テラーノベル
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落ちてくる四本の拳。 その影が、私たちを呑み込む寸前──。
『下がれッ、ツバキ!!』
クロエが、私を後ろへ引き倒した。
「ぐぇっ!?」
「聖女様の御身、失礼!」
ローザは私に一礼しながら、逆方向へ跳んでいた。
ドゴォォォォンッ!!
さっきまで私たちが立っていた場所が、拳の形に陥没する。
「く、クロエ!? 今の、助けてくれた……?」
『フ……刮目せよ。これぞ、退避の美学(エレガント・リトリート)』
「ただ後ろに引き倒しただけだよね!? しかも今、首が絞まったし!?」
『”ただ”ではない。角度、緩急、間(ま)……すべてが計算された芸術だ』
「転んで尻もちついてるよ私!?」
その間に、ローザはもう聖典を構えていた。
着地しざま、四本腕の額へ投げつける。
ゴィンッ。
弾かれる。効いていない。
「……硬いですね」
ローザは袋から新しい聖典を抜き、踏み込んだ。
側頭部へ、全力の一撃。
ガァンッ!!
聖典が砕けた。四本腕は、倒れない。
「……二冊目」
抜く。殴る。砕ける。
「……三冊目」
抜く。殴る。砕ける。
「ローザ、それ減る一方だよ!?」
「ええ。ですが、確実に効いています」
「なんで効くの!?」
「信仰です」
本当に効いているのかは、分からなかった。
でも四本腕の動きが、一撃ごとに少しずつ鈍っている気は、した。
聖典を、消耗品として、積んでいく。
戦いというより、賽銭だった。
「……七冊目」
『侍女よ、見事だ』
クロエの声が、静かに震えている。
『信仰を殴打に変え、己の得物を惜しみなく砕く……この捨て身、完成された滅びの美──』
「感心してないで手伝ってよ!!」
『マントに打撃力はない』
「さっきは引っ張れたよね!?」
『あれで力を使い果たした』
「燃費悪すぎない!?」
その時。
四本腕が、吠えた。
ゴォォォォォッ!!
空気が震え、ローザの八冊目が、振り上げた腕に弾かれて宙を舞う。
「……っ」
初めて、ローザが体勢を崩した。
その隙に、四本の腕が一斉に、ローザへ殺到する。
「ローザ!!」
だめだ。
あの手数、避けきれない。
ローザが潰される。
私を庇って、聖典を全部砕いて、それで──。
怖い。
でも──それ以上に、いやだ。
──その時、頭の奥で、声がした。
あいつの声だ。
いつも前を歩いてた、うるさくて、無茶苦茶で、大好きなあいつの。
『ビビってる暇があったら、ぶん殴れ。あとで考えろ。結果が悪かったら、また殴れ』
──プツン。
何かが、切れた。
恐怖が、限界を振り切って、裏返る。
「…………フッ」
私は、ゆっくりと左目に手を添えた。
さっきまでの震えが、嘘みたいに引いている。
「……そこまでだ、四つ腕の獣(けもの)」
『……なに?』
クロエの声が、戸惑った。
「ローザには、指一本触れさせない。
……お前が相手をするのは、この私。
左眼に終焉を宿す者だ」
『……ツバキ? お前、急に……なんだ、その変貌は』
クロエが、初めて見るものに、明らかに動揺している。
だが、次の瞬間には──声色が、変わった。
『……いや。いい。実に、いい……!
臆病な聖女が、恐怖の底で別の顔を持つ……
なんという二面性の美ッ!
これは記録に値する舞台だ……!』
「姉まで観客側に回った!?」
四本腕が、こちらを向いた。
巨体が、迫る。
「──ぅ、あ」
「あ、あの、やっぱ、腕四本は、こわ、こわぃいいい!?」
『素が漏れたぞ!? どっちなんだお前は!!』
「だって近くで見ると拳がバスケットボールより大きいんだよ!? 反則でしょ!?」
覚醒が、揺らぐ。
キメ顔のまま、声だけが半泣きになる。
「でも……でも! ローザは、私が守るのぉ!!」
両の目に、魔力が満ちていく。
恐怖と、それを上回る「守りたい」が、勝手に炉に薪をくべていく。
こういう時は──そう。
カイ様なら、こう言う。
「……『堕ちる光にこそ、意味がある』……ッ!
