その後、そのまま未門と合流。クルトは見つからなかったので一旦放置して家に帰ることに。
美愛や沙樹、風魔に蒼空や雨嶺には怒られるかもしれないけど許されるかなとか考えつつ軽い雑談をしながら帰った。
「ただいま〜」
ようやく帰ってこれた我が家。仲間が増えてきたからなのか玄関に靴が多い。
「あれ、桃香。遅かったじゃん。雨嶺もクルトももう帰って……」
こちらを見て凄い睨んでくる美愛。……なんだか嫌な予感がする。
「……星奈?ってことはまさか……!」
「……えへへ、先に乗り込んじゃった」
その瞬間、後ろから熱気を感じてゾッとする。まずい、まずい…!
ちなみに星奈と未門は退避済みである。私を見捨てないで……。
「…ちょ、沙樹さん?ここ、和室でしてね。あの、その前にこの家木造でしてね……?あの……燃えるんですけど……?」
私の必死の命乞いも無下にされ沙樹は術を発動した。……というよりも、発動させてしまった。
火の神の使いというのは、術の制御が尋常じゃないくらい難しい。怒っただけで勝手に術が発動してしまう程で、術を使うにはまず感情の制御が必要不可欠である。
「ちょ!?あの、燃える!燃える!ちょ!?」
「……はぁ。展開術・雨乞い」
美愛の術が展開され小雨が降る。そして火は静かに鎮火され少し焦げたくらいで済んだ。だが雨のおかげで私もびしゃびしゃである。
「……何しているんですか?巫女様」
そこに、先に帰っていた雨嶺が部屋に来た。……そんなめでこっちを見ないでくれ。割と傷つくぞ。
「……なにしてるの、桃香」
更にそこに、星奈を手伝っていた未門がいた。……だから辞めてくれ、その目。
後ろから星奈もお茶を持ってひょこっと現れた。軽く引いているような目をしている。私も好きでびしゃびしゃになった訳じゃないよ…。
「展開術・太陽の加護・陽」
未門が術を発動してくれたおかげて少しずつ乾いていく。本当ならこの術は回復術という括りにはなるので今使うのは違うような気がするけど…。助かったので何も考えないようにしよう。
「ありがとう未門。じゃあ私外に行ってくるから諸々の説明よろしく!」
「……桃香?」
逃げるは恥だが時には有効!!逃げたもん勝ち!!ごめん未門!
沙羅家の裏に行くと石の階段があり、階段を上がると開けた土地にひとつだけぽつんとお墓がある。その前にしゃがむ。
「……ただいま、母様」
先代、沙羅家初代巫女の沙羅彩華のお墓である。本当ならこんなにじめじめした場所に骨を埋めなくても良かったのに先代はここを選んだ。理由としては、死んでからも沙羅の巫女の骨は利用価値があるからと言っていた。だから、沙羅家の裏にした。
ここは、とても落ち着く。何故なのか分からない。だけど、ここがいいなってなんとなく思える。
「……巫女様がここに来るのは珍しいですね。初めて見ました」
「……蒼空」
「失礼を承知で申し上げますが、巫女様はもう少し大切にされている自覚を持ってもいいと思います」
大切にされている自覚……ね。難しいことを言うなぁと思いつつにこっと笑っておく。
「……すいません、言いすぎました」
「いや、大丈夫だよ。もう少ししたら帰るから先に言っていて」
「分かりました」
また、ここに1人になる。静かで、心地よくて、ずっと居たくなるけど、それは無理だ。
「……母様、私は、小雪に会おうと思います。そして…夢香のことを話します。……小雪は、多分怒るでしょうけど、それでも、話さないと。小雪には、知る権利がありますから。……今度は、面白い話を持ってきますね。……またね、母様」
そう言って立ち上がる。母様の墓を背に仲間達の元へ向かう。
「あ、巫女様。おかえりなさい」
家に帰ると目の前に風魔がいた。
「あれ、風魔?どうしたの?」
「クルトが帰ってきてからずっと寝ていたのですが起きたのでご報告に行こうかなと思っていまして」
「あ…なるほどね?ありがとう。あ、そうだ。この後のことみんなに話したいから集めてもらえる?」
皆が部屋に集まってきたのでお茶でも飲みながら説明をする。
「それじゃあ、今後なんだけど小雪の所に向かいたいと思っている。今回は美愛と蒼空と一緒に行こうかなって思ってる。その間未門は別のことするらしいから風魔、星奈、沙樹は未門について行って欲しい。残りの人は家に残っていて。……なにか異論ある人いる?」
一気に説明したのに皆異論は無いらしく無言が続いた。
「それじゃ、各々好きなようにしてもらっていいよ。解散!」
明日から向かおうかなと思いつつ外を見る。小雪、元気かな……。
翌日、美愛と沙樹と一緒に小雪の所に向かった。
小雪と私は喧嘩別れをしたまま、全ての縁を切られたと言っても過言では無い。
雪の神の使い、小雪。気体の扱いがとにかく上手い。術への理解度が私達と桁が違う。それなのに月詠や四人神に劣るのはもう純粋な才能でしかない。それでも、努力を惜しまない子である。
