――ジオンは、形だけの夜を済ませるつもりだった。
とりあえず、花嫁の部屋へ下って、ご機嫌伺いの言葉をかけておけば、互いの面目はたもたれる。そう思っていた。
ところが……。
リヨンの部屋へ下がる途中、異変を知ることになる――。
渋々回廊を渡っていると、すがりつくように、影が飛び出してきた。
ミヒの屋敷にいるはずのウォルが、足元で呻《うめ》いている。
体には、刀傷が。
「……ミヒ……が……」
ウォルの搾り出す一言で、ジオンの顔色が変わった。
そして、妻としての勤めを果たすべく、リヨンは、控えていた。
部屋には、芳しい香がたきしめられ、卓には夫となる王のために酒盃がある。
花びらを浮かせた湯につかり、幾度も櫛を通した髪を一つに束ね、リヨンは王を待っていた。
しかし……。
駆け込んできた侍女が、リヨンの足元に平伏すると、口重に言葉を発した。
王がこちらに下らない。
急用ができたとか……。
(急用?!)
聞かされた言葉に、リヨンは耳を疑った。
内心、ほっとしたけれど、しかし、これは、許されることではない。
「王妃様……」
呼ばれて、リヨンの顔つきが変わった。
「王妃?私《わたくし》が?初夜に、王が下らぬ妃《きさき》など、どこの世におる!」
言って、沸き起こる思いのたけを、部屋の調度品にぶつけ始める。
ガシャン、ガシャンと、女人の部屋には似つかわしくない音が続く――。
国からついてきた女官達は、青ざめた。
事の真相を探ろうと、たちまちに喧騒が巻き起る。
リヨンは、奥の寝室へ移ると、大仰にまじ切る引き戸を閉めた。
ふと、顔を上げた先、壁のくりぬき窓から外が見えた。
先にあるのは王の私室のはず。明かりひとつ灯っていない。
かわって、ガチャガチャ揺れる鎧《よろい》の音と、重苦しい足音が耳をつく。
(警護兵?なぜ、兵が?)
外は戦でもおこったかのように、慌てふためいていた。