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「きっ…………君は……」
男性と眼差しを交わした優子は、愕然とした。
「っ…………せ……専務……」
キリッとした大きな瞳が更に丸くなりながらも、優子は顔を強張らせ、狼狽している。
まさか、かつての職場の会社役員が、彼女の身体を売る相手とは、思いもしなかったのだから。
「…………広報部にいた……岡崎……だよな?」
専務、と呼ばれた男性が、優子の爪先から顔立ちに掛けて、ゆっくりと視線を辿らせている。
「ご……ご無沙汰しております。その節は…………御社に多大な迷惑をお掛けして…………大変、申し訳ございませんでした……」
優子は、腹の前に両手を重ね、深々と男性に一礼すると、二人の間に、淀んだ沈黙が降りていく。
ナイフで刺されているような視線を、頭上に感じながらも、彼女は姿勢を崩さない。
自分の軽率な行動で、職場の方々に迷惑を掛け、社名に大きな傷を付けたのだから。
「…………岡崎」
男性は短くため息をついた後、優子に呼び掛ける。
「…………目的を果たす前に、君と話がしたい。だから、顔を上げてくれないか?」
穏やかな声音で優子を宥めると、彼女は意外に思ったのか、勢い良く上半身を上げる。
「君とは、何度か一緒に仕事をした仲だ。まずは、ホテル内のラウンジで、コーヒーでも飲もうか」
かつての上司、松山 廉は、優子の肩をそっと押しながら、ホテルの中へ促した。
広いロビーの一角にあるカフェラウンジで、優子は、廉の斜向かいに腰を下ろした。
「俺はブレンドコーヒーにするけど、君は?」
メニューを見たまま、廉は優子に問い掛ける。
「私は、アイスカフェオレで…………お願いします……」
「了解」
廉は右手を軽く上げると、近付いてきたスタッフに注文する。
それきり、優子と廉は無言になってしまい、彼女は居心地の悪さもあって、ロビーに行き交う人へ視線を向けていた。
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