暗い車内から、明かりがぼんやりと見えている。
「…ん…っ、あれ……」
まだ完全に覚醒しきっていない頭で状況を把握しようとする。
ぼんやりと仁さんの顔が目の前に見え
まだ彼の膝の上に頭を預けていることに気づいた。
途端に、心臓がバクバクと音を立て始める。
「あ、楓くん…」
仁さんが俺の目を見て、少しだけ困ったように
でも優しい声で言った。
その声が、心地よく耳に響く。
「あっ、やっと起きた」
助手席の方から瑞希くんの声。
「な、なんで俺仁さんの膝で、あっ、そうだ…たしかヒートきて……」
そこで、車内でヒートが来て仁さんの膝に頭を預けて眠ってしまったことを全て思い出す。
顔がカーツと熱くなるのを感じた。
仁さんは少し照れたように視線を外した。
「ちょうどいいね、いま旅館着いたとこだよ」
将暉さんの言葉で、旅館に到着したことを知る。
俺は慌ててさんの膝から頭を上げ、体を起こした。
まだ少し気まずい空気が残る中、車を降りて、四人で連れ立って部屋へと戻った。
部屋に戻るなり、俺たちはすぐに浴衣に着替えた。
午後6時からの夕食バイキングの時間だ。
浴衣姿でぞろぞろと食事会場へ向かう。
朝食と同じく、夕食も1日目同様に豪華なバイキング形式で
新鮮な海の幸から、地元の食材を使った料理まで、彩り豊かな料理がずらりと並んでいた。