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「瑠衣ちゃん……」
男は彼女の名前をポツリと呟くと、悔しさを滲ませた表情で瑠衣を見やる。
見張り役と付き添い人を兼ねたワークキャップの男は、瑠衣が娼館に売り飛ばされ、その日に純潔を捧げた中崎拓人だった。
「あなたは…………中崎…………さ……ん……」
「瑠衣ちゃん……今までずっと…………見て見ぬ振りをしていて……本当にごめん……」
「中崎さん…………どうして……ここに……」
まだ瑠衣の思考回路が変なのか、ワケがわからない状態に陥っている。
ずっと無口を貫き続けてきた男が拓人で、こんな場所にいる事が、まるで幻を見ているのではないか、と思ってしまう瑠衣に、彼は困惑したように力なく笑みを見せた。
「…………瑠衣ちゃん、君を助け出すためだよ」
「…………え?」
「ここにいる間、ずっと救出するタイミングを見計らっていたんだけど…………こんなに遅くなってしまって……本当にごめんね」
拓人は言いながら瑠衣を抱きしめ、ベージュブラウンの頭を撫で続けた。
「瑠衣ちゃん。日付が変わる頃、ここから逃げるよ」
「そ……そんな事…………」
唐突な脱出宣言に、瑠衣は不安げに拓人の顔を見上げた。
「深夜十二時くらいになると、ここを取り仕切っている送迎役のヤツらは、瑠衣ちゃんが逃げられないって分かっているのか気が緩んでいる。その隙に逃げるんだ」
「で……でも……」
「詳しい話は車で話す。瑠衣ちゃんの荷物はヤツらの部屋に置いてあるから、今から俺が上手い事言いくるめて持ってくる。三十分くらいしたら、またここに来るからそれまで待ってて」
「わ……わかり……まし……た……」
拓人は、ワークキャップとサングラスを再び装着しながら瑠衣にそう言い残し、脱衣所を後にすると、彼女は、ここから逃げると言われたせいか、急に鼓動が忙しなく打ち始めた。
(シャワー浴びたいけど…………それどころじゃなさそう……)
いつ拓人がここに戻ってくるのかソワソワしつつ、彼女は、洗面台の鏡に映る窶れた顔を見て呆然としながら時間を過ごした。
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