それから数日後、仁は漸く家でくつろいでいた。
ここ数日打ち合わせや取材、それに小説コンクールの審査員の仕事でずっと外にいた。
夜は接待や食事会が続き毎日午前様だった。
今日も午後から外出していたが夕方には解放されたので駅前の定食屋で夕食を済ませてから先ほど帰宅した。
そしてシャワーを終えてやっと一息ついた所だ。
仁は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すとグビグビと飲み干してからデスクの前に座る。
新作の方を少しでも進めておかないとまた年末バタバタしそうだ。そう思った仁は早速執筆にとりかかった。
その時ノートパソコンから ピコン という音が響いた。
(お、そういや【月夜のおしゃべり】の事をすっかり忘れていたな)
仁は『ここあ』との最悪のやり取りでうんざりして以降【月夜のおしゃべり】にログインしていなかった事に気付く。
メールを見ると【月夜のおしゃべり】からの通知が来ていた。
テレビドラマ原作にもそろそろ取り掛からないといけないし『エンジェル』とのメール交換はもちろん続けるつもりでいた。
だから仁は慌ててサイトにログインする。
(メールは『エンジェル』様かなー?)
メールは二通来ていたがどちらも『ミルクティー』からだった。
(なんだ、ドリンク娘からか)
仁はがっかりしつつも『ミルクティー』からのメールに目を通す。
【こんばんは! Godさんは出版関係のお仕事なんですねー。なんだかとってもクリエイティブで凄いです♪ それってもしかしたら雑誌や書籍なんかと関係しているのですか? もしそうなら芸能人や小説家に会える機会もあるのですかー? Godさんからのご質問にあった『私がどんな舞台を観に行くか』についてですが、主に推しのアイドルが出ている舞台がメインですね♪ 『アイスボーイ』ってグループなんですけれどご存知でしょうか? 歌よりもお芝居に力を入れているグループです。彼らの公演は欠かさず行きますし地方公演も追いかけるんですよ♡】
「…………」
仁は絶句する。趣味は人それぞれだが『ミルクティー』が明らかに自分の周りにいないタイプの女だったので若干引いている。
(舞台って言ったら歌舞伎とかオペラとミュージカルとかじゃねーのかよ。これじゃあ全く話が合わねーなー)
そして『どんな仕事をしているか』という仁の質問に対する回答がない事に気付く。
そこで『ミルクティー』からのもう一通のメールも開いてみた。
【途中なのに送信ボタンを押しちゃいましたー( *´艸`)キャハッ♪ ではもう一つの質問についてですが仕事は今は無職です。春までは都内の大手家具店で働いていました。ただ販売業だと土日に休みが貰いにくく、そうなると推し活に支障を来たすので思い切って辞めてしまいました♪ だから今は就活中でーす( *´艸`)】
「…………」
(悦子のヤロー、あいつ嘘つきやがったな。何がこのサイトは高学歴で真面目な人が多いだよ……全然違うじゃねーか……ったく)
『ミルクティー』とは絶対に話が合わないだろうと確信した仁は返信をためらう。しかしここで断ったり無視して『ここあ』の時のように険悪になっても困ると思った仁はまた年収250万円作戦を決行する。おそらくこれで返事は来ないだろう。
(しっかしなーそろそろテレビドラマの構想も練らねえとだしなー)
そこでふと『エンジェル』の事を思い出す。
(ここはやっぱり『エンジェル』様にお頼みしますか)
仁は『エンジェル』への返信画面を開くとなんと打ち込もうか考える。
(そういや『フロストフラワー』読みたがってたな。住んでいる町がわかれば図書館に寄贈するんだけどなー)
仁はなんとかさりげなく『エンジェル』の住んでいる町がどこなのかを探れないかと思案する。
その時『エンジェル』のプロフィール写真を思い出した。
(そっか、その手があったか)
仁は早速メールの文章を打ち込み始めた。
【こんばんは! この間はありがとうございました。ここ数日仕事が立て込んでいてメールがすっかり遅くなり申し訳ないです。今ふとエンジェルさんのプロフ写真を見て思ったのですがあの教会は『アントニン・レーモンド』のものですよね? もしかして軽井沢のお近くにお住まいですか? ちなみに私は東京の世田谷区に住んでいます。軽井沢には何度か行きあの教会にももちろん行きました。ちなみに僕のプロフ写真のリスは軽井沢に行った時に撮ったものなんですよ。お住まいの場所については答えたくなかったらスルーして下さい。私も出逢いは求めていません。あくまでもメールで楽しくお話が出来れば満足なので。ではまた!】
肝心な質問はちゃんとしつつもさりげなく引く。これが相手の返事を引き出すテクニックだ。まずは相手に信頼感を持ってもらう事。相手が自分に対し安心感を持ってくれればきっと質問にも答えてくれるはず。だからあえてこんな文章にしてみた。
その時ちょうど綾子のパソコンに通知音が響いた。メールが来たようだ。
綾子は寝る前にちょうどネットで調べ物をしていたところだったのですぐにメール画面を開く。すると【月夜のおしゃべり】から通知メールが届いていた。
先日新規で届いた男性からのメールには結局返事はしなかった。その男性もリアルな出会いを求めているようだったので綾子の希望にそぐわなかった。
(また新規の人かな?)
綾子はあまり期待をせずに【月夜のおしゃべり】にログインしてみる。
するとメールは『God』からだった。
(『God』さんからだ……もう来ないかと思ってたのに)
綾子は『God』と最後にメールをしてから数日間音沙汰なしだったので、もうメールはそこで終わったのだと思っていた。
そして少しがっかりしている自分に気付く。
綾子からメールを送る事も出来たがそこまでする感じでもなかったのでスルーしていた。
しかし『God』は忘れる事なくメールをくれたので少し嬉しかった。
綾子は早速メールを開いてみた。
コメント
7件
うあー✨先行配信ですねー❣️こちらも要チェックです❣️続きが気になるー💓🤭
ミルクティー、ここあとは別人だったのねー🤭少しずつ綾子,仁近づいて行くのね…出会いは軽井沢⁇