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「ちなみに葉山さん、出身高校はどちらですか?」
「俺は八王子にある藤森学園高校だけど、音羽さんは?」
「げっ……藤学……」
奏は思わず素の状態でボソっと呟くと、今度は怜が怪訝な表情を見せ、彼女の答えを待つ。
「私は都立片品ですが、何か?」
敢えて無表情を作って答える奏に、怜がピクリと片眉を上げた。
「なにぃ!? 片品だと!?」
怜の言い草に、奏は挑発するように突っ込んだ事を言い返す。
「って言うか、藤学の人って、葉山さんもそうですけど、やたらライバル校に敵対心剥き出しにしますよね?」
藤森学園高校と都立片品高校。同じ市内にあり、吹奏楽部はどちらも都内強豪と言われているライバル校同士だ。
毎年、コンクール都大会で、二枚しか無い全国大会出場の切符を手に入れるために、鎬を削る両校。他にも東京には吹奏楽部名門校がたくさんある。
「まさか友人の結婚式で、片品の元吹部の人に遭遇するとはな……」
「私もまさか友人の結婚式で、藤学吹奏楽部OBに遭遇するなんて、思いもしませんでしたよ」
「楽器は何やってたの?」
「私はトランペットです」
「へぇ。女子がトランペットを颯爽と吹く姿って、カッコいいよな。俺、音羽さんはパーカスかと思ってた。その長い黒髪を振り乱しながら、ドラム叩いてそうなイメージだな」
葉山怜って人は、どれだけ想像力が逞し過ぎるんだ? と奏は思う。
(でも、男の人とこうして平常心で話せる時が来るなんて……どこで何が起こるか、わからないものだね……)
奏は、そんな事を考えながら、まだ半分ほど残っているコーヒーを口に運んだ。
***
その後も二人は、時間を忘れて吹奏楽の話に花を咲かせ続けていた。
怜がチラッと腕時計を見やる。高級そうな腕時計をしている彼は、どこかの大手企業に勤める凄い人なんだろうな、と彼の仕草を見ながら思う。
「ああ、もうこんな時間か。あっという間に時間が過ぎるな。そろそろ豪たちの二次会も終わった頃なんじゃないか?」
奏も慌てて腕時計を見ると、既に二十一時を回っていた。
「こんな時間ですし、そろそろ帰りましょうか」
奏が帰り支度を始めると、怜は引き留めるように彼女を呼んだ。
「音羽さん」
彼が何かを言いあぐねているのか、逡巡した後、恐る恐る口を開いていく。
「もし良ければ……連絡先を交換したいんだけど……いいかな?」
(葉山さんにも連絡先の交換したいって言われたよ。今日は二人の男性と連絡先の交換をする事になって、何か不思議な日だな……)
奏は、先ほど谷岡に教えた時と同じようなセリフを返す。
「ええ、メッセージアプリの私のIDで良ければ。このアプリ、ほとんど使いませんが……」
奏がQRコードを怜に見せると、怜は目尻を下げ、顔を綻ばせながらスマホを取り出した。
自然と彼の手が視界に入り、奏はその手を見つめる。
俳優系のイケメンなのに、相反するような無骨な手。
指は節くれだっていて、『働く男の手』という感じだ。
そのギャップのようなものに、奏の鼓動が大きく跳ねたのを感じた。
「いや、教えてくれただけでも嬉しい。ありがとう」
彼はスマホカメラでスキャンさせると、唇を微かに緩ませてスマホを上着のポケットにしまう。そして、涼しげな目元の瞳が奏を真っ直ぐに捉える。
「もし帰宅したら、俺に連絡してくれると嬉しい。ここに来るまで、あんな事があったし、やっぱり心配だから」
「帰宅っていっても私、立川が地元ですし、ここから歩いて二十分くらいの距離なので大丈夫ですよ」
「いや、それでも君が心配だから……俺に連絡して欲しい」
(連絡してくれると嬉しい、から連絡して欲しい、か。男の人でも、私を心配してくれる人なんているんだな。社交辞令なのかもしれないけど……)
奏は戸惑いながらも、分かりました、と薄笑いを見せて言葉を返した後、怜とシティホテルを後にする。
大分冷えた夜風に当たりながら、駅中心部へと向かって歩いているうちに、いつしか立川駅の改札前に辿り着いていた。
「今日は色々ご迷惑をお掛けして、本当にすみませんでした」
奏が深く一礼して顔を上げると、怜は唇を緩やかな弧を描かせて彼女を見下ろしている。
「いや、謝る必要は無いよ。俺は君と話せて、連絡先も交換できて嬉しかったから。家に着いたら連絡して。じゃあ、また」
怜はそう言うと、背筋を伸ばし颯爽とした振る舞いで改札の中へ入っていく。
怜の背中が見えなくなるまで、奏は見送った。その間、彼は振り返りもせず、そのまま歩き続ける。
手荷物を見下ろすと、親友が手渡してくれた白薔薇のブーケが、彩度を増して見えたような気がした。