そして、昔大切な親友を失った子でもある。夢の神の使い、夢香。かつて私達の仲間でありこの大陸から追放されてしまった子。小雪の、親友である。そして、追放したのは他の誰でもない私だ。信じていた主に大切な親友を捨てられた、そう捉えられても仕方の無いことを私はした。それ以降、私と小雪は話をしていない。会おうとしても姿を見せてくれなかった。正直、今回も会えるかどうかは分からない。けど私が仲間を集めているという話も大陸に広まりつつある。
今回こそ、会えないかなと願って歩いていたらいつの間にか近くの花畑まで来ていたようだった。
「もう少しで小雪の所に着きますね。少し休憩しますか?」
「ん〜もうちょっとだからそのまま行こうか」
「え〜休憩しない?」
なんて雑談もその瞬間止まった。周りの花が少しずつ凍ってくる。周りの温度がだんだん低くなる。
「……久しぶり。また会えて嬉しいよ。小雪」
ゆっくりとこちらに近づいてくる人。
肩より少し長く少し濃い水色のような髪に同じような色の目を持ち、雪の結晶のマークが入った和服を着ている人。彼女こそ雪の神の使い、小雪である。
「…随分と久しぶりですね。夢叶を、返して頂けますか? 」
「……ごめんね、出来ない」
「……でしょうね」
そう言って戦闘態勢になる小雪。何年も戦っていないせいで小雪がどれくらいの強さなのかほぼ覚えていないがそれでも油断しない方がいいに決まっているし戦いたくない。
「……ねぇ、小雪。話をしない?」
「しない。私から大切な人を奪った人間の、何を信じろと言うの?貴女なら知っていると思っていたのに…。他の誰でもない、貴女だからこそ、信じたのに。私がどれだけ夢叶を大切に想っていたのか。なのに、どうして夢叶を追放したの!ねぇ!!」
「……それは。……夢香が」
そこまで言って口を閉じた。出来れば、小雪だけに全てを話してしまいかった。
「…結局、いつも同じ答えしか言わない。偽善者を騙るなよ」
「……」
“偽善者”。そう、その通りだ。昔も今も、私は嘘に守られている。そうじゃないと自分が自分じゃ無くなりそうで。そういう方法でしか、生きられなくて。息の仕方が分からなくなるの。
図星だ。だからこそ、その言葉は私に刺さって抜けない。氷のように冷たい言葉だ。
「小雪、先程の発言の撤回を。巫女様に対する侮辱の言葉の撤回を」
何も言い返せない私の前に蒼空が立つ。美愛は後ろでこちらを見ている。いつもなら私が何か言わないと動かない蒼空が自分の意思で動いた。
「……なに、その私を殺したいっていう目」
「えぇ、殺してしまいたいですよ。私は巫女様が大事なので。大事な人を侮辱されて黙っている人間とでも?」
「……別に、私は美愛様や蒼空を凍らせたい訳じゃないよ。私が凍らせたいのは…巫女だけだ!!」
その瞬間美愛が動いて蒼空が術を発動しようとした。だが、それよりも前に小雪の術が展開された。
「展開術・生命の凝華!」
それに合わせて私も術を展開する。
「展開術・薔薇の喰霊」
小雪の術、生命の凝華は空気中にある二酸化炭素を凍らせる術である。
対抗策はほぼ無いに等しい。だが、今回私が展開した術は薔薇の喰霊。本当なら薔薇が咲き乱れ毒をばら撒く術なのだが逆のことも可能であり薔薇の咲いている場所全ての二酸化炭素を喰い殺した。
故に、私は凍らなかった。
「……一筋縄ではいかないよな」
「小雪、話を聞いて欲しい」
今この周りには私と小雪しか居ない。話すなら、今だと思った。
「……まぁ、この術は私が解除しないといけないし。少しだけなら聞いてもいい」
「……ごめんね、小雪。ずっと黙って騙して夢香は、追放という形で元の国に戻っただけなの。夢香との最後の約束で話すのはしばらく後にして欲しいって言われていて話せなかったの。ごめんね」
「え……?夢叶との……約束?」
「うん。信じて貰えないかもだけど……。本当に、今までごめんね」
「……こんな所で、嘘を言うわけないですよね?」
「当たり前でしょ。何せ、小雪は私の仲間だよ」
「……あんなに、敵対したのに?あんなに、信じなかったのに?」
「それは、私のせいだったから」
「……信じたくなかっただけなんです。誰よりも貴女が知っていた。誰よりも、貴女を信じていた。だから貴女が、他の誰でもない貴女が追放したというのを信じたくなかった。だからこんなことをしたんです。……真実が、怖かった。ごめんなさい巫女様」
優しい、子。だけど、全てが正しかった。
「展開術・閉ざされた昇華」
静かに色々な物が溶けていく。蒼空と美愛も溶けて動けるようになる。動けるようになった瞬間蒼空が目の前に跪く。
「申し訳ありません巫女様…。カウンターが間に合わず……」
「いや、大丈夫。むしろカウンターしてたら終わってた。あの術を解除出来るのは小雪だけだからね」
「……打たなくて正解だったのですね」
「だね」
蒼空への回答を終えて小雪の方を向く。
「それじゃあ、今度こそ話し合いをしてくれる?小雪」
