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植まどか
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翠
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白子=脳みそ思ってた 😇
45
「で、やっぱり勝てないのか」
ガイロ将軍は、隣に立つ軍師へ尋ねた。
サイラスはすぐには答えなかった。
北部砦の城壁に立ち、北の空を見つめている。
やがて、小さく息を吐いた。
「ヴァンガルドのことでようやく各国も腰を上げたが」
「モンゴリア帝国の軍は訓練された戦闘集団だ」
「ああ」
サイラスは淡々と答えた。
「カイル戦争以来、この国は国民皆兵の制度を取り入れた」
かつて、この国は兵の不足によって何度も苦しめられた。
その反省から、平民にも武器を持たせ、平時から兵として登録する制度が作られた。
確かに、以前より兵は集まるようになった。
だが――。
「数が足りない」
サイラスは続ける。
「それに、集められる兵の大半は実戦経験がない。訓練も十分とは言えん」
ガイロは腕を組んだ。
「なら、どうするんだ」
「だから――」
サイラスは北を見たまま言った。
「勝つことより先に、負けない算段をしないといけない」
「負けない算段?」
「ああ」
勝てない。
だからといって、滅びる必要はない。
敵を倒せなくてもいい。
城を守り切れなくてもいい。
軍を残す。
国を残す。
次に戦えるだけのものを、残す。
それが今、自分たちにできる戦いだった。
二人は並んで、北の空を見ていた。
どちらからともなく口にしたわけではない。
だが――。
二人とも、同じことを考えていた。
思えば、十数年前。
すべてはここから始まった。
この北部砦を越え、大軍が南へとなだれ込んできた。
あの日から、長い戦争が始まった。
多くの者が死んだ。
国が焼かれた。
王が代わり。
国の形さえ変わった。
それでも、この砦だけは今もここにある。
そして今――。
再び、北から大軍がやって来ようとしていた。
ただし、今度の敵は、あの頃とは比べものにならない。
はるか北方。
地平線の向こうから近づいているのは、
大帝国の皇子、グユク。
その兵、五万。
十数年前と同じ道を通り、
同じ砦を目指している。
ガイロはしばらく黙っていた。
やがて、苦笑する。
「まったく……」
サイラスが横を見る。
「どうした」
「昔もここで、勝てそうにない敵を待っていたなと思ってな」
サイラスも、わずかに笑った。
「そうだったな」
「で、あの時はどうした?」
「逃げた」
「だよな」
二人は笑った。
ほんの一瞬だけ。
そして再び、北を見た。
今度も逃げることになるかもしれない。
だが――。
それでいい。
生き残れば、また戦える。
サイラスは目を細めた。
「さて」
遠い地平を見据える。
「今回は、どこまで負けずに済むかな」
サイラスが最初に命じたのは、戦の支度ではなかった。
北部一帯の麦を、すべて刈り取らせた。
まだ青いものも。
収穫を目前にしたものも。
軍が利用できそうな穀物は、一粒たりとも残さない。
村々の家畜も南へ移し、井戸や倉庫の場所も記録させる。
そして住民には、南方への避難を命じた。
当然、反発はあった。
「麦を刈れだと!?」
「これでは冬を越せぬ!」
だが、サイラスは譲らなかった。
「モンゴリア軍に食わせるよりはいい」
それだけだった。
北部一帯から、人が消えた。
麦畑も消えた。
家畜も消えた。
残されたのは、刈り取られた畑と、空になった村だけだった。
そのうえでサイラスは、ガイロに一つ頼みごとをした。
「兵を千人ほど貸してほしい」
「千人?」
「ああ」
サイラスは指を一本立てた。
「足の速そうなのを五百」
もう一本。
「それと、弓騎馬を五百」
ガイロは怪訝そうな顔をした。
「それだけでよいのか?」
「多いくらいだよ」
選ばれた兵には、さらに奇妙な命令が下された。
鎧を軽くしろ。
大盾はいらない。
長剣も捨てろ。
剣はすべて短いダガーに替えさせた。
弓も大型のものではなく、取り回しのよい小弓に統一する。
荷物も最低限。
食糧も、武具も、可能な限り軽くした。
ただひたすら、
走るための軍だった。
弓騎馬五百の指揮には、ユンナがつくことになった。
準備を終えた千人の兵を前に、サイラスは立った。
兵たちは、どこか不安そうだった。
当然である。
戦うために集められたはずなのに、
鎧を脱がされ、
剣を短くされ、
荷物まで減らされた。
これから何をさせられるのか。
誰にも分からない。
サイラスは、そんな兵たちを見渡した。
「君たちに、特別な任務を与える」
兵たちの表情が引き締まる。
サイラスは続けた。
「我々は――」
少し間を置いた。
「逃げる」
兵たちが目を瞬かせた。
「逃げて」
ざわり、と列が揺れる。
「逃げて」
サイラスは、もう一度言った。
「逃げまくるための部隊である」
誰も声を出さなかった。
ユンナだけが、隣で額を押さえている。
サイラスは平然としていた。
「敵が来たら逃げる」
「追ってきても逃げる」
「追ってこなかったら、少し戻って矢を射る」
「怒って追ってきたら、また逃げる」
兵たちの顔に、困惑が広がっていく。
「いいか」
サイラスは笑った。
「絶対にまともに戦うな」
「勝とうとするな」
「敵を倒そうとするな」
そして、最後に肩をすくめた。
「なんたって――」
「私は、戦えない軍師なのだから」
一瞬の沈黙。
その隣で、ユンナが小さくため息をついた。
「……本当に、それを兵の前で言うんですね」
「大事なことだからね」
「士気というものを知っていますか?」
「知ってるよ」
サイラスは答えた。
「だから逃げるんだ」
その瞬間。
ユンナは初めて気づいた。
サイラスは冗談を言っているのではない。
本気なのだ。
この男は――
勝つために戦うつもりなど、最初からなかった。
その瞬間。
ユンナは初めて気づいた。
サイラスは冗談を言っているのではない。
本気なのだ。
この男は――
敵に勝とうとしていない。
ただ、
絶対に負けないつもりなのだ。
コメント
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「逃げるための兵隊」ってタイトル、最初見たとき意味がわからなかったけど、読んで納得しました。勝つより負けないことを選ぶ、その覚悟がかっこよすぎる……ユンナが「本気なのだ」と気づく瞬間、鳥肌立ちました。逃げるための部隊って、戦略として美しすぎる。