その日仕事が終わり奈緒が帰り支度をしていると、省吾からメッセージが届く。
【一緒に帰れそうだから、裏のカフェで待ってて】
メッセージを見た奈緒は、さおりと恵子に向かって言った。
「じゃあ明日から三日間、お休みをいただきますのでよろしくお願いします」
「奈緒ちゃん、のんびりしておいでねー」
「お母さん喜ぶだろうね~、楽しんで来てね~」
秘書室を出た奈緒はエレベーターへ向かう。この後の事を考えるとなんだか落ち着かない。
一階へ到着すると、奈緒はすぐにビルの裏にあるカフェへ向かった。
夕暮れ時のカフェは空いていた。
奈緒は注文カウンターでカフェラテを買ってから窓際の席へ座る。
ここなら、省吾が来るのが見えるはずだ。。
奈緒は心を落ち着かせる為、とりあえずカフェラテを一口飲んだ。
しばらくスマホをいじっていたが、まだ落ち着かないのでとりあえず化粧室へ行く。
そして化粧直しをした。
鏡を見ながら奈緒はため息をついた。
(こんな事ならもっと女らしい服を着て来れば良かった。それに下着だって……)
奈緒がこの日着ていた服は、Vネックの黒色のサマーセーターに白と黒の小花柄の膝丈のフレアースカートだった。
色味がモノトーンなのでなんとも色気がない。
奈緒は諦めたようにもう一度ため息をつくと、席へ戻った。
男性と待ち合わせをしたのはいつ以来だろう?
こんなにソワソワしたのは、徹と付き合い始めた頃が最後だったから、おそらく四年ぶりだ。
久しぶりに感じる感覚を、奈緒は懐かしく思う。
その時ちょうど省吾がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
省吾はグレーのTシャツに白いパンツ、そしてネイビーの麻のジャケットを着ていた。
長い脚でゆったりと歩く省吾の姿は、とても堂々としていた。
すれ違う女性達はみんな省吾を振り返る。
(まるで芸能人みたい……)
その時、奈緒に気づいた省吾は、爽やかな笑みを浮かべながら奈緒に向かって手を挙げた。
その瞬間、奈緒の胸がキュンと疼く。
その時奈緒は気付いた。
今の奈緒は泣きたいくらいに省吾に逢いたい気持ちでいっぱいだという事に。
店へ入って来た省吾は、カウンターでコーヒーを買ってから奈緒の前に座った。
「お待たせ。俺もちょっと一杯飲ませて」
「お疲れ様です」
「ん……いやさぁ、今日はちょっとトラブルがあって一瞬焦ったけど早く出られて良かったよ」
奈緒は忙しい時間を工面してくれた省吾の事が、愛おしくなる。
「夕飯はどうする? 外で食べて帰るかテイクアウトにするか?」
「私が作りましょうか?」
「うーん、奈緒の手料理はかなり魅力的だけど、明日千葉に帰るんだろう? だったらあんまり疲れさせたくないんだよなぁ」
その言葉の意味を深く考えてしまった奈緒は、思わず頬を染める。
それに気付いた省吾がニヤリと笑った。
「あっ、奈緒、今なんかエッチな事考えただろー?」
「考えていませんっ」
奈緒は赤くなったまま反論する。
「奈緒のエッチ」
「違いますからっ」
奈緒がムキになって言い返すと、省吾は声を出して笑った。
そこで奈緒はふと思った。
省吾はわざとからかう事で、奈緒の緊張をほぐそうとしているのでは?
その時、さおりの言葉が頭を過る。
『省吾はね、ああ見えて結構気を遣うタイプなんだ』
(ああ……この人はいつもこうやって周りの人に気を遣っているのね……私に対しても、大勢の社員や仲間達に対しても……)
人一倍多忙を極める省吾のどこに、そんなパワーが潜んでいるのだろうか?
天性の才能を生かし素晴らしい実績を残すだけではなく、彼は自分の周りにいる人間をとても大事にしていた。
人に気を遣ってばかりの省吾が安らげる場所はあるのだろうか?
彼にとっての癒しになりたい
そして彼が心から安らげる居場所を作ってあげたい……
奈緒は心からそう思った。
コーヒーを飲み終わると省吾が言った。
「じゃあ行こうか」
奈緒は省吾に続いてカフェを出る。
駐車場へ向かうまでの間、省吾は奈緒と手を繋いだ。
まるで一瞬でも奈緒を離したくないという気持ちが、その手には表れている。
奈緒はそんな省吾の大きな手に、心から安らぎを覚えた。
車が走り始めると、省吾が聞いた。
「じゃあテイクアウトでもいい?」
「はい」
「カレー、ピザ、イタリアン……ってとこかなぁ? 奈緒はどれがいい?」
「うーん、カレー?」
「了解! マンションの近くに美味い店があるんだ。そこでテイクアウトして帰ろう」
しばらく走ると省吾が聞いた。
「奈緒の実家は、千葉の富津市なんだね」
「はい……あれ? なんでご存知なんですか?」
「俺はCEOだよ?」
「あ、そっか……」
奈緒は入社する際の書類で、緊急連絡先を実家にしていた事を思い出す。
「富津に行かれた事は?」
「うーん、昔南房総に行った時に通った覚えはあるんだけど、あの時は通り過ぎただけかなぁ? 富津には何があるの?」
「観光名所は富津岬とマザー牧場でしょうか?」
「マザー牧場は有名だよね。でも行った事はないなぁ」
「私も遠足で行っただけです」
「地元の人だとそういうもんかぁ。あ、でも海が近いと魚が美味いよね」
「はい。お魚はすごく新鮮です」
「富津岬は?」
「富津岬はいいですよー、展望台があるし満天の星空が観えるし。前にかなりヒットした『恋愛小説家の恋』っていう映画をご存知ですか?」
「タイトルは聞いたことがあるかも」
「実はその映画に富津岬が出て来るんです。私、あのシーンが大好きで何度も観ちゃうんです……」
「へぇ……そうなんだ」
富津岬の話をしながら、奈緒は以前徹と富津岬を訪れた時の事を思い出した。
徹からのプロポーズ後、二人で奈緒の実家に挨拶に行った帰りに富津岬へ寄った。
夕暮れ時だったので星空を観る事は出来なかったが、沈む夕日を二人で眺めたのを覚えている。
ついこの間の事なのに、まるで遠い昔のように感じるから不思議だ。
徹との思い出を思い返しても、もう奈緒の瞳から涙はこぼれなかった。
その事実は、奈緒に大きな自信を与えてくれた。
コメント
27件
梨紗子、俺と結婚しろ😆 また読もぉ〜っと💝
省吾さんを心も身体も癒やせるのは奈緒ちゃんだけなんだよ( *´艸`)フフフ💕💕 省吾さんにたっぷり愛されてね(ノ∀\*)キャ 省吾さん‥やっとだね🫶💕
明日も楽しみ♡夜は、ガッツリラブラブよね😍😍数日後、住所調べたのなら…省吾さん追いかけますな🤣🤣