カイ様、第三千九百四十五話ぁ……ッ!!」
『……長寿番組すぎないか!?』
「っさい! カイ様を疑うな! 感じろ!
ちなみに劇場版含めるともっとあるからね!?
春休み夏休み冬休み、毎年三本公開!」
『供給過多だろう。その者、休まぬのか』
「毎回ガラガラ──ディバイン・ホーリービーム♡ッ!!」
ビィィィィィムッ♡♡
極太のピンクの光が、両目から放たれた。
……四本腕の、はるか横の岩壁を、溶かした。
「外したぁ!?」
『目を瞑って撃つからだ!!』
「だって両目から出したら、光がまぶしくて前が見えないんだもん!!」
撃った瞬間、自分の光で、何も見えなくなる。
覚醒しても、この弱点だけは変わらない。
「ローザ! 敵どこ!? 見えないの!!」
「──お任せを、聖女様ッ!」
ローザが、砕けかけの聖典を構え、私の背後に回った。
「照準、補正いたしますッ!」
ベシッ!
「ふぐっ!?」
聖典の角が、右頬を打つ。顔ごと、ビームの向きが振れる。
「右に、五度ッ!」
ベシッ!
「あばっ!?」
「あごを、もう少し上へ──」
ローザの手が、止まった。
「……いえ。待ってください」
「なんで止まるのぉ!?」
「先ほどの……『堕ちる光にこそ、意味がある』……」
ローザの目が、かっと見開かれた。
「なんという、御言葉……ッ!
これは、記さねば……ッ! 一文字たりとも……ッ!」
「メモ!? 今!? 照準は!?」
「申し訳ありません聖女様……これは、私の意思では……信仰が、勝手に手を……ッ!」
「もはや狂信者!!」
ローザが、私の顔から手を離した。
懐から聖典と羽根ペンを取り出し、猛烈な勢いで書き始める。
ガリガリガリガリッ!!
「ローザァ!! 手ェ!! 手を離すなぁ!!」
照準を失ったビームが、天井を、壁を、床を、めちゃくちゃに舐め回す。
ドゴッ! ドガッ! ズドンッ!
「あばばばばば! 制御できない! ローザ戻ってきてぇ!!」
「『第三千章・堕光の啓示』……ッ! あと、少し……ッ!」
「信仰と照準、どっちか選んでぇ!!」
その時、頭上で空気が唸った。
巨大な何かが、振り上げられる気配。
『ツバキ、上だ……ッ! 四本とも来るぞ!!』
クロエが叫ぶ。
でも、私はまだ両目からビームが出ていて、前が見えない。
『というか貴様、さっきから目から光を出しっぱなしだが……その状態で、どう戦うつもりだ』
「私が知りたいよ! このビーム、いつも勝手に出て勝手に見えなくなるんだから!!」
詰んだ。
──その時だった。
どこか、遠くの通路の奥から。
間延びした、聞き覚えのある声が、かすかに響いた。
「ツバキー……そっち行くねー……」
「……カエデ?」
「はっ……! いけない、照準ッ!!」
メモに夢中だったローザが、我に返った。
羽根ペンを放り出し、私の背後に飛び込んでくる。
その手が、再び私の顔に添えられた──その、瞬間。
カァァァンッ!!!
天から、何かが降ってきた。
金ダライ──では、ない。
もっと大きい。もっと重い。
銀色の、一斗缶だった。
それが、あらゆる物理法則を無視した軌道で、
振り上げられた四本の腕の、さらに上。
むき出しになった額の、赤黒い一点へ。
ドゴォンッ!!
