翌日、花梨は自宅にいた。
柊が「明日もデートするか?」と誘ってくれたが、花梨はそれをあえて断る。
行きたい気持ちは山々だったが、疲れている柊を休ませたいという思いの方が強かった。明日からまた仕事なので、課長である柊には、今日一日ゆっくり休んでもらいたい……そう思っていた。
花梨は朝食をとりながら、この二日間のことを振り返る。そして、静かに余韻に浸っていた。
思い返してみると、まるで映画やドラマのヒロインになったような気がする。
柊と過ごした時間は、信じられないほど衝撃的だったからだ。
(思い出すだけで、おかしくなりそう……。まさか、課長とあんなことになるなんて……)
花梨は、信じられない気持ちのまま、食べかけのトーストを口に入れた。
朝食の片付けを終えてから部屋の掃除をしていると、ダイニングテーブルの上にある携帯がブルブルと震えた。
「誰だろう?」
メッセージを見ると、親友の御園紗世からだった。
恋人の田原幸次とゴールイン間近の紗世は、先日の土曜、彼女の誕生日に合わせて二人で旅行に出かけていた。
(そういえば、プロポーズはどうなったんだろう?)
その日仕事が早く終わりそうだからと、紗世は花梨を夕食に誘ってきた。
花梨はすぐにOKの返事を送り、夕方になると待ち合わせのレストランへ向かった。
「花梨、急でごめんねー」
「ううん、大丈夫だよ。それより、例の件はどうなった?」
「ふふっ、順を追って話すわ」
「ということは、プロポーズされたの? わぁ~楽しみ~! あ、その前に、紗世、お誕生日おめでとう」
花梨は用意していたプレゼントを紗世に渡した。
「ありがとう! 何だろう? 開けてもいい?」
「もちろん」
紗世は嬉しそうにリボンを解いて包みを開ける。中には、花梨が愛用している店の練り香水、ボディクリーム、ハンドクリームが入っていた。
紗世はバラの香りが好きなので、すべてローズの香りで揃えた。
「うわあ~、これほしかったんだ~、花梨、ありがとう」
「喜んでもらえてよかったよ」
「しつこくない優しい香りがいいんだよねー。嬉しい! さっそく明日から使わせてもらうわ」
「あ、あと、これは出張のお土産」
花梨はもう一つ袋を渡した。中には、白馬で買ったバウムクーヘンが入っている。
「これって出張の?」
「そう、白馬の。そこのバウムクーヘン美味しいんだって」
「ありがとう。今夜、幸次が来るからデザートでいただくね。あ、私も旅行のお土産持ってきたんだ」
紗世も土産の袋を花梨に渡した。
「クッキー? わぁ、ありがとう! 嬉しい!」
紗世は花梨がクッキー好きなのを知っていた。
それから二人は、メニューを見て料理を注文した。
創作イタリアンの店なので、二人ともシェフおすすめのコースを頼んだ。
「で、プロポーズはどうだった?」
「ふふっ、食事の時にプロポーズされたわ。まるで映画のワンシーンみたいにね」
「わぁっ、素敵! 幸次さんってロマンティストだもんねー。おめでとう、紗世! あー、なんか感慨深いわ。二人がつき合い始めた頃から知ってるからねー」
「ありがとう。で、旅行から帰ってきて、さっそく婚約指輪を買いに行ったわ」
紗世が差し出した左手には、美しいダイヤモンドの指輪がキラキラと輝いていた。
「すごく素敵じゃない!やっぱりダイヤの婚約指輪は王道ね~」
「ありがとう。なんか、指にずっしりとくるから緊張するよ」
「高価な指輪なんだもの、そりゃそうでしょ。でも、心配だなー。紗世はしょっちゅう物をなくすから、落とさないように気をつけてよ」
「ひどーい! 私そんなにドジじゃないもん!」
「そうだっけ? 昔、幸次さんからプレゼントされたブレスレットをなくして、大騒ぎしてたのは誰?」
「あ、あたしだ……」
そこで二人は声を出して笑った。
その後は、紗世の旅の話や結婚の話で盛り上がる。
花梨は、紗世の結婚に向けての具体的な予定についても聞かせてもらった。
親友の幸せそうな姿を見て、花梨は感慨深い気持ちになる。
