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リアンの手によって完成したログハウスの中に二人と一冊が入ると、室内には既に基本的な設備がしっかり揃っていた。ほとんどの物が木製で、四人掛け程度のテーブルセットがメインとなる部屋の中心に置かれていて上は吹き抜け状態になっている。一階の奥には温泉を地底から引っ張り上げた風呂場なども用意されており、室内を見て回った焔が嬉しそうに口元を綻ばせた。
「コレはいいな、風呂は好きだぞ」
『よかったですね、主人』
他のスペースには石造りのキッチン的な設備もあり、きちんと水まで出る様になっていて食材を仕入れて来たらすぐに調理も出来そうだ。だが、空腹という概念がそもそも無い焔とソフィアはキッチンにはあまり興味が無いのか、一瞥だけして、さっさと階段を上がって二階を見に行ってしまった。
「すごいな、三部屋ちゃんと別々に用意されているぞ」
『室内には小さなテーブル、クローゼットやベッドまでありますね。床や土の上で寝るよりも、お二方がゆっくり休めそうでなによりです』
部屋を覗き込み、嬉しそうにそう言った焔達の声を聞き、リアンは安堵した。
「すみません。シーツや、もっとまともな布団も御用意出来たらよかったのですが、何せ即席だったので」
焔達を追うように階段をのぼりながら、リアンがすまなそうな顔をする。
「いや、十分だろ。雨風が防げるだけで幸せじゃないか。それに、何も此処を拠点にして何かをするわけじゃないだろうしな」
『え?』
「そうなんですか?」
ソフィアとリアンが驚きを露わにした。
「……何故驚く。此処は一夜の宿的なものじゃないのか?魔王を倒しに行くという方針で決まっているのだから、此処でのんびりとすごす必要は無いだろう?」
「まぁそうかもしれませんけど……。クリアまではそう簡単にいく話でもありませんし、拠点となる場所は必要なのでは?その……色々と下準備も必要なのではないかと」
「だが、此処を拠点にして色々と準備をするにしても、村や町からも遠過ぎやしないか?臭いの限りだと、まだまだ距離があるぞ?」
「一番近くの村なんか、どうせしょぼい物しか販売されていないと思いますよ。なので拠点を村の近くでと拘る必要は無いかと」
『ならば、ひとまずは此処を拠点にして、色々と素材を集めて自分達で薬品を作ったり、ダンジョンを攻略して使えそうな装備品をタダで集めるという方法も、ゲームの世界なのですからアリですね』
(あ、それ無駄だわ……。もうほとんどの古代遺跡は空っぽだし、ダンジョンは俺達が造ったから色々とお察し状態だぞ?)
そう言いたい気持ちをリアンがぐっと堪える。何故ソレを知っている?と訊かれても、その理由を説明出来ないからだ。
「タダ程怖いものは無いというが……まぁいいか。というか、現状の所持品は何があるのかも確認していないな」
「……よくそれで、今まで困りませんでしたね」
『我々はこの旅を始めて、まだ半日程度ですから』
そう聞いて、納得っと言いたげにリアンが頷いた。
「では一度、下へ戻って荷物の確認やもう少し直近の方針について話し合いませんか?」
「それもそうだな」
『そうですね、それが良いかと』
焔が同意し、ソフィアもそれに続いた。
すぐに三人は一階に戻ると、四人掛けのテーブルセットに向かい合って二人が腰掛け、テーブルの上に寝そべったソフィアの体を開いて所持品一覧の確認を始めた。
「……見事に、初期の持ち物だけですね」
「ここまでの道中でも、何も拾わなかったからな」
“ボロボロな布の服”、“切れ味の悪い短剣”、“小さな薬草”が少々といった寂しいラインナップの所持品一覧を見ても、焔は問題点がイマイチわからないといった顔だ。
『えっと……この装備、着てみますか?少しだけ防御力が上がるみたいですが』
「断る。こんなボロ布を着るくらいなら、褌一枚で歩く方がマシだ」
ソフィアの提案を間髪入れずに焔が拒絶する。ぺロンとしたシンプルな服とズボンは、コレのどこに防御力があるのか問い質したいレベルで心許ない。着替えれば見た目の変わる世界である以上、リアンも同意しか出来なかった。
「今の格好は防御力ゼロとか……。まさか、コレは何も着ていない扱いなのか?」と言って、着物の袖を焔が軽く引っ張る。
「そう考えると、ちょっと恥ずかしいですね」
リアンが口元に手を当て、苦笑いをした。
「全裸で動き回る趣味は無いが、他者の目にそうは映っていないならそれでいいか」
「この先、何か良い装備が手に入ってから考えてもいいでしょうね。それまでの間、私がキッチリ主人をお守りしますよ」
「当然だ。その為の召喚魔だからな」