ど真ん中に、突き刺さった。
「グ、ガアアアアッ!?」
四本腕が、初めて悲鳴を上げた。
弱点を打たれ、振り上げた腕が、バランスを崩して大きく開く。
がら空きになった、額。
そして、同時。
ローザの手が、私の顔を、その一点へ、まっすぐ固定した。
「照準ッ、完了ですぅッ!!」
覚醒モードの、キメ顔のまま。
私は、光の向こうの親友に、笑いかけた。
「──はッ。ナイスカエデ」
ちらついていた両目の光が、最後にひときわ、強く燃え上がる。
照準は、定まった。
弱点は、開いている。
あとは、全部ぶつけるだけ。
「──ホーリービーム♡、全開放(アンリミテッド)ッ!!」
左目、右目、口、そしてオデコ。
顔中の穴という穴から、光が噴き出す。
『顔が、大変なことになっているぞ……ッ!』
ビィィィィィィムッッッ!!!
最大出力の光が、開いた額の赤黒い一点を、真正面から貫いた。
ドゴォォォォォンッ!!!
四本腕が、額から白く燃え上がり──光の粒子になって、消えた。
──静寂。
*
ピロンッ。
無機質な電子音とともに、目の前に半透明のウィンドウが浮かんだ。
【経験値の算定をします】
「あ、うん……お願いします……」
【モンスターの撃破を確認】
「うん……」
【ただし、決定打は天空より飛来した鉄塊(一斗缶)による弱点直撃】
「……カエデのやつね……」
【当該事象は、幸運値マイナス五十三万による理不尽な確率干渉と断定】
「遠くにいるのに、なんで届くの……」
【正面からの正々堂々たる撃破ではなく、味方の不運による不意打ちを主因とします】
「主因って言い方……」
【よって、卑怯と判定。獲得経験値:1】
「いち!?」
【一斗缶直撃後の、追撃部分のみを評価しました】
「お情けが細い!! ゼロよりタチ悪いよ!?」
【クレームですか? 聖女としての矜持を持ちなさい!】
「説教!? 知らない人から!?」
『……見事だ、ツバキ』
「クロエ!? 褒める要素どこにあった!?」
ウィンドウは、パリンと割れて消えた。
*
ローザは、何事もなかったように、砕けた聖典を袋にしまい、新品を一冊取り出していた。
「その袋は四次元に繋がってるのかな!?」
「聖女様、どうしました?」
「なんでもない……なんでもないよ……」
『……ふむ』
クロエが、深く唸った。
『侍女の捨て身。ツバキの覚醒。……素晴らしい舞台だった。二人とも、見事だ』
「……珍しく、素直に褒めるじゃん」
『だが』
クロエの声が、微かに悔しげに揺れた。
『最後に、全てを決めたのは──天から降ってきた、あの鉄の塊だ』
「……カエデだよ。あの子が、遠くから」
『……カエデ。あの子が』
クロエが、静かに唸った。
『まだ会うてもおらぬ妹が……姿も見せず、鉄塊ひとつで、私の演出を上回るか』
「姉が、まだ会ってもいない妹に負けてる……」
『演出家として、私は──完敗だ』
その時。
通路の奥から、足音が近づいてきた。
間延びした、のんびりした、聞き慣れた声とともに。
「ツバキー……無事ー……?」
私は、顔を上げた。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のサクラ語録】──
『ビビってる暇があったら、ぶん殴れ。
あとで考えろ。
結果が悪かったら、また殴れ』
解説:
サクラ式・問題解決の全手順である。
迷う時間を、拳の回数に変換する。
考えるのは常に事後。
失敗したら、もっと強く殴る。
サクラは今日も何かを殴る。
33
Cafe Latteベース隊長
85
#聖女
桜井正宗@オートスキル1巻発売
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#ライトノベル
こはる
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コメント
1件
あーもうめっちゃ良かった😭💕💕 カイ様の名言で恐怖が裏返るとこ、鳥肌立ったよ…! 「ビビる暇あったら殴れ」って言葉がこんな形で効くなんて痺れるわ… しかもそこからのビーム暴走&ローザの信仰暴走でカオスすぎて笑ったww 最後はカエデの一斗缶が全て持っていくっていうね!遠距離から不意打ち一斗缶とか強すぎるでしょ!!クロエが完敗認めたのも笑ったww てかカエデまだ会ったことないのに存在感やばすぎない?!次回マジで楽しみすぎる…! #サクラ語録も今回痺れた 哲学科のアピールやばいっす