通りから、昼間の余韻がやっと消えた。
商人達が戻ってきて、明日のためにと、一様に店を構えている。誰が通り過ぎようと、気に留める者などいない。
馬に乗った数人の男たちが、抜けて行く。
鋭い眼差しを持ち、あきらかに市井の者とは異なっていた。そろいの長衣《ちょうい》を纏う彼らからは、冷たい気が流れていて、警備の兵とも異なる殺気を漂わせている。
空に一番星が現れて、街路から人が消えはじめても、彼らは悠々と進んでいく。
先頭を行く男の長衣がはだけ、腰に剣が見えた。男はそっとあたりを確かめて、長衣を整えた。
武官以外の帯刀は禁じられている。素性あきらかな一行とはいいがたい。しかも、彼らが進んでいく先には、集落などない。
あるのは、やんどころのないお方のお屋敷だけ。
広大な敷地に、お一人で暮らしているのだと、民は承知している。
……刻一刻と時は迫り、それぞれの思いが、動き始めていた。
──今日一日、往来は騒がしかった。
ざわざわと騒ぐ人の気配が、屋敷内にも流れてきた。
ユイは、外の騒ぎがミヒに届くのではないかと、心中おだやかではなかった。
中心から離れたこの屋敷にまで、ざわめきが聞こえてくるとは。さぞ、たいそうな行列だったのだろう。
ため息をつきながら、蒸す部屋に風を通そうと、引き戸を開ける。ユイの部屋は、西日の照り返しを受けるために、一日の熱がこもりやすい。
すっと部屋に流れこんできた風に、昨年のことを思いだす。
ジオンが庭で蛍狩りを行った。ミヒはたいそう喜んだが、今年はそうもいかないだろう。
いったい、これからどうなるのだろうか。
その時、馬の嘶《いなな》きが聞こえた。
厩《うまや》は、庭のはるか向こう側にある。普段、馬の嘶きどころか気配すら感じたことはない。
ユイは、回廊に立ち耳を済ませてみる。
時折、屋敷の外を巡邏《じゅんら》の兵が通って行くが、聞こえる嘶きは近すぎて、それとは違うような気がした。
勘は正しかった。
屋敷を囲む塀を、乗り越える複数の影――。
助けを呼ぶ間もなく、きらりと光る刃《やいば》が振り降ろされ、ユイは絶叫とともに崩れこんだ。
忍び込んできた男達はそろいの長衣を翻し、息を潜めて駆けて行った。
幸か不幸か、今日に限って、屋敷に使用人はほとんどいない。ユイの叫びに気づく者はいなかった。
彼らの狙いは、屋敷の主《ぬし》。
この輩《やから》には、屋敷のつくりを教える者がいた。その指示に従い、巡らされている回廊に沿って身を屈めながら、主《あるじ》の部屋を目指していく。
小さな中庭の脇に、しっかりとしたつくりの棟が見えた。
細部にまで吉祥模様の意匠が施された優美な雰囲気に、探しものだと一行は思う。
露台《テラス》に面した窓には、明かりが灯っていた――。
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