「……はい。もちろんです」
「まぁ大体予想が付いていると思うけど、今回の用事はサラナ討伐の為に神の使いを集めている所でね。月詠を除けば小雪で最後になるよ」
「……なるほど。蒼空の大陸に向かえばいいですか? 」
「うん。折角だし一緒に帰ろう?」
「……いいのですか?」
「もちろん、帰ろう?」
そう言って皆で仲良く歩き出す。途中で美愛や蒼空は自分の力不足を嘆いていたけど今回は状況が悪かったとしか言いようがないと思う。
そして、しばらく一緒に歩いていたら急に小雪が術を展開した。
「……巫女様、何者かに見られております。如何しますか?」
「う〜ん……。別に目的は果たしているから無視して帰ろうかな…」
半ば無理やり術を使って飛ぼうとしたら声をかけられ止められた。
「お待ちください!敵対しようなんて微塵も考えておりません!どうか話を聞いていただけませんか! 」
そんなに必死に言われても誰か分からない以上声をかける訳にもいかない。それを皆理解しているのか黙ったままだ。
「僕からもお願いします!このままでは主様が!!」
「……主様?」
聞きなれない単語が聞こえた。主様なんて呼ばれる人仲間には居ない…はずだ。だが、とても気になる。仕える人の為にこんなに必死になれる人は、いい人なのでは?と思ってしまった。
「……小雪、術消して」
「…承知しました」
目くらましの術が消えて姿が見える。
1人は赤色の髪に白いメッシュが入った女の人。目は赤色でとても綺麗。どこかクルトを彷彿とさせる見た目をしている。メイドさんのような姿をしており手首辺りに金木犀のマークが入っている。
もう1人は青色で下にいくに連れて赤色が少し入っている髪を持つ少年だった。目は右目が青の左目赤のオッドアイだった。クルトと似たような姿をしていてよく見ると首筋に金木犀のマークが入っている。
「君達は…誰?」
「私はウピルと申します。こちらはベリアルと言います。私達は主であるクルト様から伝言を頼まれてこちらまで来ました」
「…クルトから?」
家に残っているはずのクルトがどうして伝言を頼む形に…?家のことなら雨嶺も残っているんだから雨嶺に任せて自分で来ればいいのに。…それができない状況ってことか?
「主様は”早く帰ってこい”とだけ申されてしました」
「……皆、こっち来て。嫌な予感がする。術で一気に飛ぶ。君達も一緒に行こう」
多少無理するけどそんなこと言ってられないくらい嫌な予感ばかり浮かんでくる。
皆が近くに来たのを確認してワープ術を展開させる。一瞬視界が歪んで、次の瞬間には沙羅家の前にいた。
「あっ、ウピルにベリアル!!遅い!」
「申し訳ありません主様……」
ウピルとベリアルがクルトの前に跪いて謝罪をしている。
「…まぁいいや、桃香達連れてきてくれたし」
「ねぇクルト……これどういう状況? 」
ただ、目の前の光景が信じられない。自分は…なにか悪夢の類でも見ているのだろうか?……いや、悪夢でも醒めるならいい。醒めるならどれほどの救いだろうか?夢だと信じたい。目の前の光景が信じられない。信じたくない。なんで、こんなことに。
「……別に、見ての通りだよ。正直最悪な状況。嫌な予感はしてたけど当たるなんて思ってなかったよ本当に」
目の前で、あきらかな敵対を示しているのは私の仲間の未門や沙樹、風魔に蒼空だ。
「まさか、全員敵対して帰ってくるとかボクだって信じたくないよ。あ、あと雨嶺は構う余裕が無かったからそこら辺で伸びてる」
…まぁ、雨嶺とは分が悪いだろうなと思いつつ不憫だなと思ってしまう。ごめん、雨嶺。
「あ、あとついでに悲報だけど黒刀・蓬莱が未門の手の中にある。いつの間にか盗られてたっぽい。ごめん桃香」
「……いや、いい。クルト、風魔の相手して。蒼空と小雪は星奈の相手をお願い美愛は雨嶺回収して退いて。私が未門の相手をする」
指示を出して未門と向き合う。
クルトはウピルとベリアルを連れて風魔を未門から引き離した。
蒼空と小雪はその隙をついて星奈を離した。
2人に気を取られているうちに美愛が雨嶺を回収して後ろに退いた。
「……皆、頑張っているんだよ。なら、私はみんなの倍頑張らないと。……そうだよね?未門」
最悪な相手と向き合う。未門は、強い。それはもう、出来れば相手したくないくらい。
それでも、やらなくてはならない。
私は、神の使い達の、主だ。
正直に話そう。相手なんてしたくない。
それが蒼空と小雪二人の感想だった。
「夜じゃなくて良かったですね。夜だったら、確実に勝てない」
月詠や星奈が真の力を使えるのは輝きが1層増す夜の時間だった。だか、今はその逆の真昼間。
とりあえず2人の思考は同じらしく2人とも目くらましの術を展開させた。
「……負けないようにしましょう。蒼空。巫女様の為に」
「そうだね、賛成」
「……展開術・青星」
さてこれからどうする?と相談する前に、格付けが終わった。それはもう、呆気ないくらいに秒で。
