ノトスの森の中を歩く三人が木々の隙間から見える空を同時に見上げた。
「……今日はこの辺で野宿するか、リアン」
陽がすっかり沈み、足元がほとんど見えなくなってきている。焔はそんな中でも平気で歩けるが、リアンの事が気になり、そう提案した。ソフィアはそもそも浮いて行動するしているので彼の意見を求める気は無いようだ。
「そうですね。このまま進んでも村まではまだありますし」
『では、ワタクシは枝でも拾って来ましょうか?』
「んー……主人。今のステータスの状態を、私に教えてもらっても構いませんか?」
枝の件をサラッと流し、リアンがソフィアの体を掴む。
「別にいいが、何だ?急に」
「ありがとうございます。主人のステータスの割り振り方次第では野宿をせずとも済むので、ちょっと確認させて頂ければと。では、ちょっと失礼しますね」と言ってリアンがソフィアの体をパッと開く。そして、最初のページを見て当然の様にリアンは絶句した。
『そうなのです……驚かれますよねぇ、やっぱり』
初対面時の地面の凹み具合を思い出し、リアンの顔がサーッと青くなる。
元の世界での経験や元来持っていた能力をベースにし、その上でこの世界のスキルは設定されていく方式なのに、レベル1でアレだなんて危険過ぎる。『これ以上もう、コイツに“腕力”の能力アップをさせてなるものか!』と、リアンは勝手に決意した。
「何をどう上げたら便利なのかも全くわからんのに、テキトウな事をしたら後で困るだろう?別に現状で困っていないのなら、まずはそれで良いじゃないか」
(わからんものはいじりたく無い。その気持ちはわかる。わかるが、だからってレベル1のままで俺を呼び出したのか、コイツは!あり得ないだろ、……ま、まさか、チーターか?いったい元の世界ではどんな経験をしてきた奴なんだ。そもそも見た目からして初期段階では選べないような姿だし。って、んんん?それ以前に鬼の容姿なんか選択出来たか?何かしらの不正手段を使って此処へ来たパターンなんだろうか——)
「どうした?そんな険しい顔をして」
焔の声で我に返り、「あ、いえ」と答えてリアンが表情をすっと戻した。
「では、私が最適な状態にいじりましょうか?」
「いいのか?じゃあ頼む」
そんなにあっさり信用して良いのか?とリアンは思うも、召喚対象に対して警戒は普通しないかと納得する。任せてくれた主人には悪いが、最も自分が動きやすい状態にさせて頂こう、と彼はまた勝手に決めた。
「ではまず、召喚士は魔力が命なので“魔力”を最大値まで上げて……って、未使用の経験値がエラーになっているじゃないですか!コレ……使い切れませんよ?全ての能力値をMAXには出来ない仕様なので」
「いいんじゃないか?別に。得手不得手があってそこの生き物だ」
別に気にするでも無く、焔が言った。
「勿体無い……」とぼやきながら、リアンが“魔力”のスキルに数値を最大に振っていく。
普通の人間が元の世界でどれだけの経験を積めば余剰経験値がエラー状態になるのか全く見当がつかず、リアンは焔に対して『不正行為でこの世界にやって来た者ではないか?』という疑惑を強めた。
『主人は元の世界で、多くの徳を積んできましたからねぇ』
「強制的に、な」
七尾の白狐であるオウガノミコトの命ずるまま、人間達の縁結びをさせられていた日常を思い出し、焔が苦々しい気持ちになる。鬼としての本質からかけ離れた行為なので、善行だろうが気分は良くない。最終的な目的があったからとはいえ、善行を重ねに重ね続ける日々は永年にも思える日々だった。—— だが、そんな事情を全く知らないリアンは微塵もその発言を信じず、「そう、なんですね」とだけ答えて作業を続けた。
「“運”のスキルが最初から上限に達しているとか……初めて見ました。しかも固有スキルで“激運”って……はい?」
コレも初めて見たもので、色々と納得出来ない。だが固有スキルは個々特有のものなので納得せねばとは思うが、それでもやっぱり焔に対して不審な気持ちがより強くなってしまう。
「“俊敏”を上げておきましょうか。戦闘中に、もし取り残しがあった場合、逃げる為には必要でしょう」
「返り討ちに合わせるだけだから心配無い」と言って焔が胸を張る。そんな姿がちょっと可愛く感じ、リアンの気持ちが少し緩んだ。
「まぁでも、“俊敏”は高くても損は無いでしょうから」と言いつつ、リアンが相談も無しにサクサクスキルを振っていく。“腕力”は全く上げず、“体力”も最低値のままに。その他の能力も全てリアンに都合良くなるように割り振りしていき、随分と偏ったスキルの配分をした。そして自分の召喚魔として呼び出された場合に保有する能力は全て覚醒させて、「こんなものでしょうね」と焔の同意を得ぬままリアンがソフィアの体をそっと閉じた。
「おおー。少し何かが変わった気がする」
嬉しそうにブンブンと焔が腕を振っている。元々持ち合わせている能力にこの世界の能力が加算されるので、振った腕の動きが全く見えない。『…… 不味かったかな?これは』と、リアンは少し後悔したが、スキルをリセット出来るアイテムを今は持っていないのでどうにも出来なかった。
『良かったですねぇ、主人。理解ある者にやってもらえたので、間違いは無いでしょう』
