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第7話:鍵の場所
その日、私は西陽が差し込む前に、祖父の家に着いていた。
なぜか落ち着かない胸のざわつきがあって、物置ではなく居間の方へと足が向いた。
ふすまを開けて、畳のきしむ音を聞きながら、部屋をぐるりと見渡す。
部屋の隅に、重たい古箪笥がある。
祖父が生前使っていたもので、茶色の漆がくすんでいた。
その裏に、何かが落ちているのが見えた。
埃を払いながら手を伸ばし、小さな金属の鍵と、折りたたまれた紙片を拾い上げた。
紙には、祖父らしい端正な文字で、ただ一言。
「もし みつけたなら さきに よんでほしい」
指が、少しだけ震えた。
鍵は小さく、手のひらの中でぴたりと静まる。
おもちゃのようなサイズなのに、なぜか妙に重たかった。
私はそのまま、物置に戻った。
本が待つあの場所へ——西陽が、ちょうどページを照らしはじめていた。
今日の言葉は、まるで私の行動を予知していたかのようだった。
「ここまで だれにも きづかれなかったのが」
「きせきだ」
その次のページには、こう続いていた。
「おまえに たどりついて ほしかった」
「そして なにかを えらんでほしかった」
“なにか”。
その“なにか”が何を指すのかは、まだわからない。
でも、祖父は私に何かを託そうとしていた。
文字で、空気で、沈黙で——。
*
鍵を手に、私は家の中を探した。
倉庫の扉、机の引き出し、床下の隙間。
しかし、どこも合わなかった。
もう一度居間に戻ったとき、仏壇の下にある小さな木箱が目に入った。
取っ手の部分に、ほんの小さな鍵穴。
試しに鍵を差し込むと、「カチリ」と静かな音が鳴って、蓋が開いた。
中には一冊の古いノートが入っていた。
ページの端は焼けかけていて、インクがかすれている。
私はその場でノートを開いた。
一ページ目に書かれていたのは、祖父の文字だった。
「これは わたしの 書けなかった日記だ」
そして二行目に、こう記されていた。
「読まれることを のぞんだわけではない」
「ただ 見つけてもらえることを 信じていた」
*
ノートを閉じたとき、外では風が吹いていた。
軒下の風鈴がひとつだけ鳴った。
祖父の影が、どこか近くにある気がして、私はそっと肩をすくめた。
その夜、本を開くと、最後にもうひとこと書かれていた。
「つま には みせないで」
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