展開術・青星。基本的に相殺目的です展開されることの多い強い輝きを放つ技だ。術を同時展開の相殺とは全く根本的に異なる。と言っても、実はこの術は相殺する為に輝きのみで全て焼き払っているのだ。故に、術としてのコスパが最悪である。基本的に最終手段として使われることが多いので予想外にびっくりしていた。
「嘘、いきなりあれを…!?」
星奈の目の色が1層深くなる。警戒した所で無駄なような気がするがそれでもないに越したことはない……と、思っていたのに。
「展開術・源氏星。…展開術・シャウラの星」
綺麗なまでに、流れるように事は行われた。源氏星は白い光を出す目くらましの術だ。そしてもうひとつの方、シャウラの星。それは、味方に打つような術では無いほど殺しに特化した術だ。一撃必殺の毒攻撃で広範囲にすればするほど毒の殺生能力が落ちる。痛さはもちろん、麻痺や呼吸困難は当たり前。最低でも麻痺は付与できる術だ。
そして、それは蒼空に命中した。
「蒼空!……なんで、なんでこんなことするの!星奈!!」
怒りのまま、展開術を展開した。
「展開中・生命の凝華!」
「いい加減に寝て…。お願いだから。展開術・反撃の皨」
星奈のカウンター技が間に合った。……つまり、小雪の負けである。
そう、思われた。この少年が、現れるまで。
「随分と忙しそうですね、姉さん」
透き通るような、綺麗な声だった。
小雪と似たような髪と目を持ち、氷と雪の結晶のマークが入った和服に濃い青色の羽織を羽織っている少年が、そこに居た。
「…不香の花」
そう、唱えただけだ。なのに、無から白い雪の花が咲いてここら辺の空気を洗浄してしまった。
「……どうして、どうしてここに居るの?氷の神、白魔」
「どうしてって…。大事な姉さんに死なれては困るからね」
だったらもっと早く来て欲しかったけど…なんて思いつつ星奈の方を見る。困惑して、視線が虚ろだ。
「それはそうと、星奈、早くこっちに帰ってきて。未門さんが危ないよ」
「でも……私は……巫女様の為に……」
「ぼくが来てって言ってるの。それとも、ぼく達と敵対したい?もちろん、秋霖もセットだけど」
「ん?なに、僕の話?」
声の方に振り向くと、そこには白魔と似た雰囲気を持っている少年が居た。
澄んでいる青色の髪に似たような目を持ち、水のマークが入った和服に水色のような色の羽織を羽織った少年が居た。
「……水の神、秋霖。どうして…神が2人もここに?」
「…………小雪、蒼空、ごめん。全て、話します」
雰囲気がいつもの星奈に戻る。それと同時に、あれ?なんて思う。……洗脳の類だと思っていたのだけど、違ったのかな。
「実は、今回未門様が単独で行動した理由は”水滸“という神の使いに会いに行くというものでした。一緒にいた沙樹様は知っている様子だったのですが私と風魔だけ知らなくて…。会って確認してみたらサラナが作った偽りの神の使いでした。……かつて、私が育てていた子です。ですが、今回は戦いに参加しないと言っていたのでこれを機に説明しようと思っていたのですが洗脳の類にかかっているフリをしなくてはならない状況になってしまい……。すいませんでした」
「……なるほどね。秋霖、そっちは?」
「大丈夫、予想通りだ」
「……あらら、バレてしまいましたわ」
綺麗な、女の声が聞こえた。その瞬間星奈が声を荒らげた。
「水滸!巫女様方に……なんてことをした!」
「あら、悲しいことを言うのね。今回は私一人じゃ無いわよ」
後ろから、更に女の人が2人出てくる。
「雷華…炎……」
星奈は覚えがあるらしくさっきからずっと睨んでいる。
「……星奈、あれは敵でいいんだね?」
「…はい、白魔様」
「それじゃあ倒そうか。…でも、その前に」
チラっと後ろの方を向く。戦っているのは先程の青髪の方のクルトの部下…かな?
「あっちの方にも協力を仰いでみようか」
「主様〜!!俺だけ戦うんですか〜!?」
「しょうがないだろ、ボクもウピルも分が悪いんだから」
「だからといって俺1人は……まぁやりますけど!!」
ベリアルのこういう所は使いやすくて助かるな……と思いつつ考えを巡らせる。
主様がわざわざ私達を呼び寄せたのだからなにか私達にも利用価値があるはずだ。それにしても……随分とあの方を気に入っている。昔はあんなに嫌がって二度と見たくないとすら言っていた色なのに……。
……まぁいいか。
「主様、どうしますか?」
「ベリアルが風魔相手に遅れをとるとは思ってない。どうしよっか……」
「主様!?なんかすっごい他人事ですね!?」
「え?他人でしょ?」
「一応貴方様の眷属なのですが!?」
「はぁ……主様、後ろです」
いつの間にか敵に背後を許している主に、思わずため息が出る。
杞憂だと思いつつ心配せずにはいられないのだ。それが、主というものだ。
「…………当たらないよ?風魔。もっと本気出してみたら?」
にや、と笑って難なく攻撃を受け止める主様。さては楽しんでいるな……?