(本当に良かった……)
花梨は心の中でそう思いつつ、紗世にこう言った。
「紗世の幸せそうな笑顔を見ていたら、こっちまで嬉しくなるよ」
「ご両親の離婚で結婚に夢を抱けなくなった花梨も、少しは結婚したくなった?」
「うん……。正直、少しいいなって思ったよ」
意外な答えが返ってきたので、紗世は驚く。
両親の離婚に憤慨し、元彼と別れたばかりの花梨が、そんなことを言うとは思ってもいなかったからだ。
「お? どうした? 心境の変化?」
「ううん、そういうんじゃないけど……」
そこで紗世はピンときた。
「もしかして、いい出会いでもあった?」
「う、ううん……何もないよ」
「またあ、ごまかしてー! 嘘だって顔に書いてあるよ。こらっ、花梨、正直に話しなさい!」
紗世に隠し事をしても無駄だと思った花梨は、正直にすべてを白状した。
「ええーっ! まさかの転職先で『イケメン王子課長』をゲット!? 花梨、やるぅ~」
「『イケメン王子課長』とか言うのやめてよ」
「ごめんごめん、つい興奮しちゃった。でも、まさかの展開なんだもん、誰だって驚くよ!」
「自分が一番驚いてるよ」
「で? で? 何が要因なの? 『イケメン王子課長』のどんなところが、花梨の頑なな心を打ち砕いたの?」
「うーん……初めてだったの。守られてるっていう感じ? そういうのって、今まで感じたことがないからさ」
少し戸惑いながら話す花梨を見て、紗世は優しく微笑みながら言った。
「いいんじゃない。花梨はずっと一人で頑張ってきたんだからさ。ようやく羽根を休められる場所を見つけられたんだもん、素直に甘えればいいんだよ。あ、でも、花梨は甘えるのが下手だからなー」
「あ、それ、課長にも言われた。『君は甘えるのが下手』だって。自分ではそんな風に思ったことないんだけどなぁ」
すると、紗世はクスッと笑って言った。
「その課長さん、よく分かってるじゃない、 花梨のこと」
「わかってる? そうかなー?」
「花梨は甘え下手だから、いつも自分の方が気負っちゃうんだよね。そうすると、相手がどんどん調子に乗って甘えてくる。それで、いつもうまくいかなくなるでしょう? でも、それを最初から分かってくれてる相手っていうのは、すごくいいんじゃない? その人は、花梨の性質を短期間で見抜いたんだね……すごいな。なんか、安心した」
「そう……なのかな?」
「絶対そうだよ。あー、でもよかった。花梨の傍にそんな頼もしい人がいてくれるなら、私は安心してお嫁に行けるわ」
「何よそれ! それじゃあまるで私が手のかかる子供みたいな言い方じゃない? あ~、なんか複雑~」
「あはは、だってそうでしょう? 花梨は気が強いから、危なっかしくて放っておけないもん」
「ひどーい、もうちょっとオブラートに包んで言いなさいよー」
「やーよ! 長年連れ添った親友なんだもん、遠慮なく言わせてもらうわ!」
二人は顔を見合わせると、笑顔を浮かべ声を出して笑った。
そして、結婚が決まった紗世と、そこへ一歩近づいた花梨は、美味しい料理を味わいながら楽しい夜のひとときを過ごした。
コメント
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私も柊さんはデートする気満々だったと思うな〜! すでに花梨ちゃん不足でエネルギー切れ、明日会社の非常階段にずずっと連れて行かれてむぎゅう〜チュッチュッ💗されちゃうかも🤭 スリスリ(*´>ω<))ω<`*)ムギュー♡溺愛開始だよ〜🥰 花梨ちゃんは甘えることからだね〜ねぇ紗世ちゃん!😉
デートしたくてたまらない柊さん。 でも彼の体調を気遣って1人過ごす花梨ちゃん。 花梨ちゃんの心は完全に柊さんのものですね😍😍 結婚が決まった紗世ちゃんに一歩近づいたと気付く花梨ちゃん。柊さんとの新しい生活ももうそこにあるような💕💕💕
楽しい時間を過ごして仕事も頑張れそう。 2人とも幸せになって欲しい❣️