焔にニッと笑われ、リアンが優しそうに瞳を細めた。 主人の元の世界での実態がどうこうだとか、そんな疑問を持つ気持ちが段々と薄れていく。でも妖怪や鬼といった存在を元の世界で見た経験が無いせいか、『本当に見た目通りの存在なのかもしれない』という考えだけは、微塵も抱いてはいなかった。
『しかし、真っ直ぐに魔王の城に向かうにしても、もっとまともな装備を一式作り、あとはせめて回復系の薬を大量に用意する必要はあるのではないかと。リアン様を活動させ続けるには、双方の魔力の回復もしなければいけませんからね』
「それもそうか」と、焔が納得する。 そんな彼らのやり取りをリアンは黙ったまま、『そう簡単な物では無いと、さっきも言ったのになぁ』と思いながら聞いていた。
「じゃあ明日から、しばらくの間は薬の用意から手をつけるか」と、 ちょっと面倒くさそうにしながらも、焔が明日の予定を口する。
「わかりました、主人」
『了解です』とソフィアが頭を下げた。
『では主人、今夜はすぐお風呂にでも入ってゆっくりお休み下さい。体力も魔力も、もうほとんど使い切っていますので』
「そうだな。そうしようか」
ステータスに体が影響を受けているのか過度に疲れを感じ、焔は素直に同意した。
「それがいいですね。では私は着替えを用意しておきましょう。そのくらいの魔力なら多少はまだ残っていますので」
「いいのか?すまないな、助かる」
「いいんですよ」と言い、リアンが微笑む。
「その代わり……魔力の補充は後でたっぷりさせて頂きますけどね」と呟いた声は、焔達の耳には届かなかった。
「……ふぅ」
一階奥にある温泉に浸かり、焔が安堵の息を吐く。 岩風呂っぽい造りの温泉は趣があり、馴染み深い和風の雰囲気ではなくても心が癒される。半日程度のものだとはいえ、慣れない世界に飛ばされた事実は確実に焔に負担をかけ、本来あるべき力を多少なりとも削がれているのも感じ、彼は天井を見上げながら片腕を高く伸ばして手を開いた。
「“俊敏”だったかをリアンが上げてくれて助かったな。初期値のままだったら、何かあった時に避けきれなかったかもしれないぞ……コレは」
グゥパァと手を握って閉じてをしているが、少しの違和感を覚える。この世界では空を飛んでの移動も出来ないし、今後の行動に若干の不安を抱いたが、リアンのおかげでもう最終レベルにまで上がっているのなら『まぁ、それほど問題も無いのだろうな』と楽観視もしていた。
湿気で濡れた前髪をかき上げて二度目の息を吐く。『 今くらいは目元を覆う布を外すか』と思い、焔が結び目に触れた時——
トントンッと風呂場の引き戸をノックする音が聞こえた。
「……どうした?リアン。何かあったのか?」
匂いからリアンだと察し、音のする方へ焔が声を掛ける。すると引き戸越しに「お背中を流そうかと思うのですが、入ってもよろしいですか?」と予想通りの声が返ってきた。
「あぁ。好きに入ればいいだろう?」
伸ばしていた脚を曲げ、一人分のスペースを空けながら焔が答えた。
「では、お邪魔しますね」
引き戸が開き、腰に一枚の布を巻いた状態のリアンが風呂場に入って来る。その姿を見て、焔が「……おぉ」と感嘆の息をこぼした。
「えっと、その反応はどう受け止めれば良いのでしょうか」
困りながらもリアンは浴槽の側にしゃがみ、洗い場に放置してあった桶でお湯を汲んで体の汚れをざっと流す。
「あぁすまん。色々造れる、魔法も使えるっぽい優男くらいに思っていたんだが、お前は脱いでもすごいんだな」
茶化すでもなく、笑うでもなく。落ち着いた顔のまま焔に淡々とそう言われてしまい、リアンの顔がボッと一気に赤く染まった。
「す、す、すごいというのは……えっと」
動揺し、リアンの声が震える。
「ん?いい体をしているなって意味だったんだが、通じなかったか?」
その一言を聞いたと同時にリアンが両手で自らの顔を覆って俯いた。 ど直球で褒められ、恥ずかしくって仕方がない。しかも、そういう発言をしそうにない見た目をした焔に言われてしまった事で、より一層心臓が煩く高鳴る。
「あ、ありがとうございます……」
礼を言う声はまだ震えたままで、小さくなってしまう。まだ湯に浸かってもいないのに、もうリアンは胸元までのぼせたみたいに真っ赤だ。
「早くお前も入ったらどうだ?そこは冷えるぞ」
「は、はい」
掛け流しの湯に長い脚を入れ、焔の側に腰掛ける。 ある程度は広めに造った浴槽だったが、二人で入るとリアンが高身長なせいか少し肌がぶつかってしまった。そのせいで余計にリアンの心臓が煩くなったが、焔の方は全く何も意識などしておらず、異世界でも温泉に入れてご満悦といった雰囲気だった。
「温泉は、お気に召したみたいですね」