「風魔!!もういい!!水滸は敵だ!!今……」
「あら、よそ見?感心しないわね」
「……よそ見なんてしてない」
どうやら、向こうの方で誰が本当の敵なのか判明したらしい。
遠くからだが、久しぶりに見る方がいるからもう大丈夫だなぁ……なんて遠くから見ていた。
「……あれ?ウピルにベリアル?ってことは…」
「あれ、白魔じゃん。居たの?」
主様のお友達である白魔様である。この人がいるならもう大丈夫だな。……いや、多分主様だけでも全て終わったはずだ。
「秋霖は?」
「小細工を頼んでる」
「……なるほどね?」
「…お呼びかな?お姫様」
目の前にまるで王子様の様に膝をつく秋霖様。対する主様はすっごく嫌そうな顔。
「ボクは姫じゃないぞ。間違えるな秋霖」
「はいはい、そういうことにしておきますね」
「ウピル、ベリアルこっち!巻き込まれるから離れて」
何が何だかそろそろ分からなくなってきたがそれでも主の命令は絶対だ。すぐに離れて主様の方に向かう。
まぁ、白魔様と秋霖様のことだ。なんとかなる。あの方達は、全くの別次元の強さを持っている。
「……秋霖、大丈夫だよね?」
「大丈夫に決まっているだろう?それとも、僕を信じてない?」
「……そんな訳じゃ…」
「ふふ、わかってるよ。じゃ、あとお願いね」
「うん、任せて」
そう言って秋霖様も離れる。……多分、離れる必要性は無いのだけど。
「氷華」
そう、唱えただけだ。辺り一面にどんどん氷が作られていく。そして、触ったものは全て凍った。
これが、神にのみ許された技。これが、世界から愛された人達の力。
かくして、私達が結構な覚悟をして挑んだ戦いはこうも呆気なく終わったのである。
きつい。思っていた以上に苦しい。流石、未門だなと思わざるを得ない。もうそろそろ奥の手を使うしかないかな……とか思っていたら、急に目の前で未門が倒れた。
「……未門?未門!?」
今は敵対しているから迂闊に近づかない方がいい、そう思っていても心配が勝って近づいてしまう。後ろでずっと黙っていた沙樹も倒れ込んでしまいもうどうすればいいのかまるで分からない。
この2人どうしよう…と思っていたら遠くから結構な人数が歩いてきた。
「巫女様!大丈夫ですか!?」
「……星奈?それに風魔も。……白魔様に秋霖様まで?……一体、何が起きてきるのですか?」
白魔様に秋霖様、私達じゃ相手にならないほど強い神様だ。何故、ここに……?
「たまたま寄ったんだよ。それより、桃香さんと未門さんは”様付け”しなくていいよ」
「え?ですが……」
目上の人にはとにかく敬語と教えられてきた。……あれ、間違い?もしかして。
「ぼくも秋霖に賛成かな。そんな遠い呼び方しなくていいよ。ついでに、敬語も外してもらっていいよ」
……さて、困った。これでいきなりタメで話せるわけが無い。相手は敬うべき神様だ。……妥協案を通してもらうしかない。
「……では、白魔さんに秋霖さんと呼んでも?」
「うん、大丈夫。敬語は徐々に外していってくれたら嬉しいな」
……私、この後殺されないよね?不敬罪とかで殺されても納得するほどのことを今したぞ。……首が飛ばないことを願うばかりだ。
「それじゃ、1回部屋で未門さんと沙樹を寝かせよう。クルトさんは用事あるみたいだらついでにクルトさんも待とう」
「……うん」
風魔と白魔さんに手伝ってもらって2人を運んだ。未門の、いつもより冷たい体が少し怖かった。
「はぁ、本当にあの二人えげつないことをいとも簡単にやるよね〜。やる気削がれるわ〜」
目の前で行われたことがまるで信じられないというウピルと、術の制御の素晴らしさに感動しているベリアル。
「さて、ウピルにベリアル。聞きたいことがあるんだけど…」
「国ならあの方に任せたままでいいかと」
「……話が早いね、ウピル」
ベリアルとはまた違った点でウピルはとても優れている。頼りになるタイプで今まで何回も助けられている。
「……主様は、いつお戻りになられるのですか?」
……だよね。聞くと思った。ボクは八大陸の出身では無い。別の国の出身だ。
「その話をするとは思ったけど直球だねベリアル」
「こうしないと答えてくれませんから」
「……そうだね、明確な日程は決まってない。好きに帰るよ」
見破られるのを承知で言った。この2人はボクの眷属だ。何年一緒にいたと思ってる。…それでも、この質問の答えは出したくなかった。
「……姫、俺達は今一国の王に質問をさせて頂いています。ですから、貴方様も一国の王としてお答えください」
……”姫”。何回も、聞いた言葉。馴染みがある言葉。ボクが、苦手な言葉。
「我らの国、死から離れた国の王、クルト様」
“死から離れた国”。それは、純粋な吸血鬼のみが王と認められ国民全員が吸血鬼の眷属の国。そこの、3代目の国王。それが、ボクである。
「……言うと思った。皆の前で言わなかったことを褒めてやるよ。…そうだね、サラナと話したら帰る。そう伝えてくれ」
「承知しました」
「じゃ、見送りはここまでね。また会う時は国で」
「はい、承知しました」
