テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「まったく……この建物、バリアフリーって言葉、知らないのかしらね」
長く果てしない螺旋階段――
休憩を挟みつつ、文字通り“血反吐を吐きながら”車イスでなんとか登りきった先にあったのは、
拍子抜けするほど普通の、小さなドアだった。
「…………」
ドアノブをゆっくりと回す。
ギィ……という音と共に扉を開けて中へ足を踏み入れると――
「……なに、これ」
部屋の中央には、淡い光を放つ青い球体が宙に浮かび、
その周囲を取り囲むように12の椅子が配置されていた。
――まるで、私たち以外にも誰かが来る前提で設けられたかのように。
「遅かったですな、サクラ女王」
「……アレン国王?」
声のする方へ振り返ると、入ってきた扉の脇に立っていたのは――
ミクラル王国の国王、アレン。
今日は白い髭をたくわえ、しわに包まれた老いた姿となっている。
そしてその隣には――アバレー王国の女王の姿があった。
「此処で妾たちは待つんじゃ」
「愛染の女王様……お初にお目にかかります」
「ぬかせ。何が“初”じゃ。妾とお主は――」
「私が《女王》になってからは、お初です」
「……ふん」
私も二人の国王の隣へと、車イスを静かに移動させる。
――おかしい。
本来なら、ここに集った三人こそがこの会議の中心のはず。
それぞれの国家のトップが揃っている。それなのに、なぜ皆、立ったままなのか。
「…………」
「…………」
「…………」
……違和感。
これで“揃った”はずなのに、誰も口を開こうとしない。
――まるで、“誰か”を待っているかのように。
「あの……」
私が口を開こうとしたその瞬間――
アバレーの女王、愛染の女王が手を挙げて制した。
「黙っておれ。妾たちは、この場では必要最低限の会話しか許されぬ。
……もっとも、お主は“何も知らぬ”じゃろうがの」
「サクラ女王、あなたは……カバルト国王から、何も聞かされていなかったのですか?」
「……はい」
「ふむ……妙なことですな。
本来、このことは“王位を継ぐ際に必ず伝えられる”はずなのですが……」
――そう。
私は“聞いていない”。
あんな別れ方になってしまったから……結局、何も。
私はそのまま、静かに口を閉ざし、再び沈黙の中へ身を預けた。
そして――
「……!?」
「フン、どれほど待とうと――他に誰か来るとでも思ったか? 愚かな人間どもよ」
いつの間に――!?
私たちが見つめていた円卓の一番手前。
そこに、まるで“最初からいた”かのように、
黄金と紫の鎧をまとい、黒髪に色白の男がつまらなそうにこちらを見下ろしていた。
「…………」
その眼差しは、虫けらでも見るかのように冷たい。
「よくもまあ……この“我”を前にして、平然と頭を上げていられたものだな?」
「っ!?」
気づけば、隣にいた二人――愛染の女王も、アレン国王も、
土下座のように、神にすがるように、深々と頭を垂れていた。
私たちは【国王】だ。
この世界において、最も頂点に立つはずの者たち。
……なのに。
この男には、二人とも頭を下げている――!?
ど、どういうこと……!?
この男は――いったい何者……!?
「し、失礼しました……! なんせ、今日から――」
「俺が“話していい”と言うまで、貴様は口を開くな。……出来損ないが」
「っ……!」
「それと――この場に、そんな不敬なモノを持ち込むとは、正気か?」
瞬間、私の乗っていた車イスが“何か”に持ち上げられる。
「……えっ――きゃっ!」
私は床に放り出され、尻もちをついた。
目の前で、車イスが音を立てて――
バキバキッ……ギチィ……ッ
無数の見えない力に潰され、捻じ曲げられ、
その金属はやがて、拳ほどの大きさの“鉄の球”となって床を転がった。
その無惨な球を見下ろし、彼は冷たく吐き捨てる。
「身の程を知れ。
この座に集う資格すら、貴様にはないのだ」
「…………」
私は、必死に声を出すまいと堪えていた。
ダメ……口を開いたら、きっと“次”は――
――誰? この人は。
何が起きてるの? なんで……どうして……?
疑問が次々と頭を渦巻く。
でも、ひとつだけ――はっきりわかることがある。
――私たち《国の最高責任者》ですら、この男の“下”にいる。
私は、他の二人と同じように、ゆっくりと地に膝をつき、頭を垂れた。
「……ようやく分かったか」
「今回は、そこの出来損ないが“初”だということで――殺すのは許してやろう」
「…………っ」
口に出すことすらできない屈辱と恐怖。
「さて――」
「俺が、わざわざこんな辺境の会合にまで“出向いてやった”理由。貴様ら、わかるか?」
ギリッ……と音がしそうなほどの圧。
その場にいた愛染の女王が指名され、頭を下げたまま震える声で返す。
「……わ、妾には……分かりません」
ちらりと隣を見ると、愛染の女王は額から尋常ではないほどの汗を流していた。
まるで“死の宣告”を受けた者のように。
「……ほう?」
頭上から、あの男が――ゆっくりと近づいてくる気配がした。
まるで音もなく、死神が足音を忍ばせるように。
その足が止まったと思った瞬間。
ザッと、愛染の女王の赤い髪が男の手に掴まれ、乱暴に引き上げられる。
「っ……!」
苦悶の表情を浮かべる愛染の女王。だが、男は一切気に留める様子もなく、
まるで石ころでも持ち上げるように、そのまま口を開いた。
そして、次の一言――
私にとって、決して聞き捨てならない言葉が、冷たく投げつけられた。
「……“貴様の国を管理していた”【ジェミニ】が死んだ」
「――この意味が、貴様にわからぬはずがあるまい?」