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辺境の街「灰かぶり街」。ここでは希望よりも安酒の方が安く手に入る。 場末の酒場の隅で、一人の男が泥酔していた。ボロボロの灰色のコートを纏い、無精髭を生やしたその男――カイルは、かつて王国騎士団の若き獅子と呼ばれた面影など微塵もなかった。
「おい、そこのシケたツラした兄ちゃん。酒代が足りねえぞ」
酒場の用心棒たちがカイルを取り囲む。カイルは濁った瞳で彼らを見上げ、力なく笑った。
「……あいにくだが、金はさっきの最後の一杯で使い果たした。代わりに俺の命でも持っていくか?」
用心棒が苛立ち、カイルの首筋を掴み上げる。その時、コートの襟から覗いたのは、不気味にうごめく漆黒の紋章――**『叛逆者の烙印』**だった。
「ひっ……! 貴様、この紋章は……三年前の『血の祝祭』の生き残りか!」
用心棒たちは震え上がり、カイルを突き飛ばして逃げ出した。カイルは冷たい床に転がりながら、疼く烙印を忌々しそうに押さえた。 かつて親友ゼノスに裏切られ、全ての部下を殺された夜。カイルは「仲間を売った裏切り者」としてこの呪いを刻まれ、全てを失ったのだ。
その夜、街の外れで轟音が響いた。 聖教会の輸送隊が、正体不明の魔物――あるいは山賊に襲撃されたのだ。カイルは関わるまいとしたが、風に乗って届いた「魔力」の香りに足が止まった。それは、かつて彼が戦場で何度も嗅いだ、高純度の禁忌魔術の匂いだった。
燃える馬車の残骸の中で、カイルはそれを見た。 巨大な鎖で縛られた、純白の**「鉄の棺」**。 襲撃者は全滅しており、棺の蓋は衝撃で半ば開いていた。
中から這い出してきたのは、雪のように白い髪と、深い蒼色の瞳を持つ少女だった。彼女は裸足で、その体には無数の魔術的な刻印が施されている。
「……ここは、どこ……? あなたは、だれ……?」
少女の瞳には、一切の感情がなかった。だが、その背後から再び聖教会の追撃隊――「鉄の規律(アイアン・コード)」が姿を現す。
「発見した! 遺体番号零号、『魔王の心臓(リセット)』だ! 抵抗するなら破壊も辞さない、確保せよ!」
「逃げな、お嬢ちゃん」
カイルは少女の前にふらりと立ち塞がった。
「おい、烙印持ちの浮浪者。死にたくなければそこをどけ。それは聖教会の所有物だ」
騎士たちの嘲笑。カイルは腰に差した、手入れもされていないボロボロの錆びた剣をゆっくりと抜いた。
「所有物、か。……昔から気に入らなかったんだよな。お前ら教会の、その傲慢な物言いが」
カイルの瞳から濁りが消える。一瞬で空気が凍りついた。 次の瞬間、カイルの姿が消えた。
「なっ――!?」
最前列にいた騎士が、反応すらできずに吹き飛ぶ。錆びた剣とは思えない、凄まじい斬撃。 それはかつて王国最強と恐れられた剣技『一ノ型・瞬光』。
「……腕が鈍ってやがる。だが、お前ら程度ならこれでも過剰摂取だ」
カイルは一人、また一人と、教会の精鋭を「掃除」していく。泥酔していた男とは思えない、洗練された死の舞踏。 少女――リセットは、その背中をじっと見つめていた。今まで自分を「物」として扱わなかった人間など、一人もいなかったからだ。
全ての追手を退けたカイルは、折れかけた剣を鞘に戻し、リセットに向き直った。
「名前は?」
「なまえ……。番号なら、ある……」
「番号じゃねえ、名前だ。……リセット、だったか。さっきの奴らがそう呼んでたな」
カイルはぶっきらぼうに自分のコートを脱ぎ、裸足の少女に着せかけた。
「俺はカイル。見ての通り、世界中から嫌われている指名手配犯だ。……お前をどこに連れて行けばいい?」
リセットは、初めてその瞳にわずかな光を宿し、カイルの大きな手をぎゅっと握りしめた。
「……カイルと、いく。どこまでも」
「……ちっ、面倒なことになった」
カイルは頭を掻きながらも、リセットを背負い、燃える戦場を後にした。 自分を嵌めた聖教会への復讐。そして、リセットという名の「爆弾」を抱えた逃亡劇。 止まっていたカイルの時間が、再び動き出した。