目の前で突然消えるウピル達。ウピルの転送術の類がしっかり発動した証拠だ。
……さて、ボクもやらなきゃいけないことをしなくてはならない。それが、世界に愛された者の運命だ。
大事な眷属の為に。大事な仲間の為に。全てを知って、ここに居る。
部屋に戻って未門と沙樹、雨嶺を寝かせてとりあえず一息つく。
「あれ、皆居るの?」
もう少しゆっくりしてもいいなと思った矢先にクルトが帰ってきた。どこか、長年の悩みを放り投げた顔をしている。
「じゃ、皆揃ったし今後について話すね。って言っても、大体皆察していると思うけど改めて言うね。未門達が起きたら、サラナ討伐に向かう」
皆、やはり分かっていたようで異論の声は上がらなかった。
「それで、起きるまでの間なんたけど…」
「あ、僕達は帰らせてもらうね」
意外なところから声が上がってびっくりした。
「白魔、帰るの?」
「ごめんね、姉さん。ぼく達にも用事があるんだ」
「あ、ついでに話したいことあるからクルトさん見送ってよ」
「はぁ?面倒だから嫌だ」
「……そんなこと言わずに、ね?」
「……分かったよ。ごめん、行ってくる」
私達の発言すら許されないような空気感で白魔さんと秋霖さんとクルトが家から出ていった。神様にタメで話せるの…クルト…。
「ごめん、私も風魔と話がしたい。他の人は休んでいて」
私は私で風魔を問答無用で外に連れ出す。
きっと、許してくれるから。
「……本気で行くの?クルトさん」
「逆に聞くけど本気?あそこに行くの?」
「……万が一がある。その時、対処できるのはあの人だけだ」
……それは、その通りだ。だが、それでもあそこに行こうと思える度量が理解出来ない。…いや、行きたくないのはボクが書類を放棄しているのが理由なんだけど。
「……それはそうだよ。でも行く気になるの凄いね君達。多分すぐ通してくれると思うよ。君達も、世界から愛を受け取った人だから」
「クルトさんが言うなら、本当だろうね」
にこっと笑ってそんなことを言う白魔。白魔はどこかボク達と同じ地位にいてもそこに憧れを持っているような雰囲気を感じる。
「でも、それでも行く必要はないんじゃない?あの人に対策がないなんて思えない。むしろ、万全の用意をしている可能性すらある。…それとも、別の用事も兼ねてる?」
「……まぁね」
どうやら、予想的中らしい。ボクにとってはあんな場所でも、一般人からしたら大事な場所なのだ。いつかボロを出さないようにしなくては。
「一応、”神達”にも色々あるから。”クルトさんなら、よく知っているでしょ?”」
……嫌な聞き方をする。十中八九、からかっている。それが透けて見えて、尚更イラつく。
「さぁ?生憎”ボクは”何も知らないよ」
「まぁ、ひと段落したらまたクルトさんの国に遊びに行くよ」
「別にいいけど、多分まだあの”ばか天使”が居候してると思うけどいい?」
「多分ぼく達が向かう時も他の人が一緒に行くと思うけど」
「あぁ…そっか。向こうには”あいつら”が居たっけ……」
言われるまで本当に忘れていた。……だけど、あいつらが来るのか。面倒だな。
「あの人達にもしばらく会ってないらね。近状報告でもしようと思って」
「……まぁ、保険は大事だよね。任せたよ、白魔、秋霖」
らしくないことを言ったと即座に思った。だが、時すでに遅し。にやにやしている白魔と秋霖が目の前にいた。
「任せて、クルトさん」
そう言って目の前から消える。……はぁ、疲れるなぁ…と思いつつ家へと帰っていく。
白魔も秋霖も、ボクにとっては大事な仲間だ。任せておけば大丈夫だろ。
風魔との話を終えて家に帰るとクルトは既に家の中に居た。
なんだか、妙に騒がしいような……。
「…皆、どうしたの?」
「……桃香」
襖を開けて、目を見開いた。そこには、布団から起き上がっている未門達が居た。
「……未門、動ける?他の人も、大丈夫?」
皆、頷いてくれる。信頼で、再びここに皆がいる。目的はたった一つ。サラナ討伐。
「……じゃあ、行こうか。最後の戦いに」
絶対に、負けられない戦いに。
サラナの城に着いた途端、転送の類の物でどこかへ全員飛ばされた。
「……どこ、ここ」
「あら、久しぶり、沙羅の巫女」
目の前に、立ちはだかるサラナと月詠。…最後まで、そっちにいるの?月詠。
「…展開術・薔薇の喰霊!!」
「……展開術・満月鏡」
話すことなんてないから即刻術を展開した。なのに、それに対応するように月詠がカウンターを展開した。相殺しようとしたら、目の前に星奈が立つ。
「展開術・シャウラの星!」
なんとか星奈が相殺して、風魔が星奈を回復術で癒す。
連携が出来ている。頼もしい仲間。それを見て、笑うサラナ。
「挨拶も無し?悲しいわね。それに…月詠、躊躇っているの?いつもに比べて術の展開が遅いわね」
「……いえ、決してそんなことは…!」
あれで、遅い?私についてくるほどに速かった術の展開だ。何を言っているんだ、サラナは。
「……そうね、お手本を見せてあげましょうか?」
サラナの目が、少し光る。その瞬間、私達の”1人を除く全員”がその場に倒れ込む。
無詠唱で、この規模の術を…!?
