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恨みがましくそう言って振り返った瞬間、いきなり抱え上げられた。
そしてグウェンダルは迷いなく走りだす。
「ちょっと、下ろして……!」
「だめだ。静かにしていろ」
「どこに連れて行くつもりなの……っわたしは、わたしは」
「逃げるんだ」
メリーティアを肩に担いだまま、グウェンダルは片手に剣を持って離宮を飛び出した。
ここには専属護衛騎士であるグウェンダル以外にも、警備として騎士が配置されている。グウェンダルは彼らを鮮やかな剣さばきで気絶させていった。
彼はここからメリーティアを連れて逃げようとしているようだが、離宮の出入口はひとつしかない。皇帝宮を通るとなると、ここの十倍はいる騎士を振り切っていく必要がある。さしものグウェンダルといえど、人ひとりを抱えている状態では無理だ。
そもそも、メリーティアは逃亡するつもりがなかった。
皇帝を殺した罪で処刑されるとなると、ハイゼンベルグ家も巻き込んでしまう可能性があるため、自分も『ヴィネコット』を飲んで死ぬつもりだったのだ。
するとケイリクスとメリーティアのふたりが毒殺されたように見えるだろう。
その結果『ヴィネコット』を贈ってきたアイボリー家があるいは罪に問われてくれないかと考えていた。
グウェンダルがケイリクスにトドメを刺したせいで計画がすべて狂ってしまった。
彼は離宮の庭園に配置されていた騎士まで全員制圧すると、ここ一帯を囲む塀のほうへ向かう。
さすがに人が生身で越えられるような高さではない――と思っていると、グウェンダルは足元の茂みを掻き分けた。
「穴が……」
「言っただろう、君を救い出してみせると。準備は抜かりない」
上手く隠されていたが、地面に穴が掘られている。塀の下のほうも少し崩されていて、グウェンダルの体格でもじゅうぶん通れそうだった。
トンネルのようになっているそこに頭を突っ込まされそうになり、メリーティアは抵抗する。
「わたしは行けないわっ」
「君も私もここにいれば捕まって処刑されるだけだ」
「そうはならない。あの男を殺したのはわたし。あなたの剣を奪って、わたしが殺したの。それでいいのよ。だってわたしも死ぬんだもの! あいつが飲んだのと同じ毒を飲んで!」
「だめだ。君は私と逃げるんだ」
相変わらずの無表情で言い切るグウェンダルに、だんだん腹が立ってくる。
彼の手を強引に振りほどき、あらん限りの力で胸板を突き飛ばした。それでもびくともしないから、何度も何度も拳で叩く。
「わたしが誰のために今まで必死でがんばってきたと思ってるの!? あなたに幸福な人生を歩んでほしかったからよ! だから婚約を解消したの! だから遠ざけたのよ! あなたがわたしといっしょに逃げたら、何の意味もないじゃない!」
前回のことを知る由もないグウェンダルからしてみれば、何を勝手なことを、と思うだろう。
それでも努力をふいにされたくなくて、言ってしまったら止まらなくて、ただただ涙交じりに叫んだ。
叩く力もなくなった手を掴まれる。
荒い息を繰り返していると、いきなり唇を重ねられた。
「――っ」
突然何をするんだと怒鳴ろうとしたのに、真正面からまっすぐに見据えられてメリーティアはひくっと喉を鳴らした。
グウェンダルの瞳をこんなにちゃんと見るのは、とてもひさしぶりだ。
掴まれた手が熱くて、振り解けない。
「君がそばにいないと私は幸せになれない」
「……っ」
そんなふうに言われて、拒めるわけがない。
一瞬の隙をついて、グウェンダルに無理やり穴をくぐらされる。すぐにあとを追ってくぐってくるから逃げる暇もなかった。
塀の外は、あまり人が近寄らないように木が深々と茂り林のようになっている。
すぐ隣に皇帝宮があるが、ここは離宮の管轄のため皇帝宮の人間は近寄らないよう徹底されていた。
その林の中に、馬を連れた男が立っている。どうやらグウェンダルの手の者らしい。
もしかしてメリーティアに「救い出してやる」と言ったそのときから、毎日ここに馬を連れて来させていたのだろうか。
準備は抜かりないと言っていたが、周到にもほどがある。
グウェンダルは男から手綱を受け取ると、メリーティアを先に鞍に乗せて後ろに跨った。それから頭の上にマントを被せてくる。
急に前が見えなくなったことに慌てていると、「落ちるなよ」と囁かれたのと同時に腹に腕が回され、馬が走りだした。
悲鳴を上げたいのをなんとか堪え、腹に回されている腕に両手でしがみつく。
皇宮内を馬で爆走するという暴挙に出ているが、見回りの騎士たちは馬上のグウェンダルを見ると素っ頓狂な声を上げるだけだった。
ケイリクスの死体は離宮にある。
離宮の騎士や使用人たちはグウェンダルが気絶させたため、まだ外には皇帝が殺されたことは洩れていないのだ。
バレればたちまち非常事態宣言が発令され、皇宮、もしくは帝都の出入りが禁止される可能性が高い。
そうなる前に帝都からは脱出しておきたい、というのが彼の考えなのだろう。
本来なら指示を出す立場であるグウェンダルがいないため、対応は遅れると予想している。
静かな夜にそぐわない蹄鉄の音が響き渡る。走り続けてようやく城門が見えてきたが、この時間は当然閉ざされていた。
グウェンダルは門衛の騎士に向けて声を張り上げる。
「――開門ッ!」
メリーティアの護衛騎士に任命されてからは訓練に顔を出せていないが、騎士団内でグウェンダルは団長として畏れられているようだ。
特に訓練のときに集中的に扱かれる若手の騎士は、グウェンダルのよく通る張りのある声を聞いただけで反射的に震えあがる。
「えっ、団長!?」
「緊急事態ですか……!」
戸惑いながらも門を開けた騎士の間を、グウェンダルは減速することなく駆け抜けていった。
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