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もあ
44
鬼霧宗作
50
#復讐
りう。
45
さぶれ-SABURE-
1,239
血を吐いて倒れたケイリクスは、かすかに声をこぼすだけで、もがき苦しむこともうめき声を上げることもなかった。
果てしない苦痛を味わっているはずなのに、もうすぐ死ぬというのに、なぜか笑っている。
それがやけに気に障り、ふつふつと怒りが込み上げた。
メリーティアの人生をめちゃくちゃにしておいて、心を壊しておいて、グウェンダルを、赤子を殺しておいて、自分が死ぬときは満足して逝くだなんて本当に憎たらしい男だ。
この身に溺れさせてから殺してやったらさぞ怒り悲しむと思ったのに、意味がわからない。
ケイリクスという男は、結局メリーティアには到底わかり得ない頭のネジが外れた人間なのだろう。べつに理解したくもないが。
「わたしは嫌いだったわ。大嫌いだった。ずっと、今も、明日も、死ぬまで嫌い」
血がカーペットに染み込んで、どす黒く染まっていく。生臭い鉄の匂いに混ざって濃い桃の香りが部屋に充満していた。
それでもケイリクスは笑ったまま、幸せそうにメリーティアの顔を見つめてくる。
(きもちわるい)
「……もっと醜く叫びなさいよ」
無様に泣き叫んで死ぬのはいやだとあがく姿が見たかった。
愛し合っていたはずなのにどうして殺すのか、と絶望させたかった。
「死ぬのを受け入れたみたいな顔しないで! 死にたくない、助けてくれってみっともなく縋りなさいよ!」
笑うように息をこぼしたケイリクスの口から血が噴き出す。
「メリーティアに殺されるなら……悪くない終わり方だ」
「なによそれ!!」
勝ち逃げされるみたいで悔しい。
殺すことが復讐にならないなんて想定していなかった。
こんなふうに満足して死なれたらケイリクスに殺された赤ん坊は浮かばれない。メリーティアの気持ちもやり場がなく、復讐のためにこの人生を費やした努力も苦労も報われなかった。
(最初で最後の機会だったのに……!)
悔し涙を流しながらケイリクスをにらみつけていると、不意に彼が大きく目を見開いた。
その瞬間、頬の近くで風を切るような鋭い音が鳴る。
ケイリクスの苦悶の声が聞こえた。
彼の胸に、剣が刺さっている。
おそるおそる振り向くと、抜身の剣を持ったグウェンダルが背後に立っていた。
「……どうして……」
彼が部屋の外で護衛をしていたのを知っていながら声を荒らげてしまった自分の落ち度だ。
だがこの状況かつ、帝国騎士団長という彼の立場ならば、剣を突き刺すのはケイリクスではなくメリーティアでなければおかしいだろう。
「事情はよくわからないが、君は皇帝陛下を弑するのが望みだったんだな。なら、君の手だけを汚させるわけにはいかない。この罪は私が被ろう」
「そんなのだめよ……あなたは、あなたはこんなことしたらいけないわ……幸せに、ならなくちゃだめなのに……」
これではメリーティアのしてきたことが何の意味もなくなってしまう。
皇帝暗殺の罪を犯した者の末路は死刑だ。
「陛下には散々嫌がらせされてきたんだ。私にもこうする権利は多少なりとあるだろう?」
「いやがらせ……?」
「ほかの男に抱かれる君の声を聞き続けて、私が正気でいられると思っていたのか?」
言葉とはうらはらに、グウェンダルは冷静だった。
頭の中で何度もケイリクスを殺していたのかもしれない。いつかこうする覚悟はできていた、という表情にも見えた。
「それに、私が殺すほうが堪えるようだぞ」
「ぐ、うう……っグウェン、ダル……!」
刺さったままの剣をグウェンダルがぐりぐりと回すと、ケイリクスは掌が傷つくのも忘れて両手で剣身を握り締め、脚をバタバタさせてのたうちまわる。
目は血走り、毒と心臓を貫かれる痛みで壮絶な表情だった。
「君が理由もなくこんなことをするとは思えない。ずっと考えていたんだ。今までのこともすべて、私にも話せないような事情があったんだろう。君が貶めてきた彼らは殺されるに値する罪を犯したんだな?」
「メリーティアッ、そなたの、そなたの手で死なせてくれっ! メリーティアァァアッ」
ケイリクスが必死に手を伸ばしてくる。その姿は笑ってしまいそうなくらい無様で、滑稽だった。
だがそうさせているのがグウェンダルだと思うと胸中は複雑だ。
「死ぬ間際に彼女の顔を見られると思うな」
ケイリクスを遮るかのようにマントで囲われる。
何も見えないまま、断末魔の叫びが聞こえた。
「グウェンダル、どいて」
「まだだめだ」
邪魔なマントを強引によけると、ケイリクスの胸から剣が抜かれるところだった。
目は上を向いていて、身体は痙攣している。
やがて震えが突然ぴたりと止まり、絶え間なく吐いていた血は口の端からただたらりと垂れていく。
それは生命活動が止まったことを意味していた。
足に力が入らないため、手で這うようにしてケイリクスに近づいた。ついた膝のところからナイトドレスに血が染みてくる。掌も血で汚れ、引きずった毛先も赤く染まっていく。
仰向けに倒れているケイリクスの胸に耳をつけた。
何の音もしない。
「はは、は、あはは」
生き返ってからずっと絡みついていた緊張がほどけ、気づけば口から笑い声がこぼれていた。
これで全員を破滅に導いた。
ネビルも、トリーも、ヨハンセンも、モナも、ケイリクスも。
もう誰も殺されない。あんなことは二度と起こりようがない。
達成感が胸に込み上げる。よくがんばったと自分を褒めてあげたい。――でも、喜んでばかりもいられなかった。
「許さないわよ、グウェンダル」