私達の八大陸で無詠唱とは、神の技と呼ばれるほど難しいとされている。その神の技が、この規模で展開された。……強いなんて言葉じゃ、語れない。
「…やっぱり、変わらないね」
「……えぇ、そうね。貴方だけは、変わらないのね 」
辛うじて見えた視線の先で、クルトだけが余裕で立っていた。……どうして立っていられるの?神の使いの中でも特別な四人神すら、満身創痍だ。
「やっぱり、呆気ないわね。こんなもので私に勝てると思っているのね」
……死ぬ。本当に、そう思った。
……はずだ。
「はい、これで動けないね。こんなもので、私達の司令塔様に勝てるとでも?サラナさん」
聞き覚えのある声だった。
聞こえるはずのない声だった。
何年も聞いていない声だった。
それでも、信じたくなった。
「……夢の神、夢香…!!」
「覚えていてくれたんだ、光栄だね」
チラッと私の方を見る夢香。久しぶりの再会だ。何年も会ってない。なのに、久しぶりの再会がこんな満身創痍な事がただ酷く悔しい。
「貴女様のピンチには、必ず駆けつけますよ。何故なら、他の誰でもない私達を選んで下さった桃香様の為なのですから」
「……夢香…っ」
ごめん、ごめん、ごめんね。頼れる存在でありたかったのに。
「何故……何故今ここに来た!選ばれた人間は黙って見ていればいいでしょ!?あの人は言わなかったの!?」
「そうだね、確かに言ったよ。でも同時にこうも言った。”1回だけなら向こうに送ってあげる”って。時空を跨ぐなんて、あの人じゃないと出来ないに決まってるでしょ?」
「…はぁ、こっちにはこっちの都合があるのに。本当に、疲れる」
「そう?じゃあどんどん攻撃しちゃおうかな!」
そう言って、サラナと互角…いや、それ以上の攻撃を続ける夢香。
ごめんね。久しぶりの再会なのにこんな目に遭っていて。頼りある人に、なったつもりだった。浮かれてた。勝てると思ってた。油断してた。ごめん、ごめんね。私が、私がしっかりしないと。
立て。立ち上がれ。
「……時間か?」
「え……?」
「自分の体を見てみろ。あの人は万能だけど制限を設ける人だ」
「…だね」
夢香の体が透けていた。時間とは…?
「……桃香様、立てたのですね。良かった。後は、任せました」
「……またね、夢香」
「…はい、また」
そう言って夢香は消えた。儚く。…本当に、夢のような人。
「……はぁ、邪魔ばかり入る。お陰で仕留め損ねた」
「…このまま頼りなく終わるのは、嫌だな 」
神の使いとして、沙羅家巫女として、このままは許せなかった。
「……鬱陶しい」
さっきよりも強い力の術が展開される。また、無詠唱で。
そもそも、なぜ詠唱をしなくてはならないのか。それは「今からこれをするよ」と体に言い聞かせているからである。それをしないということは急に術を展開しても大丈夫ということになる。それは、八大陸でもごく一部しか出来ない、神の技と呼ばれる。それより上は言葉で発している事と別のことをすることである。それは、神の技をゆうに上回る難しさだ。
それが、私の切り札。
「ほら…どうしたの…?私はまだ立っているよ…?あんまり、舐めないでよ…!展開術・終末の風…!!」
「……そう、そんなもので…倒せると…!?」
そう。これは終末の風ではない。私が使った切り札が、サラナに見事命中した。
「サラナ様に…攻撃が当たった…?」
皆、信じられないと言わんばかりに驚いている。それくらいのことをした。自覚はある。
「やっぱりダメだね。威力が半減所じゃない。…でも、当たった。ふふっ……」
思わず笑いが込み上げてくる。あぁ、愉快だ。勝てないと思っている相手を驚かす事に成功した。喜ぶなという方が、無理がある。
「この……巫女が…!黙って地面に這ってろ!!」
更に強い術が使われ流石に倒れ込む。倒れるというより、もはや押しつぶされそうである。こんな…ところで…。
「お願い、死んで」
今度こそダメかな、そう思ってしまった。
信じてなかった訳じゃない。だから、余計に嬉しい。
目の前で、仲間の展開術が発動されることがとにかく嬉しかった。でも、声が、予想外だった。
「展開術・満月鏡!!」
そこには、月詠が居た。神の使いとして。
「…月詠?何をしているの、そこを退きなさい!」
「嫌です!早く……早く立ってください!」
ただ、嬉しかった。仲間として、戻ってきてくれたことが。
「巫女様!!」
その声で、そう呼ばれるのは、何年ぶりだろうか。ただ、嬉しかった。ただ、悔しかった。その声で呼ばれても、その声で頼られても、もう私は何も出来そうにない。
「神の使いは、貴女様を信じているのです!貴女様を信じてここに居る!貴女様は!私達を必要として下さったこの世界でたった1人のお方です!貴女様に救われた人が神の使いの中にどれほど居ると思っているのですか!!」
「うるさい月詠。黙りなさい」
「っ……」
語尾に強い気配を感じて、意識が薄れていく。何も、考えられなくなる。
「サラ……ナ……」
私が発したであろう言葉、それはあまりにも霞んでいた。
「…どれだけ強い術を使っても貴方はやはりそこに居るのね。クルト 」
「まぁね?一応、あの人から全てを聞いた上で自分から好んでここにいるから」
「それでも、もっと抵抗してくると思ったわよ。貴方が出てきたら流石に勝てなかった」
儚い笑顔でそういうサラナ。桃香達が戦っている中、見ているだけだった。それは、命令されていることだったからなのか。ボクに情が無いだけなのか。