ニコニコとしていそうな雰囲気を漂わせ、ソフィアも無邪気に喜ぶ。『どちらも 人が良過ぎやしないか?この二人は』とリアンは思いつつも、それを何だか嬉しくも感じた。
「ところで、俺のレベルは結局どうなったんだ?」
『えっとですね、一気に最高レベルである99になりました。それでもまだ余剰経験値はありますが、コレは諦めねばなりませんねぇ』
「そこまでレベルが上がったのなら、もう何体か他にも召喚出来るのか?」
「いいえ、それは出来ません。私の維持にコストの全てを使っているので、もし別のモノを召喚した場合は、私と入れ替えでとなります」
その話を聞き、呆れた声で「お前は随分と燃費の悪い召喚魔なんだな」と焔がぼやいた。
「まぁ……そもそも私は一週目で召喚出来る者では無いので。二週目の、レベルの上限を開放したのちの召喚であれば、私以外にも二、三体は呼び出したままで行動出来るのですが」
「あぁ、なら仕方ないのか」と焔が納得する。
そんな二人の様子を黙って見守っていたソフィアが『あ、あのぉ……』と気まずそうに話し掛けた。
「ん?」
『結局、焚き火をする為の枝拾いはどうしましょうか?』
「そうでした。すみません、その流れで体をお借りしたのに」
同僚的な存在に対し、リアンが丁寧に頭を下げる。
「私の能力の開放なども先程全てやらせて頂きましたので、早速お仕事をさせて頂きますね」
軽く首を傾け、にこやかにリアンが微笑む。 黒尽くめの格好や八重歯、頭に生える二本の大きな角から漂う禍々しさなどが全て吹き飛ぶ様な笑顔を前にして、二人は訳もわからぬまま「おう」と短く答える事しか出来なかった。
「では、ちょっと離れていて下さい」
「わかった」と頷き、焔達が素直にリアンから離れて行く。 小さな体で俊敏に距離を取る彼の様子を見て、またリアンの気持ちが解れていった。『くそ。小動物みたいで可愛いなぁ……鬼だけど』と思う気持ちが不思議と止められない。
「……ふぅ。——では、スキル開放『天地創造』!」
リアンがしゃがみ、地面に手をつく。そして集中する為に一度息を吐いて大声で叫んだ。
その途端大地が光り、落雷が地を走ったかのような線が周囲に広がっていく。目の前の狭い空き地を囲んでいた木々が土の中へ一斉に瞬時のうちに吸い込まれ、バギバキッと不自然な音を地中でたてる。それらの激しい音が落ち着くと、今度は少しずつ西洋風のログハウス的な小屋が屋根の部分から段々と姿を現し始めた。
「んな…… 」
絶句し、焔の口が開きっぱなしになっている。
『スキル名が随分と御大層ですけど、結局は錬金術的なものでしょうか?』
「そうかもだが、十分凄くないか?秀吉の一夜城なんか目じゃないぞ」
両の手で拳を作り、ブンブンと前で振っていて焔は子供みたいに興奮気味だ。彼の目元が全く見えずとも、纏う空気感だけで喜んでいるのが見て取れる。
たった数分の間に二階建ての立派なログハウスが三人の目の前に出現した。右手の方には大きな樹がそのまま建物と同化しており、ちょっとだけ秘密基地っぽい雰囲気を持っているのが、より一層焔の遊び心を刺激した。
「やるな、リアン」
「ありがとうございます、主人」
純粋に褒めてもらえ、リアンが控えめな笑顔で応える。『 元の世界でのコイツはチーターなのでは?』という考えは拭えないままながらも、こうも素直に喜んでいる姿を見てしまうと、疑念がただの勘違いな気もしてきた。
——本当に、コイツの正体は何なんだ?
他の転移者達は保有していない、相談役の様な“名も無き本”も側に居るとなると、勘違いかもしれないと決めつけるのも早過ぎる様にも思え、リアンは笑顔を崩さぬままグルグルと思案し続ける。
「早速中で休むとするか」
『では、そうさせて頂きましょうか。ワタクシも今日は少々疲れました』
「慣れない事ばかりだったからか?」
『そうですね……ワタクシの場合、室外に出て自由に行動する事自体が初の経験ですから、余計に』
「そうだよなぁ。生粋の引き篭もり体質だものな」
『ワタクシは付喪神ですからね、それは仕方のなき事です』
「だな」と答え、焔が笑う。そんな笑顔を少し遠くから見詰めながらリアンはまた、胸の奥に軽い疼きを感じた。
(違うのに。コレは二週目なんかじゃ無いのに、逢った事も無い人なのに……)
「——どうした?何かあったのか?」
離れた位置で立ち尽くしたままであるリアンに気が付き、焔が振り返る。
彼の見返り美人の様な立ち姿に、リアンは一瞬で目を奪われ、青い瞳をくくっと大きく見開いた。
腕を伸ばし、「ほら、来ないのか?」と小さな手を焔がリアンの方へ差し出す。その手を掴んで少し強めにリアンが握る。同じ日に二度も触れたという事実がやけに胸に刺さり、彼の意思とは無関係に心が勝手に弾んでしまった。
「すみません、ぼぉとしてしまいました」
「ははは、お前は図体がデカいのに案外抜けているな。最初のあの睨みが嘘の様だよ」
手を引かれ、二人が揃って新築のログハウスを目指して歩いて行く。
コレでゆっくり眠れるぞと喜ぶ焔に対し、引っ張られるように一歩後ろを歩くリアンの方は『今夜は眠れそうにないな……』と、頰を染めながら考えていた。
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