「あぁ。まさかこんな森のど真ん中で風呂に入れるとは思っていなかったからな。より一層、テンションとやらが上がりっぱなしだ」
使い慣れていない言葉を使ったせいか、言い方が少し不自然になる。でもそんな焔を可愛く感じ、リアンが口元に笑みを浮かべた。
「喜んで頂けて何よりです。ですが……目元のソレは——」と言い、リアンが湿気を吸って少し水っぽくなっている焔の目元に巻かれた布の端をそっと手に取る。
「風呂場でも、外さないのですが?濡れてしまっていますし、とても邪魔そうなのですが」
「コレは外せないな。お前とはまだ離れるわけにもいかないし。かと言って、過剰に繋がるワケにもいかないしな。——とは言っても、結局は自分で制御せねばならんから、こんな物はお守り程度の効果しか無いんだが……」
話の意味がわからずリアンが軽く首を傾げる。 詳しく訊こうと思ったが、焔から先に「いずれお前にも意味がわかるさ」と言われてしまい、それ以上何も訊く事が出来なくなってしまった。
「——さてと、俺は先に体を洗わせてもらうな」
石鹸などは流石に無く、お湯でさっと流すくらいしか出来そうにない。だが、手拭いの様な布をリアンが持って来てくれていたので、これで多少は体を洗えそうだ。
「この先、此処を拠点にというのなら、明日から色々と揃えないとならんなぁ」
そうボヤきながら焔が首の後ろを軽く擦った。
「そうですね。……魔力の回復を主人が手伝って下さるなら……明日私が街まで飛んで、色々と調達して来ましょうか?もしくは、適当な素材があれば、スキルで造る事も容易ですのでリクエストにお答えしますよ」
「出来るのか?なら頼みたい」
リアンは随分と便利そうな召喚魔だな、と思いながら湯船の中で立ち上がり、洗い場に移ろうとしていた焔が振り返って風呂の縁に腰掛けた。
「だが、魔力の回復を手伝うってのは何をするんだ?確かソフィアは、『魔力の回復は寝れば出来る』と言っていたはずだが、お前は違うのか?」
「主人の魔力の回復は、確かに睡眠などで全快する事が出来ます。ですが私は——」
言葉が途切れ、スッとリアンが視線を逸らす。頰を軽く染めながら何か言い辛そうに彼の瞳が揺れ、焔が訝しげな顔になった。
「なんだ?勿体ぶっていないで、ハッキリ言えばいいじゃないか」
「召喚魔である私は、主人の精液を摂取する事で魔力を回復するのです」
「………… 」
焔が言葉を失い、ゆっくりと天井を見上げた。 聴き慣れない単語が耳に届いた気がするのだが、真顔で言われたので確信が持てない。いや、コレは聴き間違えたとしか思えない。
(聴き間違えたのは間違い無いだろうが、本来言ったであろう言葉の想像すら出来ないぞ?)
適切な返しが出てこず、焔が反応に困った。
「…… 主人?」
反応が無い事を不思議に思い、リアンが声を掛ける。
「あぁ、すまん。聴き間違えたみたいでな、その…… 悪いが、もう一度頼めるか?」
「魔力の回復をしたいので、主人の精液を頂けますか?」
「………… 」
「あの……主人?もう一度言いましょうか?」
縁に座る焔の太腿にそっと触れ、リアンが主人の顔を見上げる。その手の熱さに焦りながらも、焔は「いやいや、ちょっと待て。お前は何を言っているんだ?」と冷静な声で返した。
「主人の、ココから出るであろう精液を頂きたいと、先程からお願いしているのですが」
ツンッと指先でモノをつつかれ、焔の体がびくっと軽く跳ねた。
最初は一人で入っていたので腰には何も巻いておらず、完全に無防備な状態である事が悔やまれる。
「あー……俺は男だが、お前は違うのか?」
「いえ、私も男ですよ」
「……じゃあ尚更理解出来ないんだが。魔力の回復に精液が必要だとか……何でそうなるんだ。お前も睡眠や薬で回復するんじゃないのか?」
「私は召喚魔なので、どうしても必要なのです。だって主人——」
言葉を一度切り、リアンが焔の細い太腿に頰を寄せて項垂れる。黒い髪が湯の中で怪しく広がり、スッと細められた青い瞳に焔は一瞬だけ目を奪われてしまった。
「此処は、BLゲームの世界ですからね。しかも恋愛シュミレーションゲームの方です。残念ながら、冒険やクラフト、戦闘などをメインとしたロールプレイングRPGの世界ではありませんよ?」
「……は?び、え?」
意味がわからず、焔がまともに言葉を返せない。
「ボーイズラブの世界だと言ったのです。もう一つ付け加えさせて頂きますが、十八禁のゲームでもあります」
「十……んー?」
話に全くついていけぬ焔が眉を顰めた。
「魔王を倒すまでの道中はそう簡単にいくものではないと、私は言いましたよね?」
「あぁ、言っていたな」と、焔が頷く。
「アレはですね、私との好感度を上げなければ真っ当には先に進めないからですよ」
リアンは真顔で、大嘘を言い切ったのだった。