カイルとリセットが辿り着いたのは、どの国にも属さない中立地帯の交易都市「グラナード」。活気に溢れるこの街で、二人は身分を隠し、傭兵の真似事をしながら路地裏の宿に身を寄せていた。
「カイル、見て。これ、おいしい」
市場のベンチで、リセットが串焼き肉を頬張る。1巻の頃の無機質な表情は消え、彼女は少しずつ「感情」を取り戻していた。カイルはそんな彼女の頭を乱暴に撫でる。
「食いすぎるなよ。……リセット、お前はもう『兵器』じゃない。ただのガキだ。好きなもんを食って、好きな時に寝ればいい」
カイル自身も、リセットを守るという目的が、凍りついていた己の心を溶かし始めていることに気づいていた。しかし、平穏な時間は長くは続かない。
街に、聖教会の使節団がやってくる。民衆が熱狂する中、豪華な馬車から現れたのは、現世の聖女と称えられる少女エルフレイデだった。
カイルは群衆の影から彼女を見て息を呑む。エルフレイデは、かつてカイルが騎士団にいた頃に守護を任されていた「妹分」のような存在だったからだ。だが、彼女の瞳は昔の優しさを失い、冷徹な光を宿していた。
その夜、カイルたちの宿が謎の暗殺者集団に襲撃される。 「リセットを渡せ……。それは神の器、人の手にあってはならぬものだ」
暗殺者たちの正体は、聖教会が極秘裏に組織した「処刑執行隊」。カイルはリセットを背負い、再び剣を抜く。だが、今回の敵はこれまでの騎士とは違った。彼らは「魔王の心臓」に共鳴し、人の理を外れた身体能力を持っていたのだ。
窮地に陥ったカイルの前に、一人の男が悠然と姿を現す。 白銀の甲冑、黄金の長髪。そして、カイルの胸の烙印を刻んだ因縁の相手――聖騎士団長ゼノス。
「久しぶりだな、カイル。まだそのゴミ溜めのような命を繋いでいたのか」
ゼノスの放つ圧倒的な神聖魔力(オーラ)に、街の石畳がひび割れる。 カイルは怒りに任せて斬りかかるが、ゼノスは指一本でその刃を受け止めた。
「教えなかったか? 正義なき力は無能だと。君が守ろうとしているその少女は、世界の終焉を招く種火だ。それを守る君こそが、真の悪魔なのだよ」
ゼノスの一撃がカイルを吹き飛ばし、リセットが教会側に連れ去られそうになる。その時、リセットの体からどす黒い魔力が噴き出した。
カイルを傷つけられた怒りから、リセットの中に眠る「魔王の心臓」が覚醒を始める。 周囲の建物が黒い霧に包まれ、風化していく。リセットの瞳は紅く染まり、彼女は絶叫した。
「カイルを……いじめるなあああ!!」
制御不能の魔力。それはゼノスすらも驚愕させる破壊の奔流だった。カイルは傷だらけの体で立ち上がり、暴走するリセットを必死に抱きしめる。
「やめろ、リセット! これ以上やれば、お前の心が壊れる……っ! 大丈夫だ、俺は死なない。俺を見ろ!」
カイルの必死の呼びかけに、リセットの暴走は止まる。だが、この事件により二人の居場所は完全に奪われ、世界中から「災厄の二人連れ」として追われる身となってしまう。
満身創痍で街を脱出した二人は、暗い森の中で焚き火を囲んでいた。 リセットは、自分が化け物であることに怯え、涙を流す。
「ごめんなさい、カイル……。私のせいで、みんなが……」
「謝るな。お前が化け物だろうが魔王だろうが、俺が選んだのはお前を守ることだ。……聖教会、そしてゼノス。あいつらがこの世界を狂わせているなら、俺は喜んで『反逆者』として最後まで抗ってやる」
カイルの瞳に、復讐の炎ではなく、確固たる「守護者」としての覚悟が宿る。 二人の目的地は決まった。大陸の最北端、かつて魔王が封印されたという「忘却の監獄」。そこに、リセットを救い、教会を打倒する鍵がある。
3巻
大陸北方の峻険な山脈。吹き荒れる雪と雨が混じり合い、視界を奪う断崖絶壁。 カイルとリセットは、ついに追い詰められていた。
背後には底の見えない深い峡谷。前方には、聖教会が誇る最強の私兵団「聖天の騎士」数百名。そして中央には、太陽のような金色のオーラを放つ男、聖騎士団長ゼノスが剣を抜いて立っていた。
「カイル、観念しろ。貴様の歩いた道は全て血で汚れ、その果てに待つのは死のみだ。その少女を渡せば、貴様の命だけは救ってやると言っている」
