テラーノベル
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「……チッ、どけよ。マイナスが移るだろ」
俺は、駅のベンチで横たわるホームレスを冷ややかに見下ろした。
スマホをかざすと、その男の頭上には
【不徳:-1,500】という巨大な数字が赤く点滅している。
「公共の場を私物化し、生産性ゼロ。おまけに悪臭。……立派な罪だな」
一週間前までの俺なら、少しは同情の余地があったかもしれない。
だが、今の俺は「善人」ランクの特権階級だ。
徳を積めない人間は、この社会のバグでしかない。
ふとアプリに目を落とすと、新しい通知が届いていた。
『デイリー・ジャスティス:公共の静寂を守りましょう』
視線の先では、ベビーカーを引いた母親が、泣き叫ぶ赤ん坊を必死になだめていた。
周囲の乗客は迷惑そうに眉をひそめているが、誰も何も言わない。
【不徳:-200 騒音、管理不足】
画面のARカメラが赤ん坊を捉える。
以前の俺なら「大変だな」と思っただろう。
だが、今の俺には「騒音」という不徳を放置している周囲の奴らまでが「共犯者」に見える。
俺はスマホを手に取り、母親の元へ歩み寄った。
「あの、すみません。アプリ、やってますよね?」
母親が怯えたように顔を上げる。
彼女のスマホにも『徳ポリス』の画面が見えた。
「あ、はい……。でも、子供がどうしても泣き止まなくて……」
「言い訳はいいです。これ、不徳の通知来てますよね? あなたのせいで、車両全体の『徳の平均値』が下がってる。他人の幸運を阻害してる自覚、ありますか?」
「……っ、申し訳ありません」
彼女が頭を下げると、俺のスマホがチャリン、と軽快な音を立てた。
【浄化成功:徳+200】
【ボーナス:正義の執行者】
「はは……最高だな」
奪ったポイントで、俺のランクはさらに上昇する。
その直後、ポケットの中で別の振動。
「あ、八神さん? 前に話してたコンペ、君の企画が通ったよ!異例のスピード昇進だ!」
電話の向こうで上司が興奮している。
やっぱりだ。他人の不徳を削れば削るほど、俺の人生の質は上がっていく。
俺は、駅のホームを歩きながら周囲をスキャンし続けた。
背中を丸めて歩くサラリーマン
小銭を落としたのに拾おうとしない学生
信号を無視しかけた老婆。
街中が「不徳」の山に見える。
「俺が掃除してやるよ。この街のゴミを全部な」
俺の目に映る景色は、もはや「社会」ではなかった。
ただのスコアを稼ぐための「ゲーム会場」だ。
画面の中で、俺の顔を映すアイコンが、不気味なほど完璧な笑顔を浮かべていた。
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