ともあれ、先方の居所は判明した。
あとは、接触の方法。 どのようにして、その境界へ向かうかについてだが、どうやら入り口があるらしい。
「この辺だと、高羽神社だな」
「え……? あそこって、そんな感じなの?」
高羽神社と言えば、市内で最も大きな規模を誇るお宮だ。
在所は旧国道に面しており、日夜車通りの絶えない、どちらかと言えば騒がしい場所柄である。
異界へ通じる門を擁するには、いささか日当たりが良すぎる印象を否めない。
「なんだよ? もっとこう、あれか? 暗い場所でも想像したか? 昼間でも薄暗いような」
「うん。 まさに」
「そんなもん漫画の中だけよ。 そりゃ、土地によっちゃそういうトコもあるかも知んねえが」
彼が言うと、非常に含蓄があるように聞こえるのは、その“らしからぬ”性格によるところか。
いや、今さら神さまの気性に触れるのも無粋だろう。
「高羽神社か………」
「つっても、いつでも通れるって訳じゃねえぞ?」
「一日に二度、開いてるタイミングがあるんですよ」
「タイミングって言うと、どういう? 時間?」
「うん。 午前と午後の八時台」
時計を見る。 午後六時をすこし過ぎた辺りだ。
あと二時間もしない内に、あの見慣れた神社の境内に、異界へ通じる門が出現すると。
「悪いけど、頼んでいいか?」
「ん、いいよ。 お父はどうするん?」
「俺は後で春見大社に行ってみる」
普段の私なら、何を置いても飛びつきそうな話題であるが、今回ばかりはさすがに。
この世とあの世の狭間。
きちんと行って帰れる仕組になっている様子とは言え、やはり人の身で訪れるべきではないような気がする。
過日、“人影”の一件を通じて、私は改めて友人たちの側に居ると決めた。
けれど、決して自分の立場を忘れた訳じゃない。
有事に際して、身を守る術を持たない以上、考えなしに突っ込んで行くほど向こう見ずではないし、そんな度胸もない。
それが異界ともなれば尚更だ。
「あとは、ちぃ坊。 お前も行ってみるか?」
「は………?」
「気になんだろ? 顔に書いてらぁ」
思いがけず指名を受け、たちまち頭の中が混乱した。
彼のほうから、こんな提案をするのは珍しい。 と言うより、普通ならあり得ない。
完全に慮外の発言だ。
『引き返したほうがいいんじゃねえか?』
人間たちを慮ってくれた過日の言葉も、いまだ記憶に新しい。
「時間的に……、オメーらは外で食った方がいいな」
「了解。 どこかでご飯食べて、そのまんま行く感じね?」
「ちょっと? あの………」
言いよどむ内に、段取りの方はトントン拍子で進んでゆく。
その最中、幼なじみがおずおずと申し出た。
「千妃ちゃんが行くなら私たちも」
「や、悪い。 こっち手伝ってくんねぇか?」
「あ、そっか。アイスクリーム……。 けどなぁ……」
「まぁ、穂葉ちゃん一緒なら大丈夫だろ。 あんまし無茶すんなよ?」
そう、そちらが本来の用向きだ。
今日はそのつもりで店を訪れた。
まかり間違っても、“ちょっと異界行ってこいや”なんて言われる筋の話じゃない。
このとき初めて、史さんの精神構造が、私たちとは大幅に異なっていることを痛感した。
「うんうんー! これでとりあえず一安心だねー。 じゃあ、私はそろそろお暇ー──」
「おいコラ帰んな。オメーも手伝え」
「えー………?」
「アイス、どれでも好きなモン持ってっていいから」
本当に、このヒトはよく分からない。
もっとも、この人選について、取り立てて異を唱えようとしない辺り、こちらも他所さまの事をどうこう言えた義理ではなく。
私は私の本心すら、よく解っていなかったのかも知れない。