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時を移して、宵の高羽神社、その境内である。
あの後、班分けに従って行動を開始した私たちは、旧国道沿いのファミレスで夕食を済ませ、その足で現地へ赴いた。
「こっちですよ?」
「うん………」
友人の後を追い、境内の一角に坐す稲荷社のほうへ向かう。
時刻は、午後7時55分。
もう間もなくだ。 あと5分で、“あちら”へ通じる入り口が露わになる。
それらの詳細について、彼女の口が多くを語ることは無かった。
サプライズのつもりか。 そういった心尽くしはありがたいのだけど、場合が場合だけに、もう少し情報をね?と、そんな事を考える私もいるわけだ。
神社に面する旧国道の交通量は相変わらずで、それなりに騒音がする。
けれど、神韻とした物が立ち込める境内にいると、その騒音すら、まるで遠い世界の出来事のように感じられた。
「こっち?」
「そう、こっち」
小振りな社を迂回して、後方に聳える神木のもとへ歩む。
根本は大きく二裂しているが、頭上の幹はきちんと癒着しており、一本の大樹の巨影を保っている。
いわゆる、連理木と呼ばれる形状だ。
「ここですよ。 ここに入り口が」
「へぇ………?」
彼女が示す先を、まじまじと見る。
変哲のない樹木の裂け目。 特に不自然な所は見当たらない。
すぐに“おや?”と思った。
なにも無いのだ。
いくら宵闇の境内とは言え、それなりの大動脈がすぐ側を通っている。
町の灯りだって、郊外とは比ぶべくもなく皓々としている。
にも関わらず、裂け目の奥は完全な暗がりで、星のない夜空を見ているような気分だった。
そんな暗がりの向こうから吹いてきたものか、生暖かい風が、ぬるりと頬を撫でた気がした。
「そんじゃ、行きますか?」
そう言って、友人がこの裂け目に身を滑り込ませた。
「あ、そういう感じなんだ?」
我ながら、何とも捻りのない感想を吐いたものだと思う。
無理もないと言えば、その通りかも知れない。
たとえば、光り輝く門であったり、内部が明るみに照らされた障子戸であったり。
そういったファンタジーな光景を、少なからず想像していた私がいる。
けれど、現実はこの通りだ。
日常と非日常の境目とは、割合に希薄なものなのかも知れない。
そんな事を、ふと思った。
「……胸が支えて、動けない」
「はぁ?」
「や……、言うだけなら無料かなって………」
夏夜のテンションによるものか、あるいはこちらの緊張を悟ってか、友人が自ら明かしたコンプレックスは、聞かなかったことにする。
何よりも、今はまず確認が必要だ。
「本当に、私も行って大丈夫?」
そのように問うと、彼女はキョトンとして小首を傾げた。
大樹の根本に、身体を挟み込んだまま。
なかなかにシュールな絵面ではあるが、剽軽なものが首を擡げる余地はない。
「ん、ホントぜんぜん大丈夫ですよ? 相手は神さまだし、何もあぶないことは」
「あ、違う……」
たしかに、それも重要ではある。
この世とあの世の境目。 本来なら、恐らく人間が立ち入るべきではない場所。
友人たちは“安全”と言うけれど、それが果たして私たちにも通用するかどうか。
危機管理を怠って事に臨むのは、単なる捨鉢でしかない。
ゆえに、向こうの状況を洗い出しておく事は、この局面においてたしかに重要である。
重要ではあるが、今はそれ以上に
「ほのっちに、迷惑が掛かったりしない?」
いま大切なのは、むしろリスク管理についてだ。
何かしら事が起こった場合、それに対処する力が、残念ながら私には無い。
業腹だが、すべて彼女に押しつける形になってしまうだろう。
情けない話である。
“友達”を語っておきながら、私の立ち位置は、彼女のずっと後ろにある。
「迷惑……? あ、そういう……」
これに対し、友人は得心した様子で眉根を持ち上げた後、にんまりと笑んでみせた。
「望月さんも大人になったんですねぇ」
どうにも嬉しそうに、そんな事を宣う。
それは、きっと誤解だ。
大人じゃないから、こんな所までノコノコ付いて来てしまった。
「心配を掛けられるのは、ちょっとアレだけど……。 迷惑なら幾ら掛けてもらっても平気ですから」
「ん…………」
まるで慈母のような口振りで、そんな事を言う。
彼女と対等に肩を並べるのは、やはり容易なことじゃない。
分かってはいるが、こうも真面に突きつけられると、なんだかモヤッとする。
もちろん、それをあえて口にしたところで、事態が進展するはずもなく。
かえって自分の子供っぽさを、露呈する結果になるだけだろう。
そんな私の心底を見越したように、彼女はこちらの手をそっと引いた。
「ゆっくり行きましょう。 服、引っ掛けないように、ね?」
「うん……。 だね」
どうやら、腹を括るしか無いようだった。
この際、あちらの危険性について、あれこれ考えるのは止そう。
今は、ただ一点。
仮に、自分が何らかの危機的状況に陥ったとしても、せめて彼女の足手まといにだけはならないように。
そんな風に念じつつ、私は友人の手が導くまま、当の“入り口”を利用した。