「……ねぇ、本当にいいの?あの子達は君達が守りたかった人達じゃないの?彩華が死んでまで守った子達に何をするの。……君も、同じ気持ちじゃなかったの?」
「黙って銀木犀!私達は私達なりの方法であの子達を守るの。後悔なんてない」
怒っているのは分かる。分かるけど今はその名前で呼ばれるのが少し不快だった。
「ボク、銀木犀じゃないよ。クルトだよ」
「……分かっている」
分かってないくせに。そういうのは、昔から変わらない。
「君達は”転生”を切っているんだら死んだら終わりだよ?…分かってやってるよね?」
「あの子達に償いが出来るなら、この命代価としては安すぎるくらいだ」
「……過保護、だねぇ」
「……クルトが言えたことじゃないでしょ」
彩華もサラナも、あの子達に何かと捧げすぎだ。そして、それを喋っていないからこうなっている自覚がまるでない。
「……ねぇ、クルト。1つ、最後に聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」
「なに、別にいいけど」
「……何故、あの6人の中でクルトとあの狐達だけが”陰りの段位”に居るの?どうして、私達には”陰りの段位”が与えられなかったの?」
彩華にも、された質問だった。
昔の、懐かしい記憶が光った感覚がした。だけど、見なかったことにした。
「さぁ?ボク、あの人と喋ったことそんなに無いから。それに、あの人の思考回路自体がこの世界の禁忌みたいなものだよ。それを、どうやって知るの?」
「……だね。じゃあ質問を変えるけどクルトはどうする?私、このままあの子達殺すけど」
覚悟なんてとうに決めているのを知っていた。それを見守るつもりでいた。……出来るか、少し不安だ。
「結末は、初めから知っていたって言ったでしょ?ボクは傍観者。干渉はしないよ」
「…そう。仮にあの子達が勝ったら?」
「そんなこと、あこ人が考えていないとでも?」
あの人の異常性は、きっと誰よりもボク達6人が知っている。
「……だね」
そう言って2人で歩く。
サラナは、死へ。
ボクは、未来へ。
終わる。全てが、終わるの。最期くらい、我儘を言っても許されるはず。私達は、世界から選ばれたけど愛されはしなかった。愛されたものにしか使えない力を、私が使ったら死ぬに決まっている。だけど、好奇心に負けそう。使ってみたい。使うなら、せめて。
「……私だって、使える」
瞬時にその意味を理解したクルトが目を見開く。だが、止める気配がない。最後まで、傍観者なのね。
「……陰り・銀の空に染まるまで」
発動の感覚がした。それだけで、勝ちを確信する。クルトが目を見開く。そうね、これは彼女の術ね。勝手に使ってごめんなさいね。
桃香、今世で其の名前を呼ぶことはなかったけれど私達は私達なりの罪滅ぼしをしたの。
この世界の果てで、あなた達が仲良く笑えますように。
私だけを恨んで、記憶から消してくれますように。
ごめんね。桃香。大好きだよ。
術が、発動して白い光がこの空間を支配した。全てが、終わった。皆、死んだ。
「……こんな、こんな呆気なく終わるのかよ…。こんな……皆……簡単に……死ぬって言うのかよ……」
“自分の為に力を使えない人に、陰りの段位をあげるつもりなんてない”。
あの人の言葉が脳裏を過ぎる。なんだ、その通りじゃねぇか。
「こんな……こんな不完全な陰りの術で……呆気なく……死ぬ……」
覚悟、していたつもりだった。
覚悟、できていると思っていた。
何一つ、出来ていなかった。
「お前……どうして……」
それは、自分の声では無い。確かに、死んだと思っていた仲間の声だ。
思わず、顔を上げる。嫌ほど見てきた顔が、そこにあった。
「風魔……お前……どうして……」
「……ここに来る前、巫女様に術をかけて頂いた。禁忌の術だから、上手く発動できるか正直賭けだったけどな」
……禁忌?まさか……。
「……不老不死の術を、かけて下さった」
……どいつもこいつも、死に急ぐなよ。仲間にそれをかけるということは、万が一の対策をしていたのだ。それは、今から死にに行くと言っているようなもので。
お前には、全部分かっていたのか?沙羅の巫女。
「……少し、ここに居よう。時間は、許してくれる」
風魔も無言で桃香の亡骸に近づく。大切な人が死ぬ感覚なんて、味わいたくないだろうに。
桃香、このまま終わるなんて思うなよ。お前の物語は、まだ終わらない。
だから、だから。
目から、涙が溢れ落ちる。泣くなんて、らしくない。だけど、だけど。あの時の仲間と笑いあっている顔、少し苦しそうにしている顔、また明日なんて言って、なんでお前に明日が来ない。
……いや、知っていたはず。知らされていたはず。なのに、いつの間にかこんなに感情移入していた。
崩れ落ちる。何もかも、終わった。
お前の物語は、終わらないのに。
「勝手に……死ぬなよ……」
ただ、それに尽きた。
コメント
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やっぱり最高……っ!!! それに桃香さん達とサラナさんの戦い、月詠さんが桃香さん側に立つとこは何回読んでも涙が出そうになる……😭😭 そして「銀木犀」呼び……好き……🫶🫶 改めて読めて本っ当に嬉しかった!!『巫女様の世界』を総編集にしてくれてありがとう!!