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「窓から差し込む光でエメラルドに見えますが、夜はルビー色に光ります。これは、アレキサンドライトです。下心なく私はシェリル嬢と仲良くしたいと思っています。困った時はこのアンクレットを身につけてくれれば、必ず助けに行きます」
「ありがとうございます。嬉しいです」
彼の瞳の色はエメラルド、私の瞳はルビー。突然出てきたプレゼントだが、咄嗟ながらも契約を結んだ私たちに相応しい贈り物だ。
「受け取ってくれないかと思ってました」
フレデリックの言いたい事は理解できた。貴族令嬢である私がなんのジュエリーもつけず、パンツ姿で領地巡りをしている。我が国の窮状を考えると、贅沢を意識して排除しているのは明白だ。
「オスカー王子以外の贈り物ですよ。宜しいのですか?」
彼の問いかけに私は肩をすくめた。回帰前の私ならば、他の男からの贈り物など絶対に突き返す。でも、今はバロン帝国と友好関係を結ぶ必要がある。
「友情の証という事ですよね。私もフレデリック皇太子殿下が困った時は教えてください。イーブンな関係を作りたいのです」
大帝国の皇太子に対して、小国の侯爵令嬢が図々しいとは分かっていた。でも、口付けをするくらいには彼が私に好意を持ってくれているのは確かだ。その気持ちは利用させて頂く。
窓の外を見ると既に薄暗くなっていた。帝国の皇太子がこんな寂れた建物に泊まるとは思えない。今日、彼は橋を渡りバロン帝国に戻るのだろう。
「フレデリック皇太子殿下、もうお帰りですよね。我が国と帝国は隣同士なのに親交がありません。でも、今後は親交を持ち貿易を盛んに行えればと思っています」
軽く頭を下げると、顎を捕まれ上を向かせられて目を合わせさせられる。
「今からバロン帝国に私と一緒に来ませんか? そこで、今後の話をしましょう」
私は困惑した。私はただの侯爵令嬢で国同士の条約を結ぶ権限は持っていない。
「今、バロン帝国に行ったら、オスカー王子殿下の成人の儀に間に合わなくなります。セレスタン国王陛下にお話をしおくので、日を改めさせてください」
「では、私が一緒にアベラルド王宮に赴くのはどうですか?」
「帝国の皇太子とものなると、公務が詰まっているのではないですか? 王宮に赴くと往復だけでも一ヶ月は掛かりますよ」
「シェリルは帝国との貿易協定をできるだけ早く結びたくはないのですか? 友人の婚約者にも挨拶したいですし、私の方は大丈夫ですよ」
柔らかく微笑むフレデリック。私への好意はうっすら感じるが、それだけで一ヶ月もの時間を使ってくれると言う事だろうか。それとも、極端に帝国に有利な貿易協定を結ばれたりするのだろうか。
いずれにしろ皇太子の申し出を私が断る訳には行かない。
「フレデリック皇太子殿下、お心遣いに感謝します」
道中、小麦の生産で有名なモンテラ領地も通る。処刑される時に、国民から「パンを食べれない」との声があった。この機会を生かし、この国の様々な問題を解決できれば嬉しい。
「それでは、シェリル嬢。明朝には出発しましょうか?」
私はここに来るまで馬車に乗りっぱなしで来たが、帝国の皇太子にそんな事はさせられない。途中、宿を取りながら帰途につくならば明朝に出たほうが良いだろう。
領地の邸宅でフレデリックをもてなし、早朝旅立つ前に領地を散歩する。結局、殆ど視察が出来ていない。
(バロン帝国と貿易ができるんだもの、前進してるはず!)
ここに住む人間が王家に牙を向けるまで、三年もない。私は道端には可愛らしい野草が咲いている。その中にシロツメクサを見つけて、私は花冠を作ってみた。本で読んだ通りやってみたけれど上手にできた事に嬉しくなる。
ふと視線を感じると、小さな女の子が私を見つめていた。汚れた見窄らしい服を着た彼女はレナルドと同じくらいの歳の子だろう。首都の貴族と平民の貧富の差がここまで激しいとは思ってもみなかった。私はそっとシロツメクサの冠を被せる。
「どうぞ、お姫様」
「くれるの? ありがとう」
女の子は嬉しそうにクルクルとその場で回り始めた。
「カミラ! そんな冠返しなさい!」
冷ややかな声がする方を見ると、エプロン姿の灰色の髪をした女が立っていた。顔立ちが少女と似ているので、この子の母親だろう。
「嫌だ! カミラが貰ったの」
母親は嫌がるその子から花冠を取り上げ、投げつけて踏みつけた。
私は突然の行動に呆気に取られてしまう。
「シェリル・ヘッドリー侯爵令嬢ですよね。こんなお遊びの冠作っている暇があったら、私たちの生活何とかしてくれません? ご自分は宝石に囲まれて毎日のように薔薇の花束を貰っているから、こんな野草の冠で平民なんて喜ぶと思ってるんでしょ」
「私は、そんなつもりじゃ⋯⋯」
その女は私を申し訳なさそうにみる少女の手を引くと、「馬鹿にすんじゃないわよ」と言い捨てて去っていってしまった。
貴族に囲まれて過ごしていたら気が付かなかった。社交界の華と呼ばれ、オスカーから溺愛される毎日。私は既に領民にさえ嫌われていた。
ふわっと芳香なブゼア調の香りに包まれたかと思うと、後ろからフレデリックが私を抱きしめている。
「シェリル嬢、大丈夫ですか?」
「恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね。私、民にかなり嫌われているみたいです。富を享受するばかりで、彼らの生活を顧みなかったのだから当然ですね」
フレデリックは後ろから私の顔を覗き込んで来る。
「嫌われるのは嫌ですか? 私なんて貴族からも嫌われてますよ」
「ふふっ、何もしてこなかった自分が嫌なだけです。ヘッドリー領を豊かにするにはどうしたら良いと思いますか?」
「隣の領地のように農業をしてみてはどうですか? 良い土壌と温暖な気候がありますし、二期作にも適していると思います」
フレデリックは隣接するヘッドリー領地だけでなく、モンテラ領にも精通しているようだ。大帝国の皇太子になる人間は他国の地方まで把握しているものなのかもしれない。
「フレデリック皇太子殿下、私は殿下の事が好きですよ。物知りで頼りになる上、お優しいです」
フレデリックは私の言葉を聞くなり、私から離れ少し距離をとる。
「⋯⋯私はシェリル嬢の鈍感なところが好ましいと思ってますよ。では、アベラルド王宮に向かいましょうか」
この時のフレデリックの言葉の意味を私が知るのは二年後の事。急ぎ国を建て直したかった私は力のある男の手を迷わずとった。
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