道化師〜サーカス裏にて〜
僕たちは、あの変人の問いに答えることができないまま、お客を集め終えた。重く感じる足を引きずりながら、サーカステントの裏へ戻ってきた。
(ん? 誰かいる?)
テントの中から声が聞こえた。声からして団長と、あと一人誰かいる。
「今月もかなり儲かりましたな。」
「これも、<マッドハッター>を名乗るお陰でもあるわい。」
(<マッドハッター>を、名乗る?)
僕たちは、少し顔を覗かせてみると、団長と話しているのは、この町の町長だ。
「しかし、奴を名乗って教会のものが黙っているとは思えませんな…。」
「ぎゃははは、町長殿は頭がお堅い様子。<マッドハッター>など、狂信者共が勝手に想像した空想の人物に過ぎませんぞ!」
僕たちは耳を疑った。<マッドハッター>が架空の人物だって?いや、そんな訳ない。だって。
「団長は、<マッドハッター>じゃ、ない?」
その事実に思わず立ちくらみしたを起こし、近くにあった小道具を倒してしまった。
カラン…。
鈍い金属音がテント内に響いた。もちろん、こんな音を出して団長達に気づかれないわけない。気がつけば、僕たちは団長に頭を乱暴に捕まれていた。
「このくそガキが!! いつからわしらの会話を聞いていた!?」
「団長殿! こんな小物、早く始末せねば!」
団長は、近くにあったランタンの火を僕たちに近づけた。立て続けに真実が僕たちを絶望に突き落とす。もう、何が何だかわからないし、抵抗する気力もない。
僕たちは、始めから間違っていたんだ。<マッドハッター>なんて、始めからいなかったんだ。
僕たちは、狂信者と同じだ。勝手に祀り上げた存在にすがり、信仰し、そして崇めた。
その結果がこれだ。
僕たちは、ただ、お母さんに会いたかっただけなのに。
お母さん、会いたいよ。
僕たちは、覚悟を決めたその時。
「いやー、良いものが見れそうだ。」
テントの外から、大きな拍手が聞こえた。僕たちは、うっすら目を開けると、あの変人が立っていた。
「だ、誰じゃ!」
団長が問う。変人はイカれたデザインの帽子のつばを上にあげると、こう答えた。
「お前たちが、<マッドハッター>と呼び、恐れている存在、かな?」
僕たちは、夢を見ているのかもしれない。いや、夢でもいい。
もし、今目の前にいる人物が、本物の<マッドハッター>ならば。
僕たちは、まだ、生きなければならない。