カイルはリセットを背後に庇い、折れかけの剣を構える。彼の体は既に限界を超えていた。二巻での激闘の後遺症に加え、連日の逃亡。一歩動くたびに、肺が焼けるような痛みを訴える。
「……命を救う、か。笑わせるな。俺が救いたいのは、俺自身の命じゃない。この子の『明日』だ」
戦闘は一瞬で決した。 カイルの剣技は冴え渡っていたが、ゼノスの持つ神造兵器「聖剣ガランティン」の圧倒的な出力の前には、技術など無意味に等しい。
「一ノ型――瞬光!」 カイルが放った必殺の刺突。しかし、ゼノスは眉一つ動かさず、光の障壁でそれを受け流し、逆にカイルの胸元を蹴り飛ばした。
「ぐはっ……!」 岩壁に叩きつけられるカイル。そこへ、ゼノスの無慈悲な追撃が襲う。光の杭がカイルの四肢を大地に縫い付け、自由を奪う。
「見ろ、カイル。これが神に背いた者の末路だ」 ゼノスはゆっくりと歩み寄り、カイルの目の前でリセットの首を掴み上げた。
「嫌……放して……! カイル! カイル助けて!!」 宙に浮き、苦しげにもがくリセット。カイルは血を吐きながら、動かない右手を伸ばそうとする。指先が、わずかに届かない。
「……やめろ……。ゼノス……頼む、彼女だけは……」
「祈れ。貴様が最も憎んだ神にな」 ゼノスが剣を振り上げる。リセットの心臓を貫き、中の「核」を取り出すための処刑が始まろうとしていた。
その時、カイルの意識は漆黒の闇に沈んだ。 心臓の鼓動が止まったかのような静寂。首筋に刻まれた「叛逆者の烙印」が、熱鉄を押し当てたかのように発熱し、皮膚を焼き焦がす。
『……お前は、まだ敗北を認めるのか?』
脳内に響くのは、かつて自分が斬り殺したはずの魔物の声か、あるいは自分自身の憎悪か。
『正義に敗れ、光に焼かれ、這いつくばって愛する者を奪われる。それがお前の望んだ結末か?』
「……違う。そんなの……まっぴらだ」
『ならば、捧げよ。お前の騎士としての魂。人としての理。全てを深淵に捧げるならば、神すらも屠る「絶望」を与えよう』
カイルは、精神世界でその「黒い手」を取った。 「……ああ。くれてやる。リセットを救えるなら、俺は喜んで……悪魔になってやる!」
現実世界。ゼノスの剣がリセットの胸に触れようとした瞬間、爆発的な「闇」が吹き荒れた。 聖教会の騎士たちが、その威圧感だけで次々と卒倒し、泡を吹いて倒れる。
「何だと……!? この魔力……いや、これは瘴気か!?」 驚愕し、距離を取るゼノス。
闇の中から現れたのは、もはや人間とは呼べない姿のカイルだった。 右半身はどす黒い紋様に覆われ、折れた剣の先には、闇の炎が凝縮して造り上げられた、身の丈を超えるほどの大太刀が形成されている。
「……ゼノス。お前の言う『神』に伝えろ。……今、ここで殺すと」
カイルが地を蹴る。もはや目には見えない。ただ、空間が「断絶」したかのような黒い線が走り、ゼノスの強固な光の結界が、ガラスのように砕け散った。
「馬鹿な……人間が……神の加護を斬り裂くだと!?」 焦るゼノスが最大出力の光の剣を放つが、カイルはそれを真っ向から素手で掴み、握り潰した。
「堕天剣儀:零式――『鴉(カラス)』」
黒い翼を思わせる剣圧がゼノスの胸元を切り裂き、その誇り高き白銀の甲冑を血で染めた。
ゼノスは重傷を負い、配下の騎士たちに抱えられながら命からがら撤退した。 嵐が去った後、戦場に残されたのは、異形の姿に変貌したカイルと、彼を不安そうに見つめるリセットだけだった。
「カイル……? その体……私のせいで……」 リセットが震える手でカイルの頬に触れる。 カイルの右目は赤く濁り、意識は混濁していた。だが、彼女の温もりを感じた瞬間、彼は優しく微笑んだ。
「……泣くな。……言っただろ。お前は……俺が守る……」
カイルの体は、もう元には戻らない。この力を使うたびに、彼は人間から遠ざかり、やがては自我を失う魔獣になるだろう。 だが、彼は後悔しなかった。
「リセット。……王都へ行こう。この偽りの世界を作った神様を……引きずり下ろしにな」
朝焼けが、血に染まった断崖を照らす。 一人の「元・騎士」と、一人の「兵器」だった少女。 世界を敵に回した二人の、真の意味での「聖